今まで当たり前のように過ごしてきた生活。

バノッサがいて、カノンがいて、アシュタルがいて、私がいて。

それが変わるなんて、夢にも思わなかったよ。





「ねぇ、バノッサ」

バノッサの部屋で2人過ごしていた、ある日の午後。
私は、ぼんやりと綺麗な絵が集められた本を眺めていた。
ページを捲るとき、ふと思うものがあって、隣にいるバノッサに話しかけた。

「あ?」

隣で剣の手入れをしていたバノッサは、視線を剣に向けたまま答えてくる。
その目つきの真剣さに、話しかけて後悔した。
…………うーん、剣の手入れ終わってからでもいいか。

「あー……後で話す」

そう言って、私はまた本に視線を戻す。
と。

「……んだよ、話すなら今話せ」

バノッサがカタン、と剣を置いてこっちを見てきた。

「いや、別に大したことじゃないよ!?ホント、剣の手入れが終わってからでいいから!」

「お前の少ない脳みそじゃ、手入れが終わる頃には忘れてんじゃねぇのか?」

「んなっ!今日もムカつく、美白帝王バカノッサ……!脳みそまで美白になってしまえばいい……!」

「美白って言うなっつってんだろォが、あぁ?そんなことも覚えられねぇほど、テメェの脳みそは減退したのか?……あぁ、もう脳みそねぇのか」

「〜〜〜むーかーつーくー!!!」

あまりのムカつきように、その真っ白いほっぺたを引っ張ってやろうと、さっと手を伸ばした。
でもバノッサは簡単にそれを避けて、あろうことかひょいっと腕を掴んで、しっかり視線を合わせてくる。

「で?何の話だ?」

なんとなく、ハメられた気がする……!
バノッサの紅い目は、楽しげに少し細められていた。

「……いっつもいっつも最後はバノッサに丸め込まれてる気がする……!」

「いいから、さっさと話せ」

「〜〜〜……あのさぁ、カノン、最近おかしくない?」

「カノン?……別に、いつもと変わらねぇと思うが」

「……んー、なんかさー……変。隠しごとでもしてるみたい。やたらニコニコして……しかも、その笑顔が怖い気がする」

「……あいつの笑顔が怖いなんて、よくあることだろうが」

「それはバノッサ限定でしょ(キッパリ)」

私の言葉に、バノッサが詰まった。
……カノンの黒い笑顔が発令するのは、大抵がバノッサ限定だからね、フフ……。

「……あいつにだって秘密の1つや2つあるだろうよ。放っておけ」

「……バノッピー冷たい……」

「変な名前で呼ぶな、居候」

「じゃあ、居候って呼ぶな、バカノッサ」

「……………………」

「……………………」

しばらく睨みあって、結局バノッサがちっと舌打ちをして、目線を逸らした。
ふっ…………勝った!
勝ち誇った笑みを浮かべていると。

「……

「わっ!?」

いきなりいつもは呼ばれない名前を呼ばれたので、変な声を出してしまう。

「……い、イキナリ呼ばないでよ、ビックリするなぁ、もう……」

あぁ、驚いて心臓がバックバク存在を主張してますよ!
なんとか心臓を落ち着かせようとしていると。

ニヤーリ。

……………バノッサさんが、いや〜な笑みを浮かべてます。

今まで掴みっぱなしだった私の手を、ぐいっと引っ張る。
つまり、私はバノッサの方へ倒れこむことになり。
ぎゅっ、とそのまま抱きしめられた。



「ギャー!!耳元で名前呼ぶなんて、卑怯……!」

抱きしめられたら、当然顔と顔が近くなるわけで。
……耳元で、息が触れるのがわかるくらい、バノッサが顔を近くに寄せて囁いてくる。

「……

「わ、わわわ、わかった!ごめんなさい、バノッサさん!」

「……わかりゃいいんだよ」

バノッサが体を離す。
もうバックバクどころの騒ぎじゃない、暴れ出した心臓の音。
い、いつまで経っても耐えられない……!バノッサの声は心臓に悪い……!その上、耳元で囁かれたら、本当に心臓持っていかれそう……!

あまりの衝撃に、すっかり私はカノンのことなんて吹き飛んでしまっていた(ゴメン、カノン)
だから、そのまま過ごしてしまって。

……………………その後すぐに、もっと気にしておけばよかったと、後悔した。






カノンが朝方までお仕事だというから、私はバノッサに部屋に引きずり込まれた。
……まぁ、何があったかは置いといて。

いつの間にか寝ていた私は、寒気を覚えて目が覚めた。
ふっと目を開ければ見える、銀色の髪。
ちょっと赤面しながらも、ぶるりと体を震わせた。
……何も着てないんだもん、そりゃ寒いよな……。

服着よ……と思ったら。

隣で静かに寝てるバノッサが、私の体をガッチリホールドしていた。
つまり、服を取りに抜け出すことすら出来ないわけで。

「…………バノッサー……はーなーせー……」

剣を扱ってるから、白くてもやっぱり筋肉質な腕。
かなりの力で絡み付いている。
それを引き剥がそうと、ぐいぐい引っ張った。

は、離れない……!
寒いのよー!っていうか、もう窓の外明るいし!か、カノンが帰ってきちゃうんじゃ……!
ピンチだよ、ピンチ!

「バノッサ、起きろー!カノンが帰ってくるー!おーきーろー!」

ぺちぺち、と美肌を叩くけど、バノッサは少し眉をひそめただけ。起きる気配は微塵も見せない。
くっ……この低血圧大魔王め……!

でも、なんとかして抜け出さないと、ホントにカノンが帰ってきてしまう……!
バノッサを起こすのはこの際諦めて……腕を引き剥がすことにしよう。そうすれば、なんとかこの状態から脱出できる。
時間をかけて、やっとの思いでバノッサの左腕を外すことに成功。
よし!さぁ、右腕もこのまま一気に……

ガチャ。

「バノッサさん、おはよ……」

………………こ、この声は。

「「…………あ。」」

バッチリ声が被った。
バノッサの腕から抜け出そうとしている私と、バノッサを起こしに来たであろうカノン。

視線がかち合い、固まる私たち。

止まった、時間。

―――先に動き出したのは、カノンだった。

「……さん、バノッサさんが起きたら一緒に降りて来てくださいね?僕、ご飯準備してます」

極上の笑顔で、カノンがそう言う。
私は、言葉を発することすら出来なくて、ただコクンと頷いただけだった。

「じゃあ、待ってますね」

パタン、と扉が閉められて、部屋に静寂が戻る。

えーっと……とりあえず、するべきことは。

「……ッ……起きろ、バカノッサ!!!うわーん!全部お前のせいだー!!!(泣)」

この未だ寝ているバカノッサを起こすことだ!!!

ベシベシと私はバノッサの顔やら体やらを叩きまくった。






「……単刀直入に言います」

「は、はい……」

「………………」

なんとかバノッサを起こし、急いで服を着て1階に降りた。
そこでは、カノンがご飯を作りながら待っていてくれて。

…………やたらと気まずいご飯の後、私たち2人は、2階にあるカノンの部屋に連れて行かれ、座らせられていた(ちなみに、私は正座。バノッサは胡坐をかいていた)
アシュタルさんは自室へ避難済み。アシュタルの部屋だけ1階にあるから、我関せずの態度でいられるわけだ。……後で懲らしめてやろうっと。

「僕、はっきりいって邪魔ですよね?」

「………………………………………は?」

もっとなにやら違う言葉を言われると思ってた私は、想像しなかった言葉に一文字しか発することが出来なかった。

「いつかはこういう事態も起こるんじゃないかと思ってたんですが……」

「お、思って……!?」

思ってたのか、カノン!っていうか、どこまで知ってたんだ、私たちの関係!
慌てる私をよそに、カノンは1つ息を吐くと、『実は』と切り出した。

「僕、引っ越そうと思ってるんです」

「……ひ、引越し!?えっ、ちょっと、どういうこと!?なんで!?」

「僕がいたら、遅くなると思うんですよね」

「何が!?」

カノンのいつもの微笑はどこへやら、すごく真剣な顔で言い放つ。

「可愛い姪や甥を見るのが」

「…………………………………………………………………はい?」

言われた言葉が理解できない。
……姪?甥?

…………って。

「……お前、俺様たちにガキ作れっつってんのかよ」

「ギャー!このバカノッサ!今まで何にも言わないと思ったら、なんってことをサラリと発言するのさ!」

「あ?嘘は言ってねぇだろうが。つーか、ついさっきまで……」

「バカー!!!(泣)か、カノン、そんなのは、まだ先だから!それよりも私は、カノンと一緒にいたいよ!」

カノンは一瞬ぽかん、と口を開いたけど、すぐに嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます。……でも、僕早く見たいんですよ、バノッサさんとさんの子供。……ふふ、きっと可愛いんでしょうねぇ……。そのためだったら、僕、なんでも出来ますよ」

「な、なんでもって……!ちょっ……バノッサ!なんとか言って止めてよ〜!」

バノッサの言うことなら、聞いてくれるかもしれない。
最後の頼みで、私はバノッサに目線を向けた。

「……カノン、それでお前、どこに行く気だ?お前、住む場所も家買う金も持ってねぇだろうが」

バノッサの言葉に、私もガクガク頷く。
カノンがお仕事で稼いだお金は、ほとんど生活費に使われてるはずだし。
いくら瓦礫だらけで、土地だけはあるサイジェントでも、住む家を作るのはお金がかかる。

「ふふ……僕、結構溜めてあるんですよ。まぁ、家自体は買えなくても、借りるくらいなら出来ますね」

こ、こんなところで無駄に主夫の手腕を発揮しなくていいのよ―――!!

「実は、もう借りるところも目処がついてるんです。荷物さえまとまれば、明日にでも移れるので、大丈夫ですよ」

カノンの断固とした言い方に、私は説得不可能だと悟った。

……カノンの言い方からすると、遠い場所じゃ、ないよね?
サイジェントの中だよね。なら、毎日ではないけど……会える。

でも、寂しい。
カノンがいなくなるってことは、カノンと一緒にお料理したり、お洗濯したりも出来なくなるってことだ。

「その、借りる場所ってのはどこだ?」

バノッサの言葉に、私ははっとカノンを見た。
遠くじゃないよね?
そんな視線をこめて。

私の視線に気付き、カノンはにこりと笑って。

「この家の隣ですよ♪」

……………あっさり言ってのけた。

「…………えぇぇぇぇっ!?」

「隣の家、随分前から空き家だったでしょう?あそこの土地って、防具屋の店主さんが持ってるみたいで、壁の修理費とかを出せば、格安で貸してくれるって。ついこの間交渉してきたところなんです」

「と、隣!?」

「えぇ。だから、今までとほぼ変わらないとは思いますが……それでも、やっぱりケジメということで。……いいですよね、バノッサさん?」

いつもの黒い笑みじゃない。
バノッサが拒否しようと思ったら、拒否できる微笑だ。

「……お前が決めたことだ、俺様は口出ししねぇよ」

「……バノッサさんなら、そう言うと思ってました」

カノンが嬉しそうに微笑む。
そして、そのまま私に向き直る。

さん、そう言うことですから…………早く、僕に可愛い姪と甥の姿を見せてくださいね?」

「わわわわ、カノン!」

「バノッサさん、お願いしますね?(黒笑)」

「……………………………………あぁ」

「何返事してるのさ、バカノッサ!!」

「ふふ、楽しみですねぇ……」

「カノン!(泣)」

くすくすとカノンが笑う。
どうしようもなくなって、私ははぁ、とため息をついた。



結局カノンは、次の日、隣の家に越して行った。
荷物は最低限のものだけ持って行き、大きな荷物などは徐々に家から移動させた。

段々とカノンの荷物が減っていくと、カノンが暮らしていた気配が薄くなった。
それは少し悲しかったけど。

さん、お団子作ったので、お茶しにきませんか?」

隣の家の窓から、カノンが顔を出して言ってくる。
こうやって、すぐに会えて話せる距離。

会おうと思ったら10秒で、話そうと思ったら3秒で話せる。
こんなに近いんだもん。……寂しくなんか、ないよ。

「行く行く!ちょっと待ってて〜!あっ、バノッサとアシュタルも連れてく!」

「じゃ、みなさんの分もお茶用意しておきますね」

ほら、いつもどおり。
住む家は違うけど、今までと一緒だ。

だから、寂しくなんてない。



………………カノンがいなくなってから、美白帝王がやりたい放題なのは、頂けないけどね……!(泣)




ウワァ……!こ、こんなものしか出来なくて申し訳ありませ(ガフ)
カノンが隣に移ったワケ、実はこんなオチでした……!(笑……えない)
イスカ様のバノッサは、メチャクチャカッコよかったのに(しかも、メチャクチャかっこいい跡部まで頂いたのに!)そのお返しがこんなヘボ小説で本当にスミマセン……!もう、地面に頭をこすり付けて土下座する次第でございます……!
無駄に長くて騒々しい文章で、申し訳ありませ……(死)

と、とにかく……!相互リンク、本当にありがとうございました!どうぞこれからもよろしくお願いいたします……!