(…………つけ……られて……る?) 部活が終わってからの帰り道、何かの拍子にふと思った。 …………コッ、コッ、コッ……と鳴っているのは自分の靴音。 その後に続く、ゴッ、ゴッ、ゴッ……という、少し重めの音はなんだろう? (…………きっと、同じ方向に行く人だよね…………自意識過剰、自意識過剰!) 気を取り直して…………でも、やっぱり少し不安だから、同じ方向に行く人だったら追い抜かしてもらいたい。 意図的に、少しだけ歩調を遅くした。 とたん。 (…………向こうも、遅く………なった?) コッ…コッ…コッ…と少し間隔が空いた自分の靴音。 ゴッ…ゴッ…ゴッ…と合わせたように間隔が空いた、他の靴音。 少し早く。 コッコッコッ…………。 ゴッ…ゴッゴッゴッ…………。 やはり同じようにスピードが変化した。 ゾワッと背筋があわ立つ。 …………つけられてる。 素直になれない 「つ、つけられたぁっ!?」 素っ頓狂な声を上げたのは、親友の。 わわわ、と慌てて私は口を開く。 「といっても、冷静に考えてみたら、そうなのかなんなのか、わかんなくなっちゃったんだけどさ」 「でも、歩調変えたら向こうも合わせてきたんでしょ?」 「まぁ……でも、もしかしたら気のせいかもしれないし?家の前に着いてから、思い切って振り返ったら、もう誰もいなかったし…………」 「う〜〜〜ん…………でも、気をつけたほうがいいよ。今、変な人って、どこにでもいるからさ…………そーだ、桜木花道!あんた、の家のすぐ近くなんでしょ?ちょっとボディーガードしてあげなよ」 前方でわはは、と桜木軍団と戯れている桜木花道にが呼びかける。 あ?と花道が私のほうを向いた。 でも、私はに向かって、無理無理、と手を振る。 「花道ってば、ぜーんぜん私のことなんて心配しちゃいないんだから。ねー、花道?」 「がーっはっはっは!みてーなヤツがつけられてる!?晴子さんみたいな美しい人ならともかく!みたいのがつけられてる!?笑えねー冗談だな、オイ!」 「思いっきり笑ってるじゃん、バカミチ」 「むっ、このテンサイ桜木花道に向かってバカとは……さては……てめー、このオレのあまりある才能にヤキモチ焼いてるな!?」 「あー、少ない才能にヤキモチ焼いてるほど暇じゃないんですよね、私。…………やー、洋平君たち、いつもいつもバカミチがお世話になってるねぇ」 「まぁ、花道がバカなのは今に始まったことじゃねーからな、気にすんな、」 「そーそー、もとからバカだからなっ!」 「高宮っ!おめーが言えることかっ!」 花道が高宮に殴りかかって、はじめられる大騒動。 もう、騒がしいんだ、これが。 でも、ただ単にじゃれあってるだけだから、私もも周りのみんなも、大笑い。 だけど、大笑いしていたはずの口から、次の瞬間出てきたのは大きな溜め息だった。 ポム、と大きな手が頭に乗せられる。 「洋平君?」 「まぁ、とにかく気をつけろよ、チャン。今はちょっと頭イカれたのがゴロゴロいるからさ。…………いざとなったら、花道でも俺でも、手近なヤツに連絡しろよ」 気遣う洋平君に、私はニコリ、と笑う。 「ありがとっ。まぁ、もう少し様子見るよ」 「おぅ、気をつけろな?」 「…………その優しさが、すこ〜しでも、ほんのカケラでも花道にあったらねぇ…………」 もう1度、今度は誰にも気づかれないように、小さく小さく溜め息をついた。 桜木花道と私、の腐れ縁は、自他とも認めるほどすごいもの。 生まれたときからの知り合いで、幼稚園も一緒、小学校も一緒、中学校も一緒。高校はさすがに離れるかと思ったが、花道がなぜだか、執念の受験勉強をしたので、またもや同じ学校になった。 幼稚園、小学校は何の縁か、ずーっと同じクラスだったし、中学校では、花道を手に負えなかった先生たちが、『諌め役』として、3年間、私を花道と同じクラスにし続けた。 高校でも何の因果か同じクラス。 通算、12年間同じクラス。たいした腐れ縁だと思う。 花道がまだ近所のガキ大将だったころも知ってるし、中学のときに、お父さんが倒れたときに、1番傍にいたのも私だった。 …………あれはビックリした。 イキナリうちに『オヤジが…………ッ』って泣きそうな顔で飛び込んで来るんだもん。 慌てて花道の家に行って、救急車呼んだり大変だった。 ここまでくると、花道のことを、本人以上に知ってる気がする。 はぁ…………と大きな溜め息をついた。 幸か不幸か。 …………99%の確率で不幸なんだけど。 私……は、花道のことが好きだったりする。 いつから、とかはよくわからない。ずいぶん前から好きだったんだとは思うんだけど。 ハッキリ意識したのは、中学生のころ。 こりもせずに、次々と告白しては振られている花道を見てて、なんだかムカムカしていたとき、ふっと思ったんだ。 あぁ、私、花道が好きなんだなぁ……って。 でも、今更言えるはずも無く。 結局中学3年間、花道の50人ものフラレ街道を見守る形になってしまった。 他の女の子には、優しくて、さん付けなんかしちゃって、デレデレ〜な花道なんだけど、私に対しては、男友達に対する扱いと同じ。 …………きっと、アイツは私のことを女だなんて見てないんだろうな。 何度も違う男の子を好きになろうと努力したけど…………クラスも一緒、家も近所。必然的に一緒にいる時間は長いわけで……そんな状態で、他の男の子に目が行くわけが無い。 花道に彼女が出来たら、潔く諦めようとは思ってるんだけど…………どうも、まだまだ先のことみたいだし。 最近、バスケなんて始めて、ますます……好きになったし。 でも、報われない、私の想い。 …………まず、この『女と見られてない扱い』からしてダメだよね。 「あ〜、もうなんとかしてよ〜……」 ボソッと呟いた。 「なにがなんとかして欲しいんだ?」 「……あ。」 目の前にそびえたつ、数学の先生。 ……………そういえば、授業中でした。 「で?なにがなんとかして欲しいんだ?」 「あー……えーっと…………数学が全然わからないので、なんとかしてほしいかな〜、とか思っちゃったりなんかして」 「わからないなら、授業、ちゃんと聞けよ?」 「……はーい。すみません」 わははは、とみんなが笑う。 あぁ、まだ若い先生でよかった。古い先生になると、これくらいじゃ済まされないもんな。 「がはははは、やはりは愚民だな、愚民!!」 後方から聞こえてきた声に、私は思いっきり振り返って睨みつける。 誰のせいだと思ってるんだ! ……ってのは、心の中で叫んでおいて。 「花道より愚民じゃないっつの!」 と声に出して叫ぶ。そうすると、たしかに〜とか賛同の声が次々と上がる。 私はそれを満足そうに聞いて、花道に微笑んだ。 あ〜ぁ、怒ってる怒ってる。 なんだかわめいているけど、私はアッサリそれを無視して、ニッコリ先生に笑った。 「先生、ほっといていいですから♪」 ふん、ザマァミロ。 部活を終えて、最寄り駅に着いたときにはもう、あたりは真っ暗だった。 冷えた風に身を縮こまらせながら、少しだけ早足で家路を急ぐ。 う〜〜、寒い寒い…………早く家帰って、テレビ見よ。 ゴッゴッゴッ…………。 「………………?」 なんだか、後ろの方で靴音が聞こえる気がする。 昨日の人……?まさか、昨日の今日で…………。 ブルッと身を震わせて、さらに足を早めた。 …………合わせて、早くなる音。 ぶわっ、と恐怖が心を支配した。 段々と足が駆け足になる。 でも、ずっとついてくる音。 ――――――――――――怖いッ!!! 手先、足先が、寒さだけでなく冷たくなる。 ゾクゾクと背筋を悪寒が走る。 カラカラに乾いた喉を、冷たい空気が通っていった。 ここは閑静な住宅街で、夕飯時なのか歩く人は誰もいない。 でも家まではもうすぐ。急いで家の中に入ってしまえばいい。 それからその後の対策は考えよう。 私は、全速力で走ろうと決めた。 とたん。 ぐっ、と手首を掴まれる。 「………つーかまーえたっ」 知らない、オジサンの声。手首を引き寄せられ、ペタペタと色んなところを触られる。 ザワッと鳥肌が立った。 「……ぃ…や……っ……」 「勝手に……触ってんじゃねぇよ、クソオヤジッ!!!」 ガッ……という鈍い音と、ズザザッという人が倒れる音。 なにが起こったのかわからなくて、呆然と立ち尽くす。 「この、『天才・桜木』の縄張りに手ぇ出すとは、いい度胸じゃねェか、あぁ?」 ゲシゲシ、と地面に転がるオジサンに蹴りを入れてるのは……間違いなく……花道だ。 「………………花……道?」 私の声に、ピタッと花道の動きが止まる。 その隙に、ヒィッと声を上げて、オジサンが逃げた。 後に残されたのは、私たち、2人。 とたん、慌てたように花道がその場を取り繕う。 「あー、いや、そのだねぇ、キミィ。…………まぁ、天才・桜木の縄張りが荒らされてると聞いては、黙ってはいられなかったワケで!おめーは一応、天才・桜木の一子分だし!…………だからだなぁ…………」 色々と弁明をする花道。 その声を聞いて、なんだか…………すごく、気が抜けた。 ついでに、腰も抜けた。 …………私はやっぱり『子分』か……とか思いながら、ヘタヘタ……とその場に座り込んでしまった。 「オ、オイッ……?」 『』っていうところで、私の目からはボロボロ涙が溢れてきた。 花道の前でこんなに泣くのなんて、何年ぶりだろう。 …………ホントに、怖かった。 「う〜〜〜…………」 座り込んだまま、ベソベソと涙を拭う私。 「だぁぁぁぁ〜〜〜!!泣くなっ、泣くなッ!!」 オロオロとしてるんだろう、花道が大きな図体でウロウロしてるのが気配でわかる。 それでも、泣くなと言われて、すぐに泣くのを止められるほど器用に出来てない。 「うっ……え……っ」 なんとか嗚咽を止めようと、努力はしてるけど。 止められない。 …………あぁ、花道が困ってるよ。早く泣き止まなきゃ。 口を、引き結んだ。 喉の奥で、嗚咽が詰まって、変なしゃっくりみたいな音になる。 よろよろと立ち上がりながら、私はもう1度涙を拭った。 「ご、め……も、だいじょ…ぶだから……」 帰ろう?と促す私の言葉は、続けることが出来なかった。 ふわっと包む、コートよりも暖かいもの。 「花……道…………」 「……おめーは大バカだ」 「なっ…………」 「…………この天才・桜木様が傍についてることを忘れてるからだ」 「………………は?………あ、あぁ……親分……のこと?」 「……………やっぱりおめーは大バカだ」 「は?」 ぎゅぅぅう、とキツく締め付けてくる、花道の腕。 たまらず私は花道の背中をドンドン叩く。 「く、苦し……ッ、花道、苦しいっ!」 「これでわかったか。…………天才・桜木様の愛の重さを身に染みて味わえ」 密着した分、耳元で囁かれる、いつもより低い声は破壊力抜群で。 さっきとは違う意味で、鳥肌が立った。 「あ、愛ッ!?」 「誰の為に50人もフラれたと思ってやがる。…………全部、どっかでノホホンとしてる大バカ女に、ヤキモチ焼かせたかったからじゃねぇか」 少しだけゆるくなった腕。それでも、顔が見れるほど離れていない。 今、花道はどんな顔をしてこんなことを言ってるのだろう? 「………………花…………道……………」 「なのに、どっかのバカ女はちっともヤキモチ焼かねェし、ったく……天才であるこのオレの計画がうまく行かねぇとは…………」 ブツブツと文句を言い始める花道。 私は無理やりベリッと花道から体を離して、花道の目を覗き込む。 ギクッとした花道は、ふいっと目を逸らした。 キョロキョロ目が泳いでる。 ………………動揺してる証拠。 「………………あのさ………………」 流れてた涙は、あまりの驚きように身を隠した。 反対に心臓の鼓動は、着々とその存在を主張し始めている。 「………………………………自惚れちゃうよ、私」 ちらっ、ともう1回視線を合わせてきた花道は。 勝手にしろ とだけ呟いた。 |