城塞都市サイジェント―――。

比較的平穏なこの街に、騒動を巻き起こすのは。

今日も今日とて北スラムの帝王バノッサと。

その家の居候、です。




25. 可愛くなくて結構




「…………ったく、またはぐれやがって……」

まるで世界に雲はない―――といわんばかりに輝く太陽の下、バノッサは1人繁華街をせわしなく歩いていた。
慌ただしくあたりを見回しながら歩き回るバノッサの姿を、繁華街の人々は珍しそうに見る。
ついこの前までバノッサを昼間に見かけることはめったになかった。
たいてい、夜―――それも、かなり遅い時間に活動しているこの男は、肌の色からもわかるとおりに太陽をあまり得意としてはいない。
それでも、によって大分改善された生活サイクルによって、バノッサは前より格段に太陽の下で活動していた。それによって、幾分かは健康になった。これもひとえに愛しいのためであると言えよう。
そして今日―――。
バノッサはまさしくを探しているところであった。

事の始まりは、今朝のことだった。

「…………おい、居候。今日は、買い物行くから、釣りに行くなよ」

唐突に朝食を食べながら言い出したバノッサに、のパンをほおばる手が止まる。

「へ?」

ジャムついてますよ、とカノンに頬をこすられ、ありがと、とにっこり笑う。
その姿にバノッサは一瞬話すべき内容を忘れ、思わず見惚れた。

「……で?なんで突然買い物なの?」

「あ、あぁ……お前の服、買いにな。そろそろ寒くなるし、なんか買っておいたほうがいいだろ。いくらなんでも、その格好でサイジェントの冬を乗り切るのは辛いぞ」

「…………サイジェントの冬って寒いの?」

「えぇ、まぁ。鬼神の谷ほどではないですけど、たまに雪も降りますし。コートは買っておいたほうがいいですよ?」

「…………じゃあ、バノッサもコートとか着ちゃったりするわけ?」

「………………オマエ、オレ様を何だと思ってやがるんだ。機械兵士じゃねェんだぞ」

うんざりしたように、バノッサが肩を落とす。
それはそーだ、と納得したは、口の中に入れたパンを咀嚼すると、バノッサに向かって、

「……ありがとーございます」

そう言って、が下げかけた頭を、バノッサはぺいっと一はたきする。

「これからずっとそうするつもりか?」

カノンもそうですよ、と少し怒って同調する。
はその言葉に嬉しそうに笑った。
家族として認められているのだ、この2人に。

「じゃあさ、いつ出るの?」

「…………時間は……そうだな、昼前に出て、どっかでメシ食いがてら、買おうぜ。いいな、カノン」

「わかりました。……じゃあバノッサさんも、お風呂掃除してくださいね」

「…………あ?」

「昼までに家事、全部終えなきゃいけないんですから」

にぃっこり笑ってそういうカノンに、文句を言うために開きかけた口をつぐんで、バノッサはチッと舌打ちをした。



そして、繁華街にやって来た3人は、少し早めの昼ごはんを食べて、冬に向けての服を物色していた。
このコートは生地が薄いだとか、あっちは動きにくすぎるだとか色々話し合っていたところまではよかった。
昼過ぎになって、急に人が増えて来た繁華街。
はぐれないように、バノッサが傍らにいるはずの少女に注意を促そうと横を向いたとき。

すでに、少女は忽然とその姿を消していたのだった。



「ったく、あのバカは……っ……」

前に屋台群へ行ったときに、はぐれたことがあったので、まずいな、と思って横を見たときにはもう遅かった。
慌てて2人であたりを見回すが、らしき姿は見当たらない。
満足に身動きすらできない状況にまで、人が多くなってきていたので、仕方なくバノッサは、前と同じように、カノンと二手に分かれてを探すことにした。
通り行く人々に目を走らせながらも、あたりに目を配って見慣れた少女がいないか探す。

「…………バノッサ?」

「…………あ?」

呼びかけられて、一瞬探している人間かと思ったが、明らかに声が違う。
見つからないイライラと、焦燥感とで不機嫌な顔で振り返った。
とたん。
唇に柔らかい感触。
しばし、その状態のまま固まる。

「…………久しぶりだねぇ〜!元気かい?」

よくよく見れば、昔の馴染みの女。
とはいっても、と一緒にいるようになってからはまったく顔を合わせていなかった。

「………………テメェか」

「テメェ、とは相変わらずな口だね。…………珍しいじゃないか、こんな昼間に出歩くなんて」

「うるせェな。…………ところで、おい。この辺で、黒いズボンに男物のシャツ着た女、見なかったか?」

「は?いいや、見てないけど?…………まったく、久しぶりに会ったのに他の女の話なんてしないでおくれよ」

そう言って、首にかじりつきながら、再度軽いキスをする。

「…………おい、いい加減に…………んだ、その顔」

「…………バノッサ、あんたが言ってた女の子って……後ろにいるあの子かい?」

「あ?」

くるっと後ろを振り向けば。

ズォォォォォ…………。

どす黒いオーラを出しながらその場にたたずむ少女。

「……い、居候、テメェどこに……」

「ハァーイ、バノッサ。はぐれてごめんねー。…………まぁいいかー。キレイなお姉さんと一緒にいれたみたいだしー?…………カノンどこにいるかわかるー?私、カノンと見て回るから、気にしないでどうぞー」

無駄に延びた語尾が怖い

「ちょ、居候、聞け……」

「あー、そうそうー。白昼堂々こんな道のど真ん中でラブシーンはどうかと思うよー?」

「だから、違うって言ってんだろーが!話を聞け!」

「〜〜〜!!!他の女に抱きつかれながらそんなこと言っても説得力ないもん!ばーかばーか!!バノッサなんて白髪のくせに―――!!!」

んなっ!銀髪と言え!!!

「白髪ー!!!ばーかばーか!!」

ドヒュン!!!

はそれだけを言い捨てると、人ごみの中をネズミのようにちょこまかと走りぬけた。

「………………なんだい、あの子は」

「…………チッ……おい、いい加減放せ」

バッと腕を振り解くと、が消え去った方向に目をやる。
この人ごみを上手くすり抜けていったらしく、もはや姿は見えない。
バノッサは今日何度目かの舌打ちをした。

「…………バノッサ、もしかして、あの子と…………」

「…………そーゆーワケだ。悪いが、もうお前にかまってる暇はねェ。…………じゃあな」

バノッサは、が消えた方向に、人ごみをかき分けながら歩き出した。
この道の先にはあの店がある。
彼には、大体の行動が読めていた。




『告発の剣』亭―――

「…………うっうっ……酷いんだよ、バノッサってば…………」

そう呟くと、は酒瓶から自分でトポトポ酒をついであおった。
もう1杯、と酒瓶を傾けるのを、たまたま居合わせたガゼルがものすごい勢いで止める。

「あぁ、わかった、わかった。だから、そろそろ酒瓶から手ェ離せ、な?」

こんな酒に酔っ払ったを、北スラムに送っていったら、彼女を溺愛する家族になにをされるかわからない。ガゼルはビクビクしながら、必死の思いで酒瓶を掴んでいた。

「うぅぅ〜〜〜…………だって、抵抗もしないしさ……」

「それ聞くの、3度目だから」

「あんな道の往来で……」

「それは5度目」

「………………こーなったら、私も浮気の1つや2つしてやろうかしら……ひっく……」

その言葉に、隅っこの方で1人飲んだくれていたスタウトが反応する。

「おっ。じゃあ、俺といっちょ浮気でもするか?」

はじぃっとスタウトを見つめた後……ぷいっと横を向く。

「……………………スタウトのおっちゃんじゃヤダ

「がーん…………酷いぞ、…………」

「…………こーなったら、ローカスさんにでも頼んで…………」

「なんでローカスなんだよ?」

「だって、大人だしー。バノッサと年齢同じくらいだしー…………実は優しいしー」

「ローカスかぁ……まぁ、確かにいい男ではあるな」

「でしょー?ローカスさんってば、カッコイイもんね。頼んでみようかな」

そう言って、また酒瓶を傾けようとするマナミの背後に迫る影。
ガゼルがその姿を見て固まるが、マナミは気づかずに、ガゼルの手が離れたが幸い、酒瓶を傾けたところで、背後から声がした。

「頼むって何を?」

「んー、浮気の相手?………………あ?」

背後からした聞きなれた声に、が声の主を振り仰ぐ。

「…………ほぅ……テメェは自分の男に浮気の予告をするのか」

腕組みをしながら、すぅっと細められたバノッサの目に、はビクッとおびえながらも、すぐに気を取り直してにらみつけた。
ちなみに、ガゼルは早々に身の危険を感じて、コソコソとスタウトの方へ逃げた。

「ふーんだ。自分の女の目の前で他の女とキスしてるような男に言われたくないもんねー」

「……だーかーらー、あれはだなぁ!」

「誰がなんと言おうとキスしてましたー。しかも2回も!!抵抗せずに!!!なにか間違いある!?」

「〜〜〜〜〜〜ッ……可愛くねぇ!」

「ふーんだ。可愛くなくて結構でーす。私のこと可愛いって言ってくれる人、他にいるもんねーだ」

「……ほぅ、誰だよ?」

「えーっと、トウヤとかー、シオンさんとかー、カザミネさんとかー、あとエドスさんも言ってくれたしー、イリアスさんやレイドさんも言ってくれたもん!!……どーせお世辞だろうけどさ

「(アイツら、後でシメる)…………わぁーった。わぁったから帰るぞ」

「むっ、まだ許して……」

「じゃあこれで許せ」

そういうなり、バノッサはみんなが注目する中、堂々とにキス―――しかもかなり濃厚な―――をした。
は真っ赤になってドンドンと胸を叩くが、バノッサはお構いなし。
あまりの強引さと濃厚さに、店の中の誰もが真っ白になった。

「…………っは……ぁ……な、なにす…………!」

「見てたよな?……オレ様が自分からしたわけじゃないって」

バノッサが赤くなったの顔を覗き込む。

「オレ様が自分からするわけねーだろ。…………してぇって思うのは、お前だけなんだからよ」

は、バノッサから視線をそらしてうつむく。
そして、ポツリと言った。

「…………知ってる。見てた。…………ただ、私が勝手に不安になっただけだもん。…………ごめんなさい」

バノッサは、ガシガシと頭をかくと、くしゃりとの頭を一撫でした。

「……帰るぞ。まだ、コート買ってねぇんだからな。ったく、酒のニオイぷんぷんさせて……危なっかしくて見てられねェ」

今度ははぐれないように手を引きながら、バノッサはと共に歩き出す。


残されたガゼルやスタウトは、バノッサの強引&溺愛ぶりに、ため息をついた。

「………………これじゃ、ちゃんに手ェ出せねェな」

スタウトがそういったのを聞いて、ペルゴが殴る。
いってぇ〜!という言葉はお構いナシに、ペルゴはガゼルへ向き直った。

ちゃんが飲んでったお酒代、ガゼルのツケにしておきますね」

ガゼルがまたも、真っ白になった。


THANKS!222666HIT! To 蓮華様

お題ですが、蓮華様より、キリ番リクエストを頂きました。
いや、もうホントすみませんって感じです(汗)バカップルです。人様に迷惑かけまくりです。
蓮華様、222666Hitありがとうございました!