「景吾」 空港へ向かう車に乗り込む直前、親父が俺の名前を呼んだ。 ……さきほど、たちと談笑していたときの目とは違うモノ。 俺は黙って親父の傍へ近寄った。 は、シェフに作ってもらっているらしい弁当を取りに行っている。 「ちゃんは、いい子だな」 「…………あぁ」 「景吾……もしも、ちゃんに関連することで、跡部家が必要なら」 そこで親父は言葉を切って、おふくろの方を見た。 おふくろが、コクリと頷く。 「ちゃんのためなら、父さんたちに連絡をする必要はない。……お前がやりたいように、跡部家を使え」 思わず、唖然としてしまった。 ……それは、ただ1人の人間に向けられるにしては、過剰なものだ。 自分で言うのもなんだが、跡部家の力は、それほど大きい。 「……なぜ、にそれほど」 「景吾」 親父が、俺の言葉をさえぎる。 「……父さんたちの身勝手で、ちゃんの人生を狂わせてしまった。この意味がわかるか?」 「……あぁ、そのせいで、は世界と両親を失って―――」 「それだけじゃない」 「?」 「…………ちゃんが失ったものは、それだけじゃない。……ちゃんの世界で積み重ねてきたもの、全てを私たちは奪った。親、兄弟、親戚、友人、学校―――学歴、資格…………そして、彼女に用意されていた、あちらの世界での『未来』と『幸せ』……それらすべてを奪ってしまった。向こうの世界にいたら、親御さんたちもいて……幸せも用意されていただろう。それを強引に私たちが呼び寄せてしまった。……その代償は、金では償えないかもしれない。…………だが、私たちに出来ることは―――経済的なことでしかないんだ」 の親、友人……未来、幸せ。 確かに、そうかもしれない。 が向こうの世界で普通に暮していたら、待っていたかもしれない幸せ。 それを奪ったのは、他ならぬ跡部家。 「…………ちゃんに関することなら、遠慮なく使って構わない。……わかったな?」 「…………あぁ、わかった」 「お待たせしました!」 ちょうどタイミングよく、が大きな包みを持って現れた。 途端に親父は、頬を緩めて笑顔を零す。 「ちゃん、そんなに走らなくても大丈夫だ」 「でも時間が……はい、どうぞ」 「あぁ、ありがとう。………すまないね、1日しか時間が取れなくて」 「いえっ、景吾パパと景吾ママに会えたことだけで、もう大満足です!また、会えるのを楽しみにしてます!」 の笑顔に、おふくろが感激して抱きついていた。 「ちゃん、今度帰ってくるときは、また一緒にショッピングして……おいしいもの食べに行きましょうね!」 「おふくろ……が困ってる。離れてやれ」 「なによっ、景吾はちゃんに毎日会えるからいいけど、私たちはまたいつ会えるかわからないんだからっ。……ちゃん、電話してね?景吾の携帯に番号は入ってるから、いつでも電話して頂戴ね?」 「はい。お体には気をつけてくださいね」 ニコリ、と笑ったの頭に、俺はぽん、と手を乗せる。 「じゃあな、気をつけろよ?」 名残惜しそうに、おふくろがから離れる。 そして、バッと俺のほうを向いたかと思うと。 「景吾、ちゃん他の男に触らせちゃ、ダメよ!?」 「んなっ」 が驚愕して、目を見開いた。 俺はニヤリと笑って、 「当たり前だ」 そう言い放つ。 満足そうにおふくろと親父は、車に乗り込んだ。 「…………行っちゃったね」 車が去っていった方向を見て、が寂しそうに呟く。 ぎゅっとその体を抱きしめた。 「……バーカ、また会えるだろ」 俺の言葉にそっと笑い返した来たに1つキスを落とした。 |