本番まで、大分日数が減ってきた。

それに伴い、毎日の打ち合わせやリハーサルの量も増えた。

だが―――思ったような進行具合でないことに、俺はやや苛立ち気味で。

「……まだ、これもやってねぇのか」

今も、本来ならもっと前に提出しているはずの、許可申請を書き上げていた。
普段だったら、俺のところに回ってこないような細かいことまで、最終的な決定者である俺に上がってくる。
俺の決定を待つまで動かない人間が多すぎて……全体の進行が、少しずつ遅れていた。

千間寺がの代わりとなるよう、頑張ってくれてはいるようだが……それでも、俺が予想していた進行スピードより遅くて。
…………そう、俺が『』で予想した進行スピードとは、全然違っていて。

千間寺が俺に、色々と聞きに来るのを答えながらも、ついつい思ってしまう。

これが、なら、と。

つい―――求めてしまう。

あいつなら、やってくれているのに。

そう、思ってしまう。

人間同士を比較することは無意味なことで、それ以上の何物も生み出さない。
無意味だとわかっていても―――それでも比較してしまうのが、人間、というものなのか。

はサポート役として、優秀すぎて……ついつい、他の人間も同等のことが出来ると思っていると、痛い目に合う―――ここ最近で、身にしみてわかった。

とにかく……時間が、足りない。

「跡部くん、今日、空いてる?」

そんな中、千間寺が急に話題を振ってきた。

「今日、うちでパーティーがあるの。急なんだけども……出てくれないかな?……ごめんね、今回の体育祭でお世話になってるから……って、両親がぜひ跡部くんに挨拶したいって」

何度も止めたんだけど、と言う千間寺。
……まぁ、仕方ない。形の上でのお付き合いは、慣れたものだ。

「ちょっと顔だけ見せてもらえばいいから……後は、うちで打ち合わせの続きでもしない?……大分、滞ってるもんね」

瞬間、様々な思考が頭をよぎったが―――。
時間と、機会と、何よりも滞ってる打ち合わせの量が、俺の頭の中で最も重要な位置を占めていた。

「…………そうだな」

そうして、俺は屋敷とに連絡を入れた。

結局、そんなパーティーに出て、顔を見せるだけで済むことになるはずがない。

こういったパーティーには、必ずと言っていいほど、跡部グループの取引相手も来ているからだ。

矢継ぎ早に挨拶に来られてはすぐに退席できず、機会を伺って俺の周りをくっついて回る千間寺と、ところどころ口頭で打ち合わせするのが精一杯で。

ようやくパーティーから抜け出し、今日中に行うつもりだった打ち合わせの残りを大急ぎで行った。
かなり遅い時間になってしまったため、千間寺の両親に、強引に屋敷に泊まるように勧められた。聞けば、すでにうちの屋敷に連絡をしてあるらしい。
がいる屋敷に戻りたいのは山々だったが、あてがわれた部屋に入った俺は、連日の疲れからか。

すぐに、眠りに落ちた。






閉じた目にも容赦なく入ってくる光の眩しさで、俺は目を覚ました。

何時だ?と思って、いつも時間を確認するアンティークの時計を探そうとして……家ではないことに、気付く。
まだ、頭がうまく回転していないらしい。

しばらくまどろみの中で考え―――ここが、千間寺の家だということに、思い当たる。

チッ……と小さく舌打ちをして、起き上がった。

…………大分日が高い。もしかして、もう『朝』という時間帯ではないのかもしれない。

俺の予想は当たっていて、もう、午前が終わろうとしていた。
どうして起こさなかった、と問えば、千間寺いわく―――モーニングコールに俺が反応しなかった、とのこと。何度かかけたが、さすがに、客の寝室に入るのは、憚れたみたいだ。

クソ、と思いながらも、それ以上何も言えない。
急いで支度をし、起きない俺を置いていけなかった千間寺と共に、登校する。

昨日倒れこむように寝たことで、携帯の充電を忘れ―――使用頻度が高いが故に、電池が持たない俺の携帯は、ディスプレイを黒く染めていた。
連絡の綱の携帯が使えないこと、そして一日の予定が狂ったことで、俺の不機嫌ボルテージはメーターを振り切っていた。
……まぁ、後者はともかく、前者は間違いなく他の誰でもない俺のせいなのだが。

もはや、不機嫌さを隠すこともない。

申し訳なさそうにくっついてくる千間寺に適当に相槌を打ちながら、もう昼休みとなってしまった学校に入る。
相変わらず休み時間には人で溢れている廊下で、思うように歩みを進めないのも俺をイライラさせた。
とりあえず、教室に向かう―――それだけを頭に置いて、歩き続ける。

「……ちゃん!」

ふと、聞きなれた名前を聞いたような気がした。
その名前に足を止め、辺りを見回す。

だが、人ごみの中にらしき人影は見えない。
……あぁ、早くに会いたい。

1日会っていないだけなのに、このザマだ。

小さく自分を嘲笑しながら、教室のドアを開ける。
すぐに、自分の席との席を見た。
だが、そこに期待していた姿はなかった。
ついでに、いつもうるさいヤツも揃っていない。……また、運動会の打ち合わせにでも行ってるのだろうか。

今日はやたらと集中する視線を引き剥がすように、早足で席へ向かう。
しばらく座って待っていると、会いたかったではない方の人間―――忍足が、帰ってきた。
の行方を聞けば、忍足はあぁ、と小さく呟いた。

「さっきちょお気分悪いからって保健室行ったで」

予想していなかった答えに、驚愕を隠せなかった。

「なっ……大丈夫なのかっ?」

「ちょお疲れとっただけやから、大丈夫やろ。…………で?跡部は今日重役出勤やな。どないしたん?」

昨日あったこと、携帯のこと、色々なことが重なって、今日の出来事につながっている。
それを全て説明するのは、今はやたらと億劫に感じられた。

「…………ちょっとな」

そう、今は誤魔化しておくことにした。

2、3言葉を交わしていたら、本鈴が鳴った。

振り返っても、誰もいない席。

なぜだか、無性にに会いたかった。







結局、は放課後まで教室に戻って来ることはなかった。

それまでに、俺は大体状況を把握していた。
…………どうやら、俺が昨夜泊まったことで、様々な憶測が飛び交っているらしい。

忍足は違うと言っていたが、が保健室に行っているのも、もしかしたらその所為もあるのかもしれない。
とりあえず、様子だけでも見に行こうと思ったが―――まずは、周りの誤解を解いた方がいい、という忍足の言葉に従うことにした。
いつもならヤツの言葉は聞き流すところだが―――今日の忍足は、何故だか妙に真面目で。

……いや。
まるで、と出会う前の、何者にも心の内を見せなかった、忍足に戻ったようだった。

が嫌な思いをするだけ―――その言葉に、心が動かされたのも事実だ。

後は、探りを入れてくる奴らに、徹底的に昨夜の訂正をいれた。
人の噂話が大好きな奴らを中心的に、俺がいかにを愛しているかを説いておいた。それはもう永遠と。
……後でには何か言われるかもしれないが、今のこの状況をイチイチ説明するよりも、その方が手っ取り早かった。事実、そいつらを中心として、あっという間に訂正が広まった。情報というものは、コツさえ掴めば操作は簡単だ。

なんとか周りの奴らにわからせて、今日は打ち合わせも早々に、さっさと家に帰ることにした。
早く帰って、にも説明をしたかった。
……あいつはきっと何も言わないが、嫌な思いをしているはずだろうから。