カクン。

「…………っと、危ねぇな……」

の頭が揺れ、窓にぶつかりそうになるのを、一瞬の反応で阻止した。

「……すー……」

そっと顔を覗き見れば、案の定閉じられた瞼に、小さな寝息。

会話してから、1分も経っていない。
だが、俺がの頭を引き寄せても起きないくらい、すでに深い眠りに入っているようだ。

「…………それだけ疲れたってことだな」

再度、の頭を撫でて、起こさないように胸の中で労いの言葉を言う。

…………お疲れさん。

の吐息が、すぐ耳元で聞こえる。
別に俺はほど疲れているわけでもねぇが、どうせ東京に着くまでは退屈な時間だ。一緒にまどろんでもいいかもしれない。
の頭に、俺の頭を重ね合わせ、ゆっくりと目を閉じようとしたら―――

ちゃ……おっと、寝とるんか……って、何やってんねん、跡部!」

―――また、邪魔が入った。

小さくため息を吐いて、極力顔を動かさないようにして目線を後ろに向ける。

「黙れ忍足。が起きる」

「自分が悪いんやろ!早くちゃんから離れ!こない広いんやから、てっきりバラバラに座っとる思てたのに……!」

忍足が腕を伸ばして俺の顔をから剥がそうとする。

「なにやってんだよ、お前ら……あっ、跡部ズリィ!」

騒ぎを聞きつけた岳人たちも前の席へ集まってくる。
あっという間に、分散していたメンバーがと俺を中心として集まった。

「……跡部さん、見えないところでそういうコトするの、やめてもらえませんか。卑怯ですよ」

「俺とが何してようと勝手だろうが、あーん?」

「跡部、ズッリィ〜!俺もの隣で寝たいC〜!」

「ジローはどこでも寝れるだろう」

「跡部の肩だと、ゴツゴツして寝にくいと思うぞ!」

「窓とか、岳人のちっせぇ肩に寄りかかるよりはマシだろ」

「ちっ……と同じ席に座ってるのに気付かなかった……激ダサだな」

「宍戸さんの所為じゃないですよ。……というわけで跡部さん、バスも広いですし、さんお1人で寝かせてさしあげたらどうですか?」

「却下だ。さっきだって頭ふらふらして窓にぶつけようとしてたんだぜ?そんなをお前、ほっとけっていうのか、あーん?」

「ほなら、俺がちゃんの隣に「バスから放り出されてぇか、忍足?次のインターチェンジまで、後数分だぜ?」

次々投げかけられる言葉、全てに返事を返し、奴らを黙らせる。
するとそこで、忍足がなにやら樺地に目配せをしているのを見つけた。
珍しく表情を表に出して、迷っている樺地にしつこく促す忍足。
やがて樺地が、滅多に開かない口を開いた。

「……跡部、さん……」

「なんだ樺地。もちろんお前に、文句はねぇよな?」

「……………………………ウス」

「あぁぁぁぁ、樺地のアホ―――!!!」

「最初から期待はしてませんでしたけどね……」

忍足が叫び、自嘲気味に日吉が呟いた。

「なしていっつも跡部ばっかり―――」

「……ん……?」

微かに聞こえたの声。
忍足の声がうるさすぎたのだろう。折角寝ているのに―――

「……ったく……っ!」

原因である忍足を黙らせようとしたら、俺が動くより先に(を起こさないように慎重に動こうとしていた)他の奴らが動いて、忍足の口を塞いでいた。

侑士、うっせーよっ!起きんだろ!

忍足、本当にお前、跡部にバスから放り出されんぞ

というか宍戸さん、俺たちが一緒に放り出しませんか?(黒笑)

忍足さん、本当に救いようのない人ですね……

忍足を引き連れて、後部座席で小声の会話。その結果、は起きることなく、引き続き、俺の肩に身を預けていた。

後部座席の方に参加しなかったジローが、俺たちの1つ後ろの座席から身を乗り出しての顔を覗き込んだ。

「…………、良く寝てるね〜……あ〜、俺も眠くなってきた……」

「それだけ疲れてたってことだろ」

「ご苦労様、……ふぁ〜……眠い……の安心した顔見てたら、眠くなってきた〜……」

常にお前は眠いんだろ、という言葉を言おうとしたのだが、すぐにジローは眠りに入ってしまったので、やめておいた。

「……しっかし、本当に安心しきった顔だな……」

忍足への制裁は終わったらしく、宍戸がの寝顔を見てそんなことを言う。
……本当は寝顔でさえ見せたくねぇところなんだが。

「……むぅ……仕方ねぇ、が気持ちよく寝てんなら、今日だけは俺、跡部に譲ってやる。……いいか、今日だけだかんな!」

「別に今日だけのつもりはねぇけどな」

「……クソクソ跡部!もう寝る!」

岳人がそう言い捨て、先に寝ているジローの隣にどかりと座った。
その後、全員が『仕方ねぇな』とぶちぶち文句を言いながら、俺たちの周辺の席に座った。
座席数はそれこそたくさんあるのに、結局、前の方の席に8人全員が固まることになった。

「…………アホ跡部。今日だけはちゃんの可愛い寝顔に免じて、許してやらんこともない」

「うるせぇ、忍足。貴様もさっさと寝ろ。俺様もの隣でぐっすり眠ってやる」

「……ホンマにしばいたろか、自分……!」

忍足の言葉をみなまで聞かずに、の肩を再度引き寄せた。
昨夜は聞けなかった微かな寝息。
それが隣から聞こえるということで、こんなにも幸せな気分になれる。

頑張ったに、なにか褒美をやらなきゃな、と頭の中で考えながら、俺も眠りに落ちた。