今日は水曜日、部活はない。
ただ、生徒会の仕事があるから、私と景吾は居残り作業をしていたんだけど。

たまたま先生の確認をもらう書類があって、私は職員室へ行っていた。

「先生、これ確認と判子、お願いします」

担当の先生は、ざっと書類に目を通すと、ポン、と判子をくれた。
生徒会を信頼してるのかなんなのか、生徒の自主性を重んじる校風らしく、大抵のことは生徒に任せてくれる。
だから、簡単に判子をくれて。

私は後、これを景吾のところへ持っていけばいいだけだったんだけど。

ふと、職員室からふらふらと出て行く男の子を見つけた。
同じクラスの白木くん。

名字の通りと言ってはなんだけど……白くてあまり健康的とは言えない少年だ。
ふらふら何を歩いてるのかと思ったら、なんだかダンボール箱を持っている。

ポリポリ、と頭を掻いて―――結局、見過ごすことが出来ずに、声をかけてしまった。

「白木くん」

「…………さん?」

「手伝うよ。重そうだし」

「え、あ……ありがとう」

ダンボール箱を開けて、中身を取り出す。教科書だ。
教科書を抱えて、一番上にさっき判子をもらった書類を乗せる。

「副教材として、歴史の先生が使うんだって。僕、今日日直だから頼まれて……」

「あぁ……そうだったね。教室まででいいの?」

「うん、ありがとう」

私よりも背が低くてひょろひょろしてる白木くんは……私が半分ほど教科書を持っても、まだふらふらしている。
……しっかりした私の下半身とは大違いだ(苦笑)

さんは、どうして残ってるの?今日、テニス部ないよね?」

「生徒会の仕事があってさ」

「あ……じゃあ、早く戻った方が……」

「平気だよ〜、少しくらい」

…………ちょっと不機嫌な景吾を想像したけど、まぁ、なんとかなるだろう。
というか、生徒会室に2人っきりとか、長時間いたくないしね……理由は聞かないで。

教室について、教卓の横にドサッと教科書を置く。
はぁ……結構重くて辛かったな……。

「ありがとう、すごく助かった」

心からそう言ってるみたいだ。
私は軽く笑いながら、冗談めかして言う。

「白木くん、もっと鍛えなさい?……もう仕事終わり?」

「うん」

「じゃあ、そこまで一緒に行こうか」

書類を持ちつつも、疲れた手をブラブラさせながら、私と鞄を持った白木くんは階段を降りる。
生徒会室は、新館。教室がある本館からは渡り廊下を通らなければならない。

さんは、すごいね」

「え?」

「跡部くんと対等に話す女の子、あんまりいないよ」

「……はは、確かにね……みんな、近寄ってはいかないもんね」

「跡部くんは特別だから」

「……んー、まぁ、色んな意味でね……白木くん、部活やってるんだっけ?」

「僕?僕は化学部」

…………なるほど。そりゃ、日に焼けないわけだ。
天文部とかは、時々外に出て太陽の観察〜、とかやってるけど、化学部は基本的に外に出てないもんな。

「今は、色んな酵素について調べてる」

「……すごいね、私、学校の勉強以外で、化学を学ぼうなんて思ったことないよ……」

「結構面白いよ?実験結果を比べると色々わかるし」

「へぇ……そうなんだ」

化学部かぁ……文化系のクラブは全然関わり持たないからなぁ。
運動部はわりと関わるけど。

あ、野球部が予算追加の申請出してたな……後で景吾に相談しなきゃ。
あ〜……そういえば、柔道部にも畳を替えてくれ、って言われてたんだっけ……。

色々考えながら、教室の前を通って、次の階段へ向かうとき。

ぐいっ、と手を引っ張られた。
叫び声をあげる間もなく、教室へ引っ張り込まれる。

「今度、良かったら―――って、あれ?さん?」

廊下で白木くんの声。
私は教室の中で、誰かに口をふさがれて捕らえられていた。

「ん……ッ」

「シー……静かにしろって」

誰か、なんてわかってたけど。
……やっぱり、景吾だ。
耳元で吐息だけでしゃべられると、心臓にものすごく悪い。

「先に帰っちゃったのかな……?」

キュッ、キュッ……と上履きと廊下がこすれる音。段々遠くなっていく。
完全にその音が聞こえなくなったとき、ようやく景吾は私の口を塞いでいた手を取る。

「なにすんのさ、景吾ー!」

「お前が中々戻ってこないから、探しに来たんだろうが。……何男と2人っきりになってんだよ」

「2人っきりって……日直の仕事、手伝ってあげただけだって」

「教科書運び、のか?」

「……!どこから見てたのさ!」

「わりと最初から」

しれっと景吾はそう言ってのける。
最初からって……ずっと尾行してたってこと……?

「ったく……お前はいっつも1人でふらふらしてるからな」

「なっ……人を浮浪児のように言わ……ッ」

言葉をさえぎって、景吾が唇を塞いできた。
さっきは手だったけど、今度は唇で。

夕日が差し込む教室。
誰もいない、放課後の教室は、いつもと違って見える。

でも、教室は教室。

いつ誰が来るかわからない。

「ん〜〜〜!!!」

唇をふさがれたまま、私は景吾の背中をドンドン叩く。
いつの間にか、ちゃっかり私の頭を固定しちゃってるところが、手馴れてるんだよ!(泣)

ゆっくりと景吾が唇を離す。

唇を塞がれていたのと、暴れたのとで私の息は荒い。

「景吾、ここ学校……!」

「だが、誰も見てねぇよな?」

「だからって……!」

「言ったろ?……誰も見てねぇとこなら……ってな」

二の句が継げなくて、私は口をパクパクと動かす。
誰も見てないって……確かにそうだけど、何か違―――う!!!

「でもっ……」

「もう黙れ」

また景吾にキスされて。
そのまま、いつ誰が来るかとビクビクしながら、景吾にいいようにされて。

ようやく解放されたときに、私は先生からもらった確認の書類がくしゃくしゃになってることに気づいた。