わたしのなまえは、カリン。

ほんとうは、カリンノアっていうんだけど、

かあさまからもとうさまからも、

にいさまたちからもカリンってよばれてるの。



かぞく




きょうはいいおてんき。
おひさまはピカピカひかってて、おそらも、くも1つなくて。

きれいだなぁ、とおそらをみてたら、ヒソヒソはなすこえがきこえたの。

なんだろう?

そうおもって、のぞいてみると、まどからおそとにでようとしてる、にいさまたちがいた。

「…………にいさま?」

「わぁっ!?バカ!しーっしーっ!!」

バンにいさまに、おくちをふさがれた。
でも、バンにいさまが1ばんうるさいとおもう。

「兄さん…………兄さんの方がうるさいよ」

そうおこるのは、もうひとりのにいさま、レンにいさまだ。

「わ、悪い……カリン、俺たちが外に行くの、ナイショだからな。母さまや父さまには言っちゃダメだぞ」

「なんで?どうしていっちゃいけないの?」

「あー…………とにかく、見つかったらマズイんだよ!だから、言っちゃダメだぞ!…………おい、レン!行くぞ!」

「あ、待ってよ兄さん!」

バンにいさまがまどからでると、レンにいさまがあわててついていった。
…………わたしもおそとにいきたいなぁ。
おてんきもいいし、きっとおそとにでたらきもちいいだろうなぁ。

わたしもついていこうっと。

えっちらおっちらまどをこえて、わたしはにいさまたちにおいつく。

「わっ!カリン!?」

「ついてきちゃったのか…………」

「わたしもおそとにでたかったの」

そういうと、にいさまたちはかおをみあわせて、フーってためいきをついた。

「しょーがないなぁ……カリン、絶対はぐれるなよ」

「はーい」

おへんじはげんきよく。
かあさまからいつもいわれてるから、げんきよくへんじをしたら、なんだかにいさまたちにわらわれた。

「にいさまたち、どこにいくの?」

するとにいさまたちはなんだかおこったかおになった。

「言わなきゃならねェことがあるんだよ……アイツら、絶対許さねェ……」

「アイツら?」

「エレクたちだよ。…………あいつら、母さまの悪口を言ったんだ。絶対、許さない」

「…………かあさまのわるぐち?」

「アイツら、母さまのこと…………名も無き世界から来たあばずれ女、って言ったんだ。…………そんなこと、母さまに会ったことないから言えるんだ」

「マジ、ムカツクぜアイツら!絶対、どこかで聞いて覚えた言葉が使いたかっただけだろ!あばずれっていう意味も知らないくせによ!」

あばずれ、ってなんだろ?
でも、にいさまたちがこんなにおこってるってことは、きっとものすごーくわるいことばなんだろうなぁ。

そんなことをかんがえながら、にいさまたちのあとをくっついていくと、とつぜんレンにいさまのせなかにぶつかった。

「いたぁい……」

おもわずいってしまったけれど、いつものようににいさまたちから『だいじょうぶか』っていわれない。

なんだろう?

そろりとせなかのかげからまえをみると。

しらないおとこのこがふたり。

「…………エレク」

「よぉ、バン。珍しいじゃねェか、お前がこっちの方まで来るなんて」

「お前に言いたいことがあってきたんだよ」

「あばずれ女の息子に言われることなんかねェっての、ギャハハハハ」

「母さまはあばずれなんかじゃない!」

いつもはやさしいレンにいさまが、とつぜんおとこのこをぶった。
そこからはじまる、ケンカ。
ぶたれたりぶちかえしたり。
…………いたそう…………。
いたいのは、こわい。

こわくなって、わたしははしりだした。




こわくてこわくて。
ぶたれるの、いたいのに。
ぶつのも、いたくないのかなぁ。
いたいの、こわい。
いたいの、イヤ。
はしってはしって、いたいのからにげる。

でもそしたら。

にいさまたちからもにげてしまった。

にいさまがいない。

にいさまはどこ?

おうちはどこ?

かあさまは?とうさまは?

…………………いない。

どこにも、いない。

いたいの、こわい。
でも、みんながいなくなるほうがもっとこわい。

こわいよぉ。

「う…………ひっく……うえぇぇ……」

こわい、こわいよぉ……。
かあさま!!とうさま!!

「うわあぁぁぁああん!!」

「カリン?」

わたしのなまえをよんだのはだれ?
みあげれば、そこには―――。

「カリンじゃないか。なぜこんなところに?誰もいないのか?」

「……………………アシュタルにいさま」

アシュタルにいさまは、わたしをだっこしてくれた。
アシュタルにいさまは、とってもおっきいからだっこされると、すごくたかいの。

「よしよし、1人で怖かったな」

「ひっく…………うん……」

「もう泣き止んだか。カリンは強い子だな」

アシュタルにいさまのおおきなてが、なでてくれた。
わたしは、ごしごしめをこすった。

「…………アシュタルにいさまは、なんでここにいるの?」

「俺か?……俺は、お前の父さまと一緒にちょっと街の外に行ってたんだ」

「とうさまもいっしょなの?」

「あぁ、だが、俺は…………母さまから頼まれた買い物があったからな、ここまで来たんだ。父さまはもう家に帰ってると思うぞ」

「かえってるの?」

「あぁ。…………じゃあ、俺たちも帰るか」

「うん!…………あ、でもにいさまたちが…………」

「?バンとレンがどうかしたのか?あいつらは、この間ガラス割って、バノッサから遊びに行くのを禁止されたはずだが」

「ガラス?……でもね、きょう、わたし、にいさまたちといっしょにおそとにきたんだよ」

そういうと、アシュタルにいさまは、なんだかおでこにしわをよせた。
そして、ちいさなこえで、

「アイツら……カリンを外に出してほっぽらかすなんて……知らんぞ、俺は」

といった。

「でもね、にいさまといっしょにきたら、しらないおとこのこがいて…………ぶったりしてたの。いたそうだったの!」

こわかった。
ぶったりぶたれたりするの、みてるだけでこわかった。

アシュタルにいさまのめが、ほそくなる。

「…………カリン、しっかり捕まってろ」

アシュタルにいさまは、そういうとすごいスピードではしりだした。
あっというまに、さっきのばしょにもどってきた。

そこでは、まだにいさまたちが、ぶったりぶたれたりをしてて。
にいさまたちのおくちからは、ちがでててすごいいたそう。
いたいのはいやだ。

「バンダート!レインベル!なにをしている!」

アシュタルにいさまがおおきなこえをだすと、にいさまたちはビクッととまった。
バンダートっていうのは、バンにいさまのなまえ。レインベルっていうのは、レンにいさまのなまえだ。
しらないおとこのこたちは、ちらっとわたしのほうをみると、はしってにげた。
にいさまたちがのこる。

「…………アシュタル」

「……別に、ケンカをするな、と言うつもりはない。ただ、俺が言いたいのは…………カリンを連れてきたのにほっぽらかすとはどういうことか、ということだ」

あ、とにいさまたちがくちをあけた。
パタパタはしって、わたしのほうにちかづいてくる。

「ごめんな、カリン」

「ごめん、カリン。怖かったろう?」

「にいさま…………いたいよぉ、おくちから、ちがでてる……」

「だ、だいじょうぶ!大丈夫だから、泣くなよ!痛くないから、これくらい!」

「でも、バンにいさま……」

「大丈夫だって!な!レン!」

「も、もちろん!だから泣くことないんだよ、カリン」

よしよし、となでてくれるにいさまたちのてはちいさいけど、とってもあったたかった。

アシュタルにいさまは、フ、といきをはく。

「……さぁ、帰るぞ。…………バン、レン、お前たち、父さまからのきつーいお説教を覚悟しとくんだな」

「えっ!?父さまもう帰ってきてるのか!?」

「今日はモンスターが弱くて、早く片付いたんだ。今頃、怒ってるだろう」

「ゲェ…………父さまがいないから、今日抜け出したのに……」

「残念だったな」

あぁ、にいさまたちとあえてよかった。
みんないっしょだ。
よかったぁ…………。
もう、こわくないや。

「…………あれ、カリン寝てるよ」

「疲れたんだろう。お前たちとはぐれた後、路上で大泣きしてたしな」

「……そっか………………ごめんな、カリン……」

ううん、いいんだよ。
わたし、にいさまのことだいすきだもの。

そういおうとおもったけど、ねむくてねむくて…………。




バンたちが家に着くなり、待っていたのは父親の怒声だった。

「バンダート!レインベル!カリンはどこだ!」

「父さま、しーっ!カリン、アシュタルにだっこされて寝てるんだから」

バノッサははた、とアシュタルの腕の中で眠る娘の姿を見つけて、口を閉じた。

「…………アシュタル」

「わかっている。カリンを部屋に連れて行く」

「そうしてくれ。…………バン、レン。こっち来て座れ」

バンとレンは、おとなしく、促されるままに父親の待つソファに座る。

「…………まず聞きてェのは、なんで外出禁止のお前たちが外へ出たってことだ」

「………………大事な用事があったんだ」

「ほぉ、用事。なんの用事だ?」

「…………ちょっと、エレクのヤツに言うことがあって……」

「ケンカになるようなことを言いに行ったっていう自覚はあったのか?」

「…………………多分、ケンカになるだろうとは思ってた」

「そのケンカになるような危ない場所に、カリンを連れて行ったのか、お前たちは」

「カリンがついてきちゃったから、しょうがなく…………」

「……しょうがなくじゃねェだろ!大体、レンは、いつも余計なことまで頭が回るくせにどうして危険だって考えなかった!?」

「それは…………ッ」

そんなことを考えられないくらいに、頭に血が上っていたからだ。
母親の悪口を言われたことで、完璧に頭に血が上っていた。
カリンを、まだ小さい妹を、あんな場所に連れて行くべきではなかったなんて、すぐにわかることなのに。

「ごめんなさい……」

頭を垂れて小さな声で呟くのを見て、バノッサはフゥ、と息を吐いた。
自分と同じ、紅い瞳を持つ息子2人をじっと見つめる。

「…………で?ケンカの理由はなんなんだ」

「………………それは…………」

いやに歯切れが悪い物言いに、バノッサが眉をしかめる。
彼とて、息子たちが理由もなくケンカをするような子供でないことはよくわかっている。
理由は必ずあるはず。

「…………どんな理由でも怒らないから、きちんと説明して?」

そう声をかけたのは、彼らの母親。



「父さまだって、バンやレンが理由もなくケンカするなんて思ってないから。なにが原因なの?」

しばらく2人は黙った。当事者がいる前で、話してもよいものだろうか。
それとも、当事者がいるからこそ、話すべきなのか。
やがてゆっくりと口を開いたのは、レンのほうだった。

「…………あいつら、母さまの悪口いったんだ。母さまが『名も無き世界から来たあばずれ女』だって……!」

思い出したのか、悔しくて唇を噛み締める弟の言葉を、兄が継いだ。

「……それ聞いて、俺、ぜってー許せねぇ、って。…………そんなの、母さまのことちゃんと知らないから言えるんだ……って、そう言おうと思って……たんだけど……」

「…………ケンカになったってワケか…………」

「…………ってことは、ことの原因は、私なのねー…………バノッサ……どうしよう……私、この子達怒れなくなっちゃった……」

困ったような目で見つめる自分の妻に、バノッサは軽く目を細めて唇の端をあげる。
そして、息子たちに向き直ると、紅い目に挑戦的な光を浮かべた。

「…………よし、そういう理由ならケンカして来い」

「……って、ちょっとバノッサ!」

「父さまなら、そういうと思ってた!」

バンが嬉しそうに言うのを、調子に乗るな、とバノッサの拳骨が落ちる。

「…………ただし、カリンをつれて外に出るときは絶対に目を離すな。いいな?お前たちは兄貴なんだから」

「はーい。ごめんなさーい!」

立ち上がりかけた2人をバノッサが呼び止める。

「で?をあばずれ女だって言ったのは、どこのどいつだ?」

冷ややかな父親の声に、少年二人は赤信号を出す。
この父親が我が子以上に溺愛している母の悪口を言われて、黙っているはずがない。
…………あれほどむかついた相手なのに、少しだけエレクに同情した。



翌日、世にも恐ろしくニッコリ笑ったバノッサに、容赦なくゲンコを落とされた少年がいたらしい…………。