「侑士!……足見せて、今攣ったでしょ」 「侑士ぃ〜……数学わかんないぃ〜……」 「侑士、ここなんだけどさ……」 「侑士!」 ちゃんが、俺の名前を呼ぶ。 ちゃんは、不思議で可愛い姫さん。 ちゃんが、テニス部マネージャーになって、1ヶ月とちょっと。 跡部の親戚やって話やったけど……俺たちレギュラーは、薄々そんなんやないって気づいてる。 跡部の親戚に『』っていう名字の人間はおらんかったはずやし、仮におったとしても、あの跡部が(あの跡部がやで?)ただの親戚である人間を、自分の家に住まわせて、なおかつ同じ学校にはせんと思う。 しかも、編入してきた時期が突然すぎる。 なぜ2月なんて中途半端な時期に入ってきたのか。 ちゃんの両親は、何をやってるのか。 兄弟は、小学校は? 謎が多すぎる。 それでも、俺たちは何も聞かん。 なんとなく、聞いたらあかん気がすんねん。 そんなん聞かんでも、ちゃんはちゃんや。 いっつも笑って、キツイ仕事をやりとげる子。 正直、最初に跡部がちゃんを連れてきたときは、ここまで頑張る子やと思ってなかった。 今まで入れ替わり立ち代り入ってくるマネージャーより、断然えぇな、くらいやった。 ドリンクがまともに作れたり、平部員背負って走ったり、テーピングできたり。 ようやくまともなマネさんに感動した。 だけど、ちゃんはそこで終わらんかった。 確か、マネージャーになって、3日目くらいのことやったと思う。 平部員のヤツが肘かどっか痛めたとき、ちゃんはそこの部位のテーピングを知らんかったんや。 とにかく、湿布で冷やして、『ごめんね』といいながら、処置してた。 別に、それで十分やったんや。今までのマネに比べれば。そら、ちゃんやって万能人間やない。知らないこともあるはずや。 だけど、次の日、ちゃんはその子にきちんとテーピングをしてやってた。 そのとき気づいたんや。教室でちゃんが熱心に読んどった本。あれ、テーピングの本やった。 俺たちが、全力でプレイできるよう。 他のことに気を取られないように、ちゃんは毎日努力しとる。 跡部に聞いたら、あの子、家でもテーピングの本読んだり、応急処置の本読んだりしとるらしい。 コートやグラウンドを駆け回ってる量は、俺らが走りこみをする距離以上かもしれん。 キツくないはずがない。 本来なら、数人で行う雑用を、一手に引き受けとるんやから。 なのに、ちゃんは笑いながら仕事をこなしていく。 その笑顔だけで、俺らは安心できるんや。 ちゃんがおるだけでいい。 ちゃんがおるだけで、心があったまる。 今、隣の席で、朝練の疲れか、うつらうつらしとる姫さんは、そんなことを隣の男が思っとるなんて、夢にも思ってへんやろうけど。 ふ、と跡部が振り返って、眠りの世界に落ちてるちゃんを見て苦笑した。 俺がちゃんを見てるのに気づいて、今度は俺に視線を向ける。 「起こすなよ、忍足。……コイツ、疲れてるから」 「そない野暮なこと、せぇへんよ。……なんかしとったんか、ちゃん」 「昨日、遅くまでスコア整理やってたからな。眠いんだろ」 シャーペンを握ったまま、ちゃんは寝てる。 最後までなんとか起きてようとしてたのか、ノートにはふらふらの文字が。 「しゃーないな……俺らがノート取ったって、後で姫さんに見せたるか」 いつもは、自分が後でわかればいいぐらいの感じで、適当に取っているノートを、今回だけはわかりやすく字も丁寧に書いて。 ちゃん、きっと起きたら「あぁぁ〜」って嘆くんやろうし。 そのとき、見せてやったら、きっとそれまでの落ち込みようから一変して、笑うんや。 「侑士、ありがと〜!」 って。 ちゃんが笑顔になるたびに、俺まで釣られて笑顔になる。 ちゃんがちゃんやから、俺らはちゃんが好きで。 もっともっと、ちゃんの笑顔が見たいと思う。 試合に勝って、ちゃんが喜んでくれるのやったら、全国制覇かて不可能じゃない気さえする。 おそらく、氷帝テニス部全員が、同じコトを思っとるやろう。 ちゃんが笑ってくれるんなら、俺らは頑張れる。 だから、今はちゃんのために、ノート取ったるか。 |