…………景吾ママや景吾パパに会ってから。
なんとなく元の世界が懐かしい。

今までは、思い返す暇なんてないほど、この世界が楽しくて、忙しくて。

だけど、この間景吾ママたちに自己紹介をするときに、ふと思い起こした元の世界。

…………お父さん、お母さん……元気かな?
突然いなくなって、ビックリしてるだろうな。
テレビで放映とかされてるのかな?「少女、謎の失踪!妄想による家出か!?」とかだったらやだなぁ……。

……仲が良かった友達。
たくさん話したいことも、あった。

別に、こっちの世界に来て後悔してるわけじゃない。
こっちの世界は、毎日が充実してて、とても楽しい。

……だけど、私が失ったものが多いのも確かで。

お母さんに会いたいとか、に会いたいとか。
ふと、思ってしまう今日この頃なのです。





「……ちゃん?……ちゃん?」

侑士の声に、ハッと現実世界に戻ってきた。

「あ、ご、ごめん、侑士。なに?」

「いや。なんやぼーっと虚空見つめとるから、俺に見えへんもんでも見えとるんかな、と思て」

「……幽霊とかの類なら、見えてませんよ?」

「せやかて、ちゃん、ずーっと1点凝視したまま微動だにせんから、ビビったやん」

そんなにぼーっとしてたかな、と苦笑しながら頭を掻く。

……うーん、ちょっとホームシックなのかなぁ?

あぁ、本当ならもうすぐ卒業だったな、とか。
受験勉強、頑張ってたよな、とか。
大学ではサークルに入って、なにやろうと思ってたんだっけ、とか。

ないものねだりなこの思考に、やっぱり少し苦笑。
……でもまぁ、卒業とか大学とかは、この先も出来るだろうし、それはそれでいいか。

もっと深刻なのは。

……もう2度と会えないかもしれない人たち。
18年間過ごしてきた思い出は、簡単には薄れない。

例えば、ちょっとしたときに。

「おかーさん、あれどこにあったっけ?」

とか言いそうになってしまう。
『お』って言いそうになって、誰もいない部屋でため息をつくんだ。
いっつも、『あんた、よく探してから呼びなさいよ』と、少し怒りながらも目的の物を探し出して、持ってきてくれた。
ケンカしたりもしたけど、それでもおそらく生まれてから今までで1番お世話になった人。

…………もう、会えないのかな。

「……?」

またぼーっとしてたみたいだ。
今度は景吾が振り返ってこちらを見ていた。

「あ、ごめんごめん。またぼーっとしてたみたい。……えーっと、なんだっけ?」

「プリント、集めろだとよ」

そういえば……プリントやってたんだっけ。
手元のプリントは書きかけで終わってる。

「あー……やっちゃったよ……」

とりあえず、書きかけのまま名前だけを急いで書いて、プリント回収。こういうとき、一番後ろの席は少し面倒だ。

トントン、とプリントを揃えて先生に渡す。
席に戻ると、侑士と景吾が話しかけてきた。

「どうしたん?ぼーっとして」

「お前、さっきからずっとぼけっとしてるぞ」

「んー……ちょっと眠いのかも。ほら、お昼ご飯食べたばっかだし?」

当たり障りのないことを言いながら、シャーペンを持つ。
……いや、ねぇ。言えないしねぇ、ちょっとホームシックとかって。

「……ほなら、えぇんやけど」

ぽふっ、と侑士が頭を撫でてくれる。

「なんかあったら、ちゃんと言うんやで?」

ベシッと景吾が侑士の手を払いのけて、代わって頭に手を置く。

「……跡部。なにすんねん」

侑士が今度は景吾の手を払いのけて、私の頭に。
それをまた景吾が払いのけて……を繰り返すので。

「あのー……お2人とも……私の髪の毛がものすごいことになってるんですが」

サザエさんもびっくりだよ、この髪の爆発具合は。
ハッと気づいて、2人の手が止まる。
その瞬間に、私はあっちこっち向いてる髪の毛を元に戻した。

「すまん、跡部のヤツが」

「忍足……テメェケンカ売ってんのか、あーん?」

「なんやねん、元々先に手ぇのけてきたのは、自分やろ」

「お前がの頭を触るからいけねぇんだ」

「意味わからん。なんで俺がちゃん触ったらあかんねん」

「俺様がダメだっつったら、ダメなんだ」

「ますます意味わからん!」

「ぶっ……」

思わず2人の子供みたいな言い争いに噴出してしまう。
だって、ホンット子供みたいな言い争いなんだよ!?

私の噴出した声に、また2人の動きが止まる。

「……よーやっと、笑った」

必死に声を殺しながら(なんと言われようが授業中だ、今は)笑う私に、侑士がふんわり笑いながらそんなことを言ってきた。

「え?」

「お前……ぼーっとしながら、変な顔ばっかしてたからな」

へ、変な顔……失礼な。
…………そんなに変な顔してたかな?

「辛いことでもあるんやったら、ちゃんと言うんやで?俺らがなんとかしたる」

「…………バーカ、お前に悩んでる姿なんて似合わねぇんだよ」

2人の言葉が、とってもあったかくって。
不覚にも、涙が零れてきそうだった。

「……うん、ありがと」

でも、これは言えないから。
私の心の問題。

あっちの世界でのことを、忘れられたら楽だとは思う。

だけど、忘れたくない。

私が18年間生きてきた世界でのことを。

思い出は思い出のままで。

ひっそり心の片隅にしまっておこう。


年取って、おばあちゃんになって。
そのときになっても、大切な人たちに会えなかったのならば。
笑って「そんなこともあったね」と言えるようになっていたい。


だから今は。

今は、こっちの世界の大切な人のために、笑えればいいと思う。

「大丈夫、なにかあったら、相談するから!」

そう言って笑った私の笑顔に、偽りはない。
景吾と侑士は顔を見合わせて、息をついた。

2人、息を合わせたかのようにピッタリ同時に頭に手を乗っけてくる。

「…………無理するなよ?」

「…………ちゃんの笑顔には、敵わんからなぁ」

頭の上に乗っかった手が、すごく温かかった。
この手のために、今日も私は笑っていられたらいいと思う。

…………お父さん、お母さん。
お元気ですか?

私は元気です。

とっても優しい人たちに囲まれていて、

私は、今。幸せです。

…………いつか、会って、この人たちを紹介できたらいいと、思っています。



ネタの提供は祥子様です。ありがとうございました。