Act.42  来へ繋がる、想い



朝起きて。
俺の腕の中に、その存在があることに安堵し、幸せを感じる。

そこで、俺はまだ昨夜のスーツのままだったことに気づいた。
の傍にいたかったとはいえ、自分らしくない。
思わず、苦笑を漏らした。

…………皺になってるだろう。
今からじゃ遅いかもしれないが、なるべく早く脱いでおきたい。

ゆっくりから体を離し、静かに布団から出る。
乱れた布団をもう1度直した。

シャワー……はの部屋のを使っても、問題はないかもしれないが、さすがに着替えまではない。1度自分の部屋に戻らなければ。
シャツのボタンを1つ2つ外しながら、ドアへ向かう。

「………け……ご?」

小さな声に、足を止めた。
振り返ると、が目を少しこすりながら、こちらを見ている。

「………悪い、起こしたか?」

もう1度戻って、の傍へ。
泣いたまま寝たから、目が真っ赤だ。

「隣見たら、いなかったから…………景吾に会えたのが、夢かと思った……」

俺の存在を確かめるためだろうか。
ぎゅうっと抱きついてきたの背中に、手を回す。
ベッドに半身を起こしただけのは、いつもと違って、俺の腹部に顔がある。

「どうした?昨日から甘えただな?あーん?」

「……違うもん」

離れようとするの唇にキスを1つ落として。

「……シャワー浴びて着替えてくる。お前も浴びた方がいいぜ?目が真っ赤だ」

パッとが目を手で隠す。
……今更遅いと思うが。

「………俺はどこにも行かねぇよ」

ちゅっともう1度キスをして。
ゆっくりから離れる。

確実に、なにかが変わった朝。





シャワーを浴びた後、もう1度の部屋に戻ると、は椅子に座って、手の処置をしようとしていた。隣には消毒液のビンが置いてあるが―――傷は両手だ、やりにくいのだろう。指先でビンを持つ手が震えている。

「ほら、手ェ出せ」

の手からビンを奪い取り、ピンセットで綿をつまんで、消毒液をつける。

「……いたっ……」

「我慢しろ。……ったく、こんなになるまで、握りしめるんじゃねぇよ」

「……気づかなかっただけ……いたたっ、しみる〜……」

同じようにもう片方の手も処置をして、ガーゼをつけて、丁寧に包帯で巻いた。

「……なんだか、すごい怪我人みたいじゃん……」

「それくらいでちょうどいいんだよ、バーカ」

少し涙目になっている、の目。
目薬をさしたのか、起きたときに比べれば、格段に白くなっている。
……もっとも、それでも赤いことには代わりはないが。

「…………景吾、そんなジロジロみないで」

赤い目を見せたくないのか、は目を伏せた。
さらりと零れた髪の毛。
また、十分に乾かしてない。

1つ息を吐くと、ドライヤーを持ってきて、コンセントを差し込んだ。

うっ、とが逃げようとするのを捕まえて、強引にまた座らせる。

ドライヤーのスイッチを入れれば、観念したのか大人しく俺になされるがままになる
実は、結構この時間が好きだったりする。
の髪の毛を乾かしてる、何気ない瞬間。
……それが、奪われそうだったことを思うと、改めて心が冷えていく。

「…………お前、今度俺から離れようとしたら、屋敷に一生監禁するからな」

「……え?」

「お前がいなくなったら、俺はどんな手を使ってでも探し出して、この屋敷から一歩も外に出られないように監禁してやる」

「………………景吾さん、それ、犯罪……」

「関係ねぇ」

「…………ウソー……」

ガックリ肩を落とした
だが、しばらくして、クスクス笑い出した。

「……なんだ?」

「だって……まさか、またこんな風に景吾と会話できると思ってなかったから」

が、宙を見つめて、呟く。

「……大決心だったんだよ?……景吾のために、離れなきゃって。もう、一生会うことはないんだー、話すこともないんだー……って。……ホントに……ホントに、大決心だったんだから」

「……そんな決心、しなくていい」

「…………幸せになって欲しいなって。私はそっと消えて……また、みんなはいつもの生活に戻って。……いつか、景吾のことを、誰かに笑って話せればいいな……って」



それ以上聞きたくない。
その意味で名前を呼んだんだが、は小さく息を吐くと、視線を前に向けたまま、話を続けた。

「だけど……やっぱり未練があったんだよね……きっと。……じゃなきゃ、侑士のトコまで行かなかった。……みんなに覚えてて欲しくて。みんなに……景吾に、私が存在したことを、覚えてて欲しかった」

カチリ、とドライヤーのスイッチを切る。
そのまま、後ろから抱きしめた。

「…………忘れろったって、忘れられるわけ、ねぇだろうが」

「……………………忘れてもらう、予定だったんだけど」

「仮にもし、お前がいなくなったとしたら。…………氷帝テニス部は、全員総出で探しだ。大会どころの騒ぎじゃねぇ。お前、そんな事態、引き起こすところだったんだぜ?」

「……なにそれ」

が小さく笑って肩を揺らす。
腕の力を、強めた。

「俺はもちろん―――テニス部の奴ら。レギュラーも、準レギュも、平部員も。もうお前なしじゃ、きっと部活なんて出来やしねぇ」

「…………買いかぶりだよ」

「バーカ。…………今日は、部活休みだが―――明日、部活に行ってみろ。合宿でお前がいなかった時の部活は……多分、悲惨だぜ?」

「………………え」

「前にお前が風邪で休んだとき、放課後のたった1回の練習だが―――ドリンクは出てこねぇ、タオルは用意されてない。誰かがぶっ倒れてもそのまま」

「そのままって……ちょっと」

「部室はあっという間に汚くなるし、平部員は何人休みなんだかわかりゃしねぇ」

がうーん、と考え込んだ。
……だが、本当のことだ。
以前は俺が取りまとめていたこと。それがいつの間にかの仕事になって―――なしでの部活はありえなくなった。
が俺の仕事をやるから、俺のプレイ時間も増えたし、部員の指導にも時間を当てることが出来た。

「覚悟してろよ?明日の部活」

「……………………はい。……明日は1番に部室の掃除かな……」

「いや、明日はまずレギュラー用の部室で話し合い」

「うん?なんで?」

「…………忍足が、お前に説教するって言ってたからな。もちろん、俺も一緒に」

「せ、せせせ、説教!?」

「お前、勝手に消えて、俺たちに心配かけたからな……二度とそんな気起こさねぇように、キッチリ説教してやる」

「…………………マジですか」

「覚悟しとけ」

「こっちの方が覚悟いるね……」

はぁ、とため息をついたに、軽いキスをする。

「景吾!」

真っ赤になった

「いいだろ?……もう、文句は言わせねぇからな。……俺様のために、離れようと思った?……俺様のことが、相当好きじゃなきゃそんなことはしねぇよなぁ?あーん?」

ぱくぱく、と口を開閉する
しばらくして、頭から湯気でも出しそうなほど真っ赤になって、うつむいた。

「……肯定、と受け取るぜ?」

あー、とかうー、とか言う小さなうめき声。
そんなが可愛すぎて。

「…………愛してるぜ、

もう1度、キスをした。



第一部 ――――――FIN――――――