無口だけど、優しい幼なじみ。 いつもいつも一緒にいた。 だけど。 一緒にいることが出来なくなってしまったら―――? I can't tell... 父親から転勤の話を聞いたのは1週間前。 もう、話す決心がついてもいいころなのに。 私は未だに楓に言う事が出来ない。 忘れられるのが怖い。 楓の頭の中から『私』が消えていってしまうのが怖い。 だけど、どうしようもない。 言おう言おうと思っているうちに。 時間はどんどん過ぎていく―――。 「後、1週間かぁ」 1ヵ月もあったはずの機会はすでにもうない。 顔を見るたびに、言おうとは思うのだけど、口をついて出てくるのは他愛もない話ばかり。 「昨日のNBA、見た?」 「週間バスケットに仙道さん出てたよね〜」 そんな話をしては去っていく。 学校で言わなくても、と思い、楓の携帯に電話しようと何度も受話器をとった。 けど、震える指ではボタンが押せなくって。 なら家まで行って言おう、と思って自転車に乗って楓の家まで行く。 それでもインターホンを押す勇気がなかった。 どうしよう、どうしよう。 「……?」 の声が聞こえる。 「……ぃ〜……」 私はもう誰かに頼るしかなかった。 「……まだ言ってないのかぁ」 「言う勇気がなくって……どうすればいいと思う?」 「う〜ん……電話も直接もダメだから……手紙とか?」 「手が震えてかけなかったよぉ〜……」 手紙だって何度か試みたのだ。 けど、手が震えるのと涙が出てくるのとで断念した。 「……なんで、転勤なんてあるんだろ?……私、ここにいたいよぅ……」 「親に相談してみたら?もう、高校生だし一人暮らしとか……」 「……資金的に、無理だよ。アパートとか借りなきゃダメだし、生活費もかかるし……」 「……変なところで主婦してるよね……でも、そしたら、言うしかないじゃん!」 「だよぉ〜……」 でも、言う勇気がないんです。 「、言えた?」 「ううん、まだ……」 「、今日は?」 「……言えなかった」 「今日こそ……」 「言えなかったよ……」 「後3日だよ!?」 「うん、わかってる……」 だらだらと時は過ぎていって。 気がついたら家の中はダンボールだらけ。 おかしいくらいにスッキリしている家。 どうしよう、どうしよう。 ベッドと机以外何もない部屋で、私は1人泣いていた。 『チャラ、チャチャチャララ』 私の携帯がいきなり鳴り出した。 画面には『楓』の文字。 震える指で、なんとか通話ボタンを押した。 「……も、もしもし?」 『……か?』 あぁ。 いつもの楓の声だ。 ちょっと低くてぶっきらぼうな声。 ……でも、優しい声。 「うん、そうだよ」 『……今、どこだ?』 「家だよ」 『家か。……今から行くから、待ってろ』 「え!?」 こ、困るよ。 まだ、言う準備も出来てない。 けど、今の家の中を見られたら……引っ越すってわかる。 『待ってろ、どあほう』 プツッと電話が切られる。 どあほうも何もない。 私は夢中でバックを掴んで家を飛び出した。 家を飛び出してきたのはいいけど、どこに行こうか。 家にはまだ帰れない。 友達の家に行くような時間でもない。 スモッグに隠れた星達。 街のネオンがやけに明るくて。 昼間のような明るさを私にくれる。 ……けど、やっぱり人工的で太陽のような温かさはない。 知らず知らずに涙が出てくる。 ネオンがあたらないビルの影に 私はひっそりと腰をおろした。 たまらなく自分が小さく思えて。 まるでこの世に存在していないかのよう。 全てのものが私を無視しているようで。 そして全てのものが私を責めているようで。 私は自分を守るように小さく体を丸めた。 「彼女ぉ〜。どうしたの?そんなトコに座っちゃって。俺たちと一緒に飲まない?」 やめて。話し掛けないで。 「……なにか言ってよぉ〜」 やめて。 「……無視すんなよなぁ!」 ビクッ。 突然豹変した男。 「来い!」 私の腕を強引に掴む。 やめて、やめて! ―――怖い!!! 目が、おかしい。 普通の人の、目じゃない! 「―――いやぁっ!」 ドゴッ!! 何かがめりこむ音がした。 涙でかすんだ目の先には、 相変わらず無表情でたっている幼なじみ。 「ひ、ひぃぃぃ〜」 情けない声を出して、男は去っていく。 少し離れたところにいる私でもわかるほどの――― 殺気。 ピリピリとした空気。 ピンと糸が張り詰められたような――― そんな空気。 「……どあほう」 だけど、その一言で。 いつも言っているその一言で。 ……たった一言で。 張り詰められた糸が切れた。 「……楓ぇ〜……」 私はその幼なじみ抱きついた。 怖かった。 楓は私を抱きしめて、髪の毛に手をやる。 「……どあほう」 そのまま、髪の毛に軽くキス。何度も、私を安心させてくれるようにキスをしてくれた。 「……家で待ってろって言った」 「……ごめんなさい」 ごめんなさい。ごめんなさい。 「……もういい。帰るぞ」 ごめんなさい。ごめんなさい。 「……どあほう、行くぞ」 動かない私を見て、楓は私を急かすように腕をひっぱった。 だけど、私は動かない。―――動けない。 だって。 言ってないんだよ、私。 今、言わなきゃ。今、言わなきゃ言えなくなる。 もう――― 言えなくなる。 「……楓、私、引っ越すの」 急かすように私の腕をひっぱっていた楓の動きが止まる。 驚いたように目が見開く。 ごめんなさい。 もっと早くに言えばよかった。 ごめんなさい。ごめんなさい。 「……ごめんなさい……」 泣いてもなんにもならない。 言わなかった事実が消えることもない。 だけど、 ただ涙が零れ落ちていった。 「ごめんなさい……!」 楓に涙を見せたくない。 うつむいた。 うつむくことしかもう出来ないから。 そのまましゃくりあげる事しか出来ないから。 掴まれたままの腕が重い。 そっとその腕を外そうとした。 瞬間――― 引き寄せられた。 「かえ……で……」 「……知ってた」 「え?」 「……ダチから、噂で知ってた……だけど、お前がなんにも言わないから、黙ってた。……早く言え、どあほう」 ……知ってた。 楓は知ってた……。 だけど、私から言うのを待っててくれた。 「……ごめんなさい」 ごめんなさい。待たせたね。 いっぱいいっぱい待たせたね。 ごめんなさい。 ―――ありがとう。 「やっと、お前から聞けた」 「……ごめんなさい」 「聞きたいのはそれじゃない」 私は涙で霞んだ瞳を楓に向けた。 「……ありがとう」 楓は―――。 楓は私の顔を少し傾けて、ゆっくりと覆い被さるようにキスをした。 「……、言えたの?」 「……うん」 からの言葉に、私はやっと頷けた。 「そっか、よかったね」 馴染んだ、土地。 優しい、友達。 優しい、幼なじみ。 言えたから。 言ったから。 ここから離れたくなくなった。 「……ぃ……やっぱり引越したくないよぅ……!」 私は友達に飛びつくように抱きついた。 「……私だって、に引っ越してほしくないよ……」 それから2人でわぁわぁ泣いた。 高校生にもなってみっともないけど、わぁわぁ泣いた。 「……」 泣いてたら、後ろから誰かに声をかけられた。 「……楓?」 ぐすぐすいう鼻をすすりながら、声をかけた人物に答える。 「……、私、先行ってるね」 気を使ってくれたのか、同じように泣いてるのに、は教室から出ていってくれた。 「……楓、どうしたの?」 「……許可、もらってきた」 「なんの?」 楓は近くにある椅子を引き寄せて、私の真正面に座る。 「……俺の家で同居する事」 「……え?」 ……同…居? 「だから、お前、引っ越さなくていい」 「でも、楓の家に迷惑がかかるし……!無理だよ」 「……どあほう。無理じゃねぇ。……お前は、俺の傍にいろ」 傍に、いる……? 「本当に、いいの……?」 コクリ、と楓が頷いてくれた。 涙で視界が完全にふさがれた。 「……ありがとう」 楓は私を優しく抱きしめてくれた。 こうして――― こうして私は楓の家で暮らすことになった。 両親は遠い土地へ行ってしまったけど。 湘北高校を去ることもなくなり。 馴染んだ土地。 優しい友達。 優しい……彼氏。 その全てをなくすことなく。 私は今を生きている。 あとがきもどきのキャラ対談 銀月「わぁ〜、微妙な終わり方」 流川「まったくだ……」 銀月「頷かないでヨ……そのとおりだけど、傷つくじゃん」 流川「……お前につける傷などない」 銀月「……ひどっ。……ところで、流川さん。さんを家に同居させて、なにするつもり……グハッ」 流川「こんな口は塞いでしまえ……」 銀月「フガフガ……リ、リクをくださった夕葉さん、ありがとうございました!」 |