ザリ、ザリ、と砂を踏む音が近づいてくる。
俺はちら、と振り返って、その音の主が待ち人やと確認した。

「……俺様だけを呼び出すなんて、珍しいな。卒業前にのこと、きっちり諦めつける気か?」

「アホ。諦めたら試合終了や」

「またそれか。……ったく……じゃあ、なんだ?あいにく、俺様には男と2人でビーチを散策する趣味はねぇぜ?」

少し遠くから聞こえる声が、距離をとっている証拠。
気配にはこちらの出方を伺うような、訝しげなオーラをまとっとる。

「……俺かて、頼まれても自分とは歩きたないわ。どうせならちゃんと歩くわ」

「許すわけねぇだろ、バーカ」

ギラ、と視線を向けると、同じような視線が返ってくる。
しばらく睨み合うた後―――俺はフッ、と息を吐いて視線を外した。

「……ま、冗談はこれくらいにして。今日は違う話や。……ま、ちゃんの話であることには間違いないねんけど」

「あぁん?」

「跡部かて……高校行っても、今まで通りになる思っとらんやろ?」

俺の言葉を聞いて、跡部から好戦的な気配が消え去る。

「……中学2年の時から1年間かけて、ちゃんは氷帝中等部での位置を確立した。でも、こっから先はまた1からや。高等部の奴らは、ちゃん のすごさを知らん」

跡部が無言で、俺の隣に腰を下ろす。

ちゃんがこの世界に来た時には、実質、俺らの1個上は学校にほとんどおらんかった。ま、一応この1年間活躍したし、俺らの話も高等部に伝わっとるやろうけど……影の立役者であるちゃんの話まで伝わりきってるとは到底思えん」

「……まぁ、道理だな」

「もしかしたら、またしばらくは面倒な事態になるかもしれん」

「……は全部承知の上だろうよ。そして、それなりの覚悟を持っている」

「知っとるわ。あの子の性格からして、そないな面倒事に巻き込まれても負けんことくらいわかっとる。せやけど……」

「辛い思いをすることは、確かだ」

「……せやねんな。……んで、またあの子のことだから」

「黙ってるんだろうな、俺たちには」



「…………」「…………」



ふぅ、と二人して同じくらいの息を吐く。
―――わかりすぎてしまうほどの、彼女の優しさ。

この1年間。

どれだけ、あの子のことを見てきたか。

この男も、俺も。

「……とにかく、部活での立ち位置は早めに獲得しておかねぇとな」

「……また、中学の時の入部みたいなパフォーマンスするんか?」

「あれが一番てっとり早く、俺様の実力を示せるだろう。誰が一番力を持っているのか、誰が一番強いのか、誰に従うべきなのか―――それを示すのは早い方がいい」

「……高等部、強いヤツおらんのやったっけ?」

「いたらU-17で会っているだろうよ。少なくとも、今の高2以下にはいねぇはずだ」

「……あぁ、せやな。ほな、高等部行っても即レギュラー狙えるんやな、マジで」

「当たり前だろ。……なんだ、忍足。まさかその気がなかったとは言わせねぇぜ?」

「……何言うてん。俺かて高校生に負ける気なんかまったくこれっぽっちもあらへんわ」

「なら、入部初日にやるぞ」

「相変わらず派手好きやなぁ。……ま、えぇけど。そんで、先輩倒した人数が多い方が、部長兼ちゃんの彼氏って「間違いなく俺様だな

しれっとした顔で俺に皆まで言わせない跡部。

「………………」

ジト目で睨んでも、どこ吹く風や。

跡部が、ニヤ、と口角を上げる。

「……まずは、初日でテニス部掌握だ。そして、部活内でののポジションを確立する。環境さえ整えてしまえば、の仕事ぶりは嫌でも目に入る」

「……せやな。あ、高等部ってマネージャー他にいるんやっけ?」

「そんな話は聞かねぇな。ま、仮にいたとしても、にはかなわねぇよ」

「間違いないな」

惚れた欲目と言われようとなんやろうと。
そこだけは一致する俺ら。

「部活内での立ち位置が出発点やな。……高等部全体にちゃんの価値を示すのには時間かかるんはしゃーない」

「アピールしたいのは山々だが、それがどちらに転ぶのかを見極めてからだな。……もう、去年のような出来事は二度と起こさねぇ」

「……せやな」

思い浮かべたのは、俺らのトラウマにもなっている、あの春の日。
春なのに、寒かったあの日。

……悲しみに光るちゃんの瞳を、俺は一生忘れへん。

1年経った今。

少し立ち止まって考える余裕も出来た。

どれが最善か、様々な選択肢から選ぶこともできる。

ーーーあのときの無力さをバネにして、俺らは一つ成長し、新たな絆を手に入れた。

そうやって、俺らは一つ一つ、大人になっていくんやろう。

そして、その分、俺らの繋がりは強まっていく。

「……なんや、高等部行くの、楽しみになってきたわ」

きっと待ち受けているだろう、数々の困難。

それでも、あの時に比べれば、たいしたことはない。

一つ一つが、俺らの絆を深めていくための、ツール。



わかりたくもないが、跡部もおそらく俺と同じ考え。

だからこそ。
俺の言葉に、跡部が更に笑みを深めたんやろう。