運転手も、なにやら笑みを浮かべている。 近づく屋敷には、いつも以上に、灯りがついていた。 玄関脇に、今朝はなかった花が飾られている。 思わず口元に笑みを浮かべて、俺は車から降りた。 キィ、と微かな音を立てて扉を開けた。 扉を開けてすぐに、俺は動きを止めた。 「あっ、おかえりなさい、景吾!……お誕生日、おめでとうっ!」 ―――思わず、息を呑んだ。 綺麗に着飾った、が、玄関に装飾されている花の前で待っていた。 買ってやったばかりの、淡い黄色のドレス。ドレス自体はシンプルなものだが、色と形が、最高にに似合っていた。 小さな花のコサージュが胸元についている。 じっと見つめていたからだろう、が居心地悪そうに目線をキョロキョロと動かした。 「う……あ……わ、私は普通でもよかったんだけど……み、みんなが……」 「……さすが、長年この屋敷に仕えてるだけあるな、気が利くぜ」 「え?」 「いや。……、よく似合ってる」 「あ、ありがと……」 照れて下を向いたの額に、軽いキスをする。 慌てているを可愛いと思いながら、側に控えていた宮田に向かって指示を出した。 「……宮田、正装を出せ。こんな綺麗なの隣に、普段着では失礼にも程があるからな」 「かしこまりました」 「…………別にいいのにー……」 「俺様が良くねぇんだよ。……着替えてくるから、ちょっと待ってろ」 カバンをメイドに預け、すぐに階段を上がる。 宮田が持ってきた正装に着替え、部屋を出る。 玄関で花を見ていたが、こちらに気付いた。 軽く腕を曲げて差し出すと、遠慮がちに添えられた手。 そのまま、パーティー会場に変わっている食堂へ、向かった。 食堂の扉を開けると、そこには玄関とは比にならないほどの装飾がなされていた。 花が多いわりに香りが少ないのは、造花が含まれているからだろう。花の香りは少しなら楽しめるが、大量すぎるとそれは必ずしも『いい香り』とは呼べない。 をエスコートし、席につかせる。 「今日は景吾のお誕生日なのに……」 「関係ねぇよ。どんなときでも、俺はお前をエスコートするぜ?」 う、と詰まって心持ち顔を赤くしたに、笑った。 ……なんだか、今夜はちょっとしたことで、笑いがこみ上げる。 料理は、今まで食べたものの中でも最高の部類に位置するものだった。 そして、手の込んだものばかりだ。おそらく、何日も前から準備していたのだろう。 料理の美味さも格別ならば―――それを食べてるときの、の笑顔もまた格別で。 それを見ている俺も、また格別の幸せを感じていた。 料理を食べ終え、後はデザート、という時。 がソワソワしだした。 その仕草で……が、何をしたのかわかる。 きっと、この後に出てくるケーキは……今日の料理の中で、1番最高の味。 「あの、ね……景吾……」 躊躇いがちに言いかけたに、そ知らぬ顔で、小さく笑う。 「なんだ?」 「…………その……今日の、デザートはね……」 躊躇う必要はないというのに、はまだ迷っているようだ。 が言おうとしていることはわかっているが、それでもまだ……知らないフリをして、先を促す。 「あーん?なんだよ、はっきり言わねぇと、わからねぇぜ?」 「そのー……」 目線を横にずらしたりしているを見て、クッとまた笑みが漏れてしまった。 そろそろ……苛めるのもやめてやるか。 「…………俺様の為に、ケーキでも、作ってくれた、とかか?」 「!!!!!…………わ、わかってんじゃん!」 「ははっ……まぁな、俺様に見抜けねぇもんはねぇぜ」 「……あー……つまり……小さいし、豪華じゃないし……見た目は、あまりよろしくないのですよ……」 そんなことないよー、と言う複数の声がドアの方から聞こえた。 ドアのところで、シェフたちがこちらを伺い見ていた。 がそちらを見て、小さく微笑む。 「……でもっ!材料はしっかりしてるし、レシピ通りなので味は大丈夫だし……それに!あ、愛だけはたっぷり込めましたので!」 最後のセリフは、勢いで言ってるのだろう。それでも、顔が真っ赤だ。 「あぁ……それなら、世界で一番美味いだろう。……おい、宮田」 「はい。……こちらでございます」 銀のカバーに覆われた皿が、俺とのちょうど間に置かれる。 ゆっくりとカバーを外すと……小さめだが、綺麗にデコレーションされたケーキが中から現れた。 手書きのチョコプレートに、やはり口元が緩む。 ……去年、一昨年……いや、ずっと前から、一流のパティシエは毎年屋敷にやってきては、新作のケーキを披露していった。しかし、この、小さくも愛情の大きいケーキには、敵いやしない。 誰一人として、チョコプレートなどをつけたパティシエは、いなかった。 「……なかなかじゃねぇか」 「ほ、ホント……?まぁ、料理のプロに教わったから……」 「切るのが勿体ねぇな」 「そ、そんな……み、宮田さん!サクッと切っちゃってください、サクッと!」 の声に、宮田が少しだけ笑みを浮かべ、こちらを向いた。 しばらくケーキを見つめてから、頷く。 宮田が、ケーキを切り始めた。 小型の銀の皿にとりわけ、俺との前に置く。 デザートフォークを手に取り、一口サイズにケーキを切る。 落ちないように用心しながら、口の中へ運んだ。 生まれてから、何度も食べたことのある、ショートケーキ。 もちろん、超一流のパティシエたちが作ったものだ。 それでも、このたった一人の女が作ったケーキは。 今まで食べたどのケーキよりも、美味かった。 は、自分のケーキには手をつけずに俺を見ていた。 俺の口からゆっくりとフォークが離れていくのを、じっと見ている。 息を止めてるんじゃないか、と思うほど微動だにしない。 「……さすがだな。……お前の愛情は、甘くて、美味い」 「…………っ、け、景吾!」 一瞬の沈黙の後、の顔が、一気に赤くなった。 「本当のことだ。このケーキ、今まで食った中で、1番美味い」 「…………あ、ありがと……」 「言っとくが、俺様は世辞も社交辞令も言わねぇからな。…………というわけだ。んな心配してねぇで、お前も食え」 ぱく、ともう一口俺が食ったのを見て。 が微笑んで、自分の手を動かし始めた。 食事を終え、俺たちは上へ上がった。 俺の部屋に2人して入り、ベッドに腰をかけてくつろぐ。 が着替えに戻ろうとしたのを、腕に閉じ込めて止めた。 折角こんな綺麗なんだ……すぐに着替えさせるなんて、勿体ねぇだろ? …………ま、すぐに脱がすことになりそうだが。 最初はちょっと抵抗していただが、やがて諦めたらしく、大人しく俺の腕の中にいる。 「ねぇ、景吾」 「……あーん?」 「今日、楽しかった?驚いた?」 「……あぁ、楽しかったし、すげー驚いた」 「……そっか。……へへ、良かった!」 なんとも嬉しそうに笑うが、本当に愛しい。 ……この愛しすぎる人間は、どこまで俺を虜にすれば気がすむのか。 「あ、そうそう、侑士たちにも手伝ってもらったんだよ〜」 「……そうだったのか」 知ってはいるが、あえてここは知らなかったフリをしておこう。 「すぐに協力してくれて、助かったよ〜。がっくんたちにも説明してくれて」 そこまで聞いて、ん?と疑問が浮上した。 …………あの野郎が、俺様の誕生日のために、わざわざこんなお膳立てをするか? もちろん、あいつはの頼みを断ることなんて出来ないだろう。……だが、なにかが引っかかる。 …………そうだ、引っかかるのは―――ヤツの、異常すぎる機嫌のよさ。 「…………」 「ん?」 「この計画を忍足に話したとき、なにか言われたか?」 「え?……んーと……跡部の誕生日かー……って言ってたけど」 「それ以外だ。……たとえば、アイツから逆になにか頼まれたりとかしなかったか?」 「あぁ〜……ラブロマンスの映画、1人で見るのもなんだから、今度の日曜日に付き合って、とは言われたよ〜」 ………………………これだ。 この約束が、ヤツをあそこまで上機嫌にさせたのだろう。 …………というか、アイツ、ラブロマンスなんて1人で腐るほど見に行ってるじゃねぇか、何をイマサラ……! きゅ、とちょっと力を込めて、を抱きしめた。 「?」 ……2人っきりなんてさせてやらねぇ。 まぁ、今日の礼もあるから……映画をキャンセルさせるなんてことはしねぇ。ただ、俺様も一緒に行ってやる。 「……景吾?どーかした?」 「いや……なんでもねぇ。…………それはそうと、」 「ん?」 口をの耳元に近づけて、低く囁く。 「……まだ、最高のプレゼントを貰ってねぇんだが?」 いくらでも、この言葉の意味はわかったのだろう。 ビクッ、と反応して、顔を赤くする。 「け、けけけ景吾、さん……」 「もちろん、プレゼント……くれるよな?」 低く低く、囁く。 耳が弱いのは……ずっと前からだ。 「…………え、と……あの…………」 「……あーん?」 「………………ほ、ほどほどに、してください……ね?」 目を伏せながら、呟いたに向かって、本日最高の笑みを漏らした。 「…………あぁ、安心しろ」 ホッと息を吐いたの唇に、1つキスを落とし。 静かにベッドに、押し倒す。 人生で1番の誕生日を終えるまで。 「…………たっぷり、愛してやる」 言葉じゃ伝え切れないほどの、愛を囁くと誓おう。 |