、先に部室に行ってろ。ちょっと、監督のところに行ってくる」

「ん〜、わかった〜」

HRが終わり、部活に向かおうとしているに、そう声をかける。
は特に気にせずに、素直に頷いた。

「ほな、俺とちゃん、2人で「待て、忍足」

意気揚々と教室を出て行こうとした忍足の腕を、ガシッと掴む。
忍足が、嫌そうにこちらを振り返った。

「……なんやねん跡部。自分はさっさと監督のトコ、行けばえーやんか」

「お前も付き合え。……、先に行ってろ」

「?う、うん…………。じゃ、また後でね」

不思議そうな顔をしながらも、は教室から出て行った。
心底残念そうに呻いた忍足が、バッと俺の手を外す。

「なんやねん、自分、俺とちゃん2人きりにさせとうないからって、俺までつき合わすなや。監督のとこなら、1人で行けばえーやん」

「……これから行くのは、監督の所じゃねぇ」

「は!?跡部……お前、自分でさっき言った事忘れたんか……?」

『大丈夫か、頭』と言ってマジマジと見てきた忍足を、蹴っ飛ばす。

「違う。……が、またやられた」

蹴られた箇所を押さえて蹲っていた忍足が、ふっと顔を上げる。

「しかも、今回は、俺だけのじゃねぇ。お前の取り巻きもだ」

いつもの、に向けているような、少し微笑を湛えた顔ではなくなった。
眼鏡の奥にあるのは、俺でさえギクリとするような、真剣な瞳。

「……誰や?」

「毎日、放課後に来ている、茶髪の女とその取り巻き。後は、お前の親衛隊の女、数人だな。それは平部員に確認済みだ。そいつらがを呼び出しているのを、何人かが目撃している」

「…………あー……いい加減、ちゃんのコト、認めさせんとな……なんで、毎日毎日あの子がやっとること見とるのに、わからんのや……」

忍足が小さく毒づいたのを聞きながら、歩き出す。

「あいつらに、そんな理屈は通用しねぇよ。……も、一生懸命仕事してれば、いずれ他のヤツも認めるだろう、なんて思ってるんだろうが……あぁいった連中には、の仕事ぶりなんて眼中にねぇ」

「手に負えんな……俺らを好いてくれんのは嬉しいんやけど、ちゃん傷つけるんやったら、そんなんおらんでえぇ。…………そんで、ちゃんは?」

「体はアザだらけ。数日前からやられてたみたいだな……おまけに、今日は平手打ちを食らっていた」

「…………気付かんかった。なんであの子、いっつも俺たちに言わんのや……全然変わらん笑顔やったやん……」

「あの笑顔は、あいつの得意技だ。……昼休みには、一応、自分でなんとかしたとは言っていたが、どうせまた同じようなことが起こるだろう」

「そんなん許さん。……ちゃんを傷つけるヤツは、誰やろうと許さん」

「同感だ」

忍足を促して、特別教室へ。
そこには、を傷つけたであろう女達。
平部員を通じて、呼び出していたおいた。

「あ、跡部様……」

「忍足くん……?」

呼ばれた理由を、わかっているのだろう。
ビクビクと怯えた目で、俺たちを見てくる。

「…………自分でやったことだから、わかっているな?」

「で、でもあの子が……!」

「言い訳は言わんでえぇで。…………ちゃんを傷つけたって言う事実は変わらんからな」

「お、忍足くん……」

忍足のヤツも、大分頭にきてるらしい。
女にはいつも柔らかい口調なのだが、今日の声は、俺が今まで聞いたことがないような冷たく突き放すモノ。

「細かいことはゴチャゴチャ言わねぇ。言いたいことはたった1つだ」

ジロリ、と女達を睨みつけて。
忍足も同時に口を開いた。

「「2度とあいつ(あの子)に近づくな」」

「…………っ、で、も……!」

「……いいか。今回だけは、あいつの頼みだから、直接学園を辞めさせるようなことはしねぇ。……だが、次に同じことをしたら」

そこで1度言葉を切って、再度、睨みつけた。

「…………学園だけじゃなく、お前たちの生活が変わることを、覚悟しておけ」

「……ッ……………」

言葉を失った女達に一瞥をくれて、俺は背を向ける。
……そろそろ部活に行かないと、が呼びにくるかもしれない。

あいつに、こんな光景は見せたくない。

「…………忍足、行くぞ」

「あぁ。……ほな、そーゆーことやから。……2度と、ちゃん傷つけるなんて、思わんことや」

忍足のセリフを聞きながら、扉を開けて廊下に出る。

2人無言で、階段を降りていると。

「あ、景吾、侑士!」

聞きなれた声。
階段を駆け上がってくるのは、ジャージに着替えた

「……

パタパタ、と音を立ててこちらにやってきて、息も荒いというのにニコリと笑う。
だが―――汗をかいているというのに、やはり上下とも長いジャージだ。

「遅いから、探しに来ちゃった。もう部活始めちゃったよー?みんなには基礎トレしてもらってるんだけど……早く早く!レギュラーだからって、基礎トレサボるのは許しませんよ〜!」

笑うの顔は、まったく変わらない。
何事もなかったように、いつもと同じように笑う。

――――――というか、なんてことない、だなんて思っているのだろう。

俺は、忍足と顔を見合わせた。

忍足は、いつの間にかまた、微笑を湛えた顔に戻っている。

「なんやねん、ちゃん、わざわざ探しに来てくれたんか?嬉しいなぁ〜、はよ部活行かんと」

「そうだよ、がっくんすねてるんだよ〜?『侑士のヤツ、基礎トレサボりやがって〜。俺はいつもちゃんとやってんのに』って!」

「岳人はスタミナないから、倍くらい基礎トレやってもえぇくらいや。……あぁ、でも、俺もちゃんが一緒にいてくれるんやったら、基礎トレ3倍にしてもえぇで……!」

「忍足、お望みどおり、テメェは基礎トレ3倍にしてやる。1人で日が暮れるまでグラウンドで基礎トレしてろ。……、行くぞ」

「えっ、あ、ちょっと、け、景吾……!?」

の手を引っ張り、俺はスタスタと歩き出す。
忍足はどこかの世界へ行っていて、反応が遅れている。……どこまでも妄想好きな眼鏡だ。
しばらくして、ようやく我に返ったらしく、随分離れたところで声が聞こえてきた。

「ちょ、ちょい待ち、跡部!」

「……誰が待つか、バーカ。……それはそうと

「う、うん?」

「……後で、俺様が直々に体中隅々まで、手当てしてやるからな」

「………………………………………………………………………はい?」

忍足が来る前に、の耳元に口を寄せる。

「…………お前の体に出来た、全部の傷、俺様が直接手当てしてやる。家に帰ったら、覚悟しとけよ?」

「…………………………………………うわーん!大丈夫だもーん!ひ、1人で手当てできるってば―――!」

「ダメだ。お前は気づいてねぇだろうが、背中にもアザあったぞ。自分じゃ手ェ届かねぇだろうが」

「い、いつの間に見たのさ―――!!」

「昨日の夜」

「あぁぁぁ…………て、手当てだけね……?手当てだけで、お願いしますよ……!?」

「まぁ……バツもあるし……それに、まだ都大会のときのご褒美、1つ貰ってねぇしな」

「そ、そんなところでご褒美使わないで―――!」

半泣きで叫ぶに、掠めるようなキスを1つしたところで、忍足の野郎が追いついてきた。

「あーとーべー……」

「あーん?……ほら、さっさと行くぞ」

忍足の恨めしそうな顔を、ニヤリと眺めての手を引く。
が諦めたようにため息をついて、少し笑った。

その笑顔を見て、俺も忍足も笑う。

…………この笑顔を守るためなら、俺たち2人は、なんでも出来るだろう。

もう1度、忍足と顔を見合わせて、少し苦笑した。