氷帝学園文化祭。

2日目は初日に引き続きクラスごとの模擬店に加え、部活では発表やエキシビジョンマッチが行われる。
3日目は趣旨が異なり、各部活がコンテスト形式で競い合う。

初日は平日なので、在校生と関係者のみの公開。
2日目3日目は、一般にも公開される。

有名な文化祭であり、雑誌で特集された『文化祭ランキング』では常に上位をキープしている。

「へぇ……氷帝って今週末が文化祭なんや。おもろそうやん」

その名声は、東京を超えてなお、伝わる。



Act.45  その声は、響き渡る



文化祭2日目。

「すみません、アールグレイ、お願いします」

「こっちはモカで」

「はーい、ありがとうございます!」

私は喫茶店に装飾された教室内を駆けまわっていた。

「お待たせいたしました、こちらがアールグレイです。こちらの砂時計が全て落ちきってからお飲みください」

「はい、こっちのお嬢さんはモカな。ごゆっくり」

「キャー!!!やっぱりカッコいい!!!」

「すっごい豪華!ねぇねぇ、もう1つ頼んじゃおうか!」

「うん、そうしよ!…………すいませーん!」

「はいはーい!(泣)」

景吾と侑士と一緒の当番になって、やっぱりの事態になっていた。
2人目当てのお客さんが多いこと多いこと……!
昨日の最後も忙しかったけど、一般公開もされる今日は都内の女子学生がたくさん訪れていて喫茶店内は常に満席。

景吾と侑士は2人で注文の品を運んでて、後の2人はひたすらお茶菓子を出している。よって私しか注文を取る人がいない事態……!なんてこと!

「注文お願いしまーす」

「はーい!」

1時間みっちり働いてようやく交代の子たちが来てくれた時には、テニスをやった時と同じくらいぐったりと疲れていた。

「…………疲れた……」

「ぎょーさん人来たなぁ……」

「それだけ評判になってるってことだろ」

「…………2人がね」

この2人が揃ってウエイターやってくれるんなら、私も県超えてだっていくよ!
絶対今日来たお客さんの中には、電車で1時間以上かけてきてる人が大勢いる……断言できる!

「さて、もう行かねぇと。午後からのエキシビジョンマッチに間に合わなくなるぜ」

「あー、そやな……もう1試合したくらい疲れたわー……」

若干疲労感漂うまま、私たちは荷物を持ってまずは部室へ。
そこで着替える2人と別れ、私だけコートへと向かう。

今日はドリンクを作って仕事は終わり。だからジャージにも着替えなかった。
制服のままで、徐々に席が埋まりつつある観覧席の一席に腰を下ろした。

最近3年生はエキシビジョンマッチの為だったり、U-17合宿前の調整だったりで、部活に顔をだしている。私もマネージャー業は引退したつもりだったけど、U-17合宿にマネージャーで参加することが決まってからは、現役復帰をした。

ま、でも実際の試合でマネージャーが出来ることなんて、ドリンクの補給くらいだし。
後輩たちも熱心に動いてくれて「先輩、今日は見ててください!」と言ってくれたので、今日は観戦者に徹することが出来そうだ。

「あ」

出てきた出てきた。
最初にコートに入ってきたのは2年生たち。若にチョタ……樺地くんもいる。

観戦している人たちから、少し歓声があがる。
おぉ、順調に若やチョタも人気が上がってるのね……!さすが……!!

まだ試合は始まっていないというのに、すでに観覧席は満席に近かった。
諦めて立ち見をしている人までいる。

ふと人影を感じたので、私ももう少し席を詰めなければ、思って空いていた隣の席にずれた。

「あ、おおきに」

聞こえた関西弁に侑士を思い出して、ふっと笑う。

「いえ―――」

両目がとらえた顔を見て、その後に続けようとした言葉を、忘れた。

「白石!こっち空けてくだはったでー」

「さよか!……ってなにしてん金ちゃん!はよこっち来ぃや!」

「あー、タコ焼き買いに行こ思てたのにー!」

「んなもん、帰ったらぎょーさん食えるやろ!はよ謙也んとこ行くで!」

ぎゃあぎゃあと騒いでいる、(一方的に)見慣れた人間が、2人。

「騒がしゅうてすんません」

「あ、いえ―――」

「あれ、自分氷帝のマネージャーちゃうん?」

金ちゃんをほとんど引きずりながらやってきた白石は、大人もコロッと殺してしまいそうな、毒草よりも強力な笑みを浮かべた。

「確か、全国ん時に見た気ぃする」

「あ、はい……氷帝の、マネージャーです」

思わず頭を下げる。
と、頭上から大きな声が聞こえてきた。

「え―――!!!ほな、自分がちゃんか!!!ごっつう可愛ぇやん!!!」

「えっ!?いや、そんなことないです!」

「うわー!マジで侑士に殺意覚えるわー!あ、俺、侑士の親戚で大阪、四天宝寺中の忍足謙也言うねん。よろしゅーな!」

はい、知ってます!!!

心の中では盛大に頷けるけれど、外面的にはなんて答えたらいいのかわからない。
手を握られてブンブンと振られた私は、謙也の勢いに曖昧な笑みを返すことで精いっぱいだった。

「コラ、謙也、1人で突っ走るなや。マネージャーさん、ビックリしとるで。……俺は白石蔵ノ介言います。同じく、四天宝寺中の3年や。よろしゅー頼むわ」

「あ、は、はい……氷帝学園3年のです……テニス部でマネージャーしてます」

「ほら、金ちゃんも挨拶しぃ……って何呆けてんねん」

「ほぇー……ねーちゃん、べっぴんさんやなぁ!」

「へっ!?いやいや、私よかもっともっと美人さんはいるから!!」

ブンブン、と手を振ってその言葉を訂正する。
そうすると、金ちゃんは驚いたように目を見開いた。

「ホンマか!?ねーちゃんよかべっぴんさんて……東京っちゅーんは怖いトコやんなぁ……ねーちゃんだけでもそこらの男骨抜きにできそうやのに」

金ちゃんの口から流れ出る言葉に思わず赤面。
ヒィィ、何も考えずに言っているだろう金ちゃんだからなおさら恥ずかしい……!この子、絶対天然タラシだわ……!!

「金ちゃんはなーんも計算せんと天然で殺し文句言うんが逆に怖いな……とにかく、挨拶しぃや」

「あ。ワイ、遠山金太郎言いますねん!よろしゅー!」

「……えーと、よろしくね」

ニッコリ笑った金ちゃんスマイルに、早くも心を射抜かれそうだった。

まぁ、とりあえず座ろうや、と謙也の隣に白石くんと金ちゃんが座った。

「マネージャーさん、こないなとこおって平気なん?」

「今日はドリンク作る以外、あんまりやることないので……」

「あー、敬語ナシナシ!同い年やろ?」

「う、うん……」

「えぇなー、俺も可愛いマネージャーが作ったドリンク飲みたいわー。いつもより多めにがんばれる気がする」

アホか!と謙也が白石くんにツッコミを受けていた。こ、これが本場のタイミング……じゃなくて!

「あの、なんでみんなはここに……?大阪からわざわざ……?」

疑問が多すぎて支離滅裂。
あぁ、誰か私に日本語能力を……!と嘆いたのだけど、どうやらちゃんと意味をくみ取ってくれたらしい。謙也が答えてくれた。

「今週末、氷帝が文化祭やっての知ってなー、侑士に電話してみたら、エキシビジョンマッチやるって言うやん。まだ一度も氷帝のヤツらの試合ってまともに見たことあらへんし、U-17合宿でも一緒やから、一度見とこ思て、今日来たんや。オサムちゃんに賭けで勝った金もあったしな」

ちなみに侑士には内緒なんや、と笑った。
みんな御熱心……じゃなくて!
賭けで勝ったって……どーゆーこと、オサムちゃーん!!(絶叫)

「ワイは跡部っちゅーんを見たい思て来たんや!あのコシマエとえぇ勝負したんやろ?オモロそうなヤツやー!」

「で、俺は付き添いがてら、見に来たっちゅーワケ」

「なるほど……」

なんとか、状況がつかめた。
び、びびびビックリした……まさか大阪にいるはずの四天宝寺メンバーが氷帝に来るなんて、夢にも思ってなかった……。頭が適応するのにちょっと時間がかかった……!

「今やってるんは2年生やんな?」

「あ、うん。センターコート、手前が今の部長で日吉くん。奥が鳳くん。その左隣りの手前側の背の大きい子が樺地くん。みんな夏大会のレギュラーだった2年生だよ。U-17選抜にも声がかかってるし」

私の紹介に、あぁ、と四天宝寺メンバーは頷いた。

「なぁなぁ、あとべはまだ出ないんー?」

「3年生は、次の試合だね。2年生たちの試合が終わったら、3年生たちの試合に切り替わると思うよ」

さよかー、と金ちゃんが納得すると同時に、

『これより、テニス部エキシビジョンマッチを開催いたします。まず初めに、選手の紹介をいたします。センターコート、2年生、日吉若くん―――』

「お、始まった始まった。金ちゃん、よぉ見とくんやでー。2年でもかなりの実力者やからな」

「ほーい」

四天宝寺の会話を聞きながら、私はドキドキとコートを見つめた。
…………どうか、何事も起きませんように!!




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