「足の具合はどうだ?」

寝る直前にやってきて、当然のようにベッドに腰掛けた景吾は、すでにベッドに寝転んでいた私の顔を覗き込みながら聞いてきた。

「うん、動かさなくちゃそう痛まないよ。でも、熱持ってる感じかなぁ〜……」

帰宅前に、強引に連れて行かれた病院では、一応『1週間安静』と言われてしまった。
そんなに痛むわけじゃないんだけどなぁ……。

「……見せてみろ。湿布、張り替えたか?」

「お風呂入ってから張り替えたばっかだよ。だーいじょうぶだって」

「……お前の大丈夫はあてになんねぇってのは、よーく知ってるからな」

「…………酷いなぁ……」

言えたギリか、と呟いて、景吾が足に目をやった。
と。
麗しいお顔が、険しくなりました(汗)

「…………包帯貸せ。なんで巻いてねぇんだよ」

「だ、だってその包帯長いんだもん、ぐるぐる巻きになっちゃうじゃん。暑いし……」

「ほっといたら動かしそうだから、固定するために巻いてんだよ、バカ」

「あぁぁ……」

景吾が包帯を手にとって、くるくると巻き始めてしまった。
最後にテープをペトと貼り付け終了。…………ぐるぐる巻きの完成だー……。
どうやらそれで満足したらしく、景吾はゴロ、と寝転がった。
……ほんの少しだけ私は身を引いて、距離を取った。いつになっても、この端正な顔を目の前にすると気が引ける。
それでも至近距離に見える瞳は、昼間の興奮を未だに保っていた。

「…………とうとう、明日だね」

「……あぁ」

頷くと同時に、閉じられる瞳。
何かを思案する顔は、これ以上話しかけてはいけない雰囲気を出していた。

静かな時間が、流れる。

このまま眠ってしまうんじゃないか、と思っていたら、そのうちに、ふ、とまた青味がかった瞳が覗いた。

景吾は寝返りを打ってこちらに体を向けると―――1枚の紙切れを、取り出した。

「…………実は、監督から明日のオーダーについての話があった」

「え?……あぁ……決まってなかったんだっけ」

「ある程度は決まってたんだが……監督も悩んでいるみたいでな……関東のときと同じオーダーでは意味がない。それで、俺とお前の意見を聞きたいと、さっき電話が来た。……明日までに、決めなくちゃならねぇ」

「……うん」

「一応、今のところ決まってるのが、コレだ。……お前は、どう思う?」

景吾が差し出してきた紙には、小さな文字が書かれていた。

『シングルス1 跡部

ダブルス1 宍戸・鳳

シングルス2 樺地

ダブルス2

シングルス3』

「…………シングルス2までは決まってるんだね」

「この3つは確定だろう。……問題は、ダブルス2とシングルス3だ。……お前の観点でいい、何かあれば言ってみろ」

景吾の言葉に、頭の中で決まっていない4人のプレイスタイルなんかをバーッと思い浮かべた。

がっくんは完璧なダブルスプレイヤー。あのプレイスタイルでシングルスはスキも多く、やりにくいだろう。がっくんを入れるとしたら、ダブルスだ。
だけど、そのがっくんをフォローできるくらい、視野が広くてゲームメイクがうまいとなると……やっぱり、侑士くらいしか思い浮かばない。でも、このペアは関東で青学に敗れている。こちらに苦手意識は芽生えていなくとも、青学にとっては『1度勝った相手』という余裕を持たせてしまうことになる。

そうなると、段々と選択肢は限られてくる。

「…………侑士を、シングルス3に入れるってのは……どうかな」

「……ほう?」

景吾が綺麗な眉を、興味深そうに上げた。

「……シングルス3は初戦だし、侑士みたいに物事に動じない人の方がいいと思う。……何より、その他のメンバーを考えて見ると、侑士をシングルスに回すしかないと思うんだよね」

ジローちゃんは、この間、不二くん相手に惨敗してる。シングルス戦ではもはや厳しい。となると、ダブルスに入ってもらうことになるけど……がっくんとジローちゃんの前衛同士のダブルスはありえないから、ダブルスを作るときにはどちらかを選ぶのが妥当だろうな。

そうなると。

若か侑士が、シングルスだ。

「……がっくんと侑士のペアは、もう青学には通用しない。だけど、がっくんは根っからのダブルスプレイヤーだからシングルスはありえないでしょ。……ジローちゃんも、正直言って、青学相手のシングルスは厳しいと思う。となると……若か侑士だけど……ここはやっぱり初戦だし、若よりも、侑士に確実に勝ちにいってもらうべきじゃないかな」

「…………そうすると、ダブルス2は?」

「若は確定だよね。問題はがっくんとジローちゃん……2人とも前衛向きのプレイヤーだから、どちらかなんだけど…………」

だけど。

……これを作っている時点で、はからずとも原作と同じオーダーになってしまうのに、なんだかとてつもない焦燥感を感じる。
……原作のレールに、乗っかっているのではないかと。

でも……これ以上のオーダーがないのも確かだ。

「……私は、がっくんがいいと思う。もしダブルス2に海堂くんみたいに、徹底的にボールを拾うタイプが入ってくると、ジローちゃんのマジックボレーはほぼ無効化されるし。多分、監督も『短期決戦』を頭においてたんじゃないかな。がっくんと若、練習中にも何度かダブルス組ませてたよね?私、わりとその考えいいんじゃないかと思う」

ニヤ、と景吾が笑った。

「…………俺も同意見だ。岳人と日吉を組ませて、スピード勝負で決めさせようと思っていた。岳人の体力は以前に比べるとついた方だが……それでも、真夏のコートで持久戦に持ち込まれたら、明らかに不利だからな」

「そだね……」

「…………お前も、俺と同じ考えでよかったぜ」

寝転んだままでいた景吾が、手を伸ばしてきた。

引き寄せられる。

「…………じゃあ、これで監督に伝えておく。あいつらにも、連絡しておかねぇとな」

耳元で聞こえる声は、呟く程度の弱さになっていた。
そしてそれに反比例して―――腕の力は、強くなる。

「…………うん」

「対青学用オーダーだ。……今度は、絶対に勝つ」

「……だね」

部屋はクーラーが効いてるから、少し寒いくらいだった。
だからわかる。景吾の体が、熱いことに。

……ずっと、待ち焦がれてたもんね。

……いよいよ、それが明日に迫ってるんだ。
景吾の心の中は、きっと色々な思いが駆け巡っていることだろう。

「…………もしかしたら青学は、手塚をシングルス1から外すかもしれねぇな」

突然、ぽつりと聞こえた言葉に、ビックリする。

「……え?」

「青学だってオーダー変更をしてくるだろう。その時に……手塚を、シングルス1から外す気がする……なんだか、予感がするぜ」

「……そんな」

「まさか手塚をシングルス3で使ってくることはないだろう。……というと、シングルス2になるわけだが」

「…………それだと、樺地くんだよね……」

「あぁ。……そうなってくれるとむしろ、こっちとしては好都合だ。樺地が力を最大限に発揮できる」

「…………うん」

そうだ。
……もう試合は始まってるんだ。

相手のオーダーを読むことから、試合は始まってる。

―――そう、明日は青学戦。

頑張って。

そう言おうと思って……やめた。

「…………景吾」

「……あーん?」

「………………頑張ろうね」

一方通行に『頑張って』じゃなく。
共に戦いたいと、思うから。

「一緒に……頑張ろうね」

「……あぁ」

再度抱き寄せられ。
唇が、触れ合った。