「……っ、……も、ダメ……ッ……」

小さく悲鳴を上げて、がぐったりと身を俺に預けてくる。
そのまま、意識を失ってしまったらしい。小さな寝息が耳元で聞こえた。

軽く息を弾ませていた俺は―――1つ大きく深呼吸をして、即座に息を整える。

ゆっくりとから体を離し、まずは自分の身支度を軽く整えた。
その後、意識を失っているの乱れた制服に手を伸ばす。シャツのボタンをキチンと留め、ネクタイは―――そのままでいいだろう。だが、そのままじゃ冷える。手早くブレザーを脱いで、それをバサリと掛けてやった。

一通り支度を終えてから、改めての体を引き寄せる。
意識を失ったは、従順に俺の肩に頭を預けてきた。
小さく開いた口から、吐息が漏れていた。

「…………ったく……」

どうしてこんなに無防備なんだか―――。
サラ、とほんの少しだけ汗を含んだ髪の毛を梳いた。

「…………わかってんのかよ……お前……」

―――可愛いんだぜ?

顔だけがいい女とは違う。そんなのより、もっと可愛い。

驚いたり、怒ったり、困ったり……千差万別の表情。
いつでもエネルギーを溢れさせて、くるくると動き回る元気さ。
そして―――見てるこっちまでが笑顔になれるような、明るい笑顔。

商業用のスマイルを貼り付けている、顔だけが綺麗な女よりも、ずっとずっと可愛い。
…………そんなのは、俺でない他の男だって気付いてるはずだ。

「……自覚が、なさすぎんだよ……」

閉じられてる目元に、1つキスをする。
…………家に帰ったら、もう1度説教だな……。

そう1人ごちて、腕時計をちらりと見た。
そろそろ運転手が戻ってくる頃――――――。

ブー……ブー……ブー……ブー………………。

「…………あーん?」

不意に聞こえてきたバイブ音。
…………の鞄か?

の体が傾かないように、片手で支えながら、鞄を引き寄せる。
ゴソゴソと片手を突っ込んで探れば、すぐに見つかる俺と色違いの携帯。震えてるのはこの携帯だ。

パカリ、と開けて、着信名を確認。

「……………………」

ブチッ。

無言で通話を切った。
何もなかったことにして、鞄に携帯をしまいこもうとすると。

……ブー……ブー……ブー……。

再度鳴り出す電話。
またも躊躇なく、ブチッ、と通話を切る。

……ブー……ブー……ブチッ。

…………ブー……ブチッ。

……ブ…ブチッ。

………………ブー……ブー……。

鳴り止まないバイブ音に、小さく息を吐いた。
………………ちっ、しつこいヤツだ……ッ!

仕方なしに、通話ボタンをポチリと押す。
と同時に、耳に響く大声。

ちゃん!?ちゃん、大丈夫か!?通話切るなんて、なんや変なことされてるんやないやろな!?』

聞こえてきたのは、いつものうるさい声。
呆れて声も出せずにいると、電話向こうの声がさらに加速した。

『……ちゃん!?ちゃーん!返事しぃっ!あぁ、どないしよ、監禁とかされてたら……ッ、あぁ、ちゃん、今、俺が助けに行ったるからなー!』

「…………バカもここまでくると哀れだな、忍足」

ようやく発した声に、ピタリと忍足の声が止まる。
だが、すぐに我に返ったらしい。

『………………跡部!?なして自分がちゃんの……イヤ、それよりも、ちゃんの安全確認が先や……跡部、ちゃんは、無事か!?仁王なんかの毒牙にかかってへんやろな……!?』

忍足の言葉に、ちら、と隣で眠るを見た。
…………無事、なんだよな、これは。……諸々の事情で、疲れて寝てはいるが。

俺がこんな状態にしちまったんだが……まぁ、無事ということにしておくか。後々ウルセェしな。

「………………無事だぞ」

『なんやねん、その間は!……ちゃん、おるんやろ!?ちょお替われ!』

「…………寝てるから無理だ」

『………………は?』

「疲れて寝てる。…………とりあえず、は無事だ。もう電話かけてくんなよ」

『えっ、ちょ、跡部……ちゃん、寝てるって、まだ8時……』

「のっぴきならない事情があってな。…………じゃあな」

『……おい、跡部―――』

ブチリ、と電話を切って、さらに電源も切っておく。
の寝息が、顎のあたりを掠める。

……まぁ、家に帰るまでは、寝かしておいてやるか。
ここから家まで、体力を全快に戻すには少々足りないが、それでも時間がある。今のうちに寝かせておいて、家に戻ったら、説教しねぇと。

考えていたら、運転手が戻ってきた。
眠るを見て、1度コホン、と咳払いをする。

「景吾様、出発してよろしいですか?」

「…………あぁ」

動き出した車に身をゆだね。
の頭にコツン、と自分の頭を預けて、俺もしばらく目を閉じることにした。