ドンッ!!!

「あたっ……たたたっ……」

私は、なぜか痛む腕や足をさすりながら、ゆっくり目を開いた。

「マグナにネスティってば、なにして……」

原因を作ったと思われる人物に怒ろうとしたとたん、目が合ったのは。

「………………え、え〜〜〜〜!?」

銀髪の野球児でした。




パニック召喚〜野球の場合〜





久しぶりにのんびりとした日の午後。
私は、レシィやバルレルと共に、心なしかのほほんとして見えるお日様の下、ギブソン邸の中庭でお昼寝、もとい、体力回復をしていた。

「……んふぁ〜…………」

「妙な声出すんじゃねぇよ…………もうちょっと寝かせろ……」

「バルレルくん……しっぽが力なく垂れ下がってますよ?」

「眠いんだよ……こそ、寝癖ついてるぞ……」

「ん〜………………お腹減った……お勉強中のマグナたちも呼んで、おやつにしない?」

「……あ〜……」

「それじゃ、僕はおやつの準備してきますね〜……」

レシィもふわぁ、とあくびをしながら、とてとてと中へ向かって歩いていく。
私はそれを見届けて、バルレルと一緒にマグナの部屋に向かった。

コンコン、とノックをして、返事も聞かずに中へ入る。

「異界のものよ、汝が知るその世界に返れ…………ブルー……」

「マ〜グナ〜……おやつにしよ〜♪」

「えっ?な……!?」

「バカか!マグナ!」

「えっ……!?……わぁ!?」

私の身体を取り囲んだ光。

「わぁあああ!〜〜〜!!!」

マグナのやけに慌てた声だけが、耳に残っていた。




「…………って、えぇぇぇぇええ!?」

「なっ……一体、どこから……」

「うわぁぁぁあああん!!!今度はどこに召喚されたのよ、私!いや、送還か!?送還されたのか、私は〜〜〜!!!」

落ち着け

肩をがしっと掴まれて、その人物に無理やり向きなおさせられた。

「落ち着けって…………あ゛?」

「…………とりあえず、口開けて人の顔を凝視するの、ヤメロ」

「い、いいいいいい、犬飼、冥!?

「…………俺のことを、知ってるのか?」

「うぁっ!?えっ!?ちょっと待って……えぇぇぇえええ!?」

「とりあえず落ち着け」

落ち着けるわけないでしょ!
どーしてサモナイ世界にいた私が、ミスフル世界に!?
私ってば、トリップしすぎじゃないですか!?
つーか、すべては召喚術なんてあるサモナイ世界の所為!?
……でも、待って。
この世界には召喚術なんてありゃしない。
…………ってことは。

「私、一生ミスフル世界の中!?いーやー!!!戸籍もないマンガの世界の中だけど、まがりなりとも現代日本でどう生きろというの!?」

「……っ落ち着け!!」

ぐいっと引き寄せられ……。
なぜかほっぺたにふれる犬飼冥のユニフォーム。
………ん?
み、みみみ、密着(抱きしめられ)してる!?

「ちょっ……えっ……あの!」

「落ち着け」

こ、この状況で落ち着けと言われても!
それでも、思考が現実に戻ってきたのは確かで。

「お、おおおお、落ち着けました!から、離して〜〜!!!」

「……とりあえず、俺の話が聞けるな?」

「聞けます!聞けますとも〜〜〜!!!」

「……よし」

ふっと離れていく犬飼冥。
私はバックンバックン暴れる心臓の音を聞きながら、荒い息を吐いた。

「…………オマエ、どうやって突然部室に現れた」

「え、えぇっとぉ…………なんていうか、これには深いワケがありまして…………と、とにかく特殊な事情により、突然現れ……」

「特殊な事情ってなんだ」

「…………えぇっとぉ…………」

だらだらと冷や汗をかくのがわかる。
う……本当のことを言うべきなのかしら……?
下手に嘘言って見破られても、後々厄介だとは思うけど……。
召喚だとか、突拍子もないことが信じてもらえるとは思えない。
でも、他に上手い説明が思い浮かばない。
むしろ、今自分の置かれている状況すらわかっていない。

「ちょ、ちょっと待ってください、私も今から状況整理しますんで」

とにかく今までのことを思い出した。

サモナイ世界にいた
    ↓
昼寝をしていた
    ↓
マグナを呼びに行った
    ↓
ミスフル世界にトリップ


どう考えてもマグナのせいじゃ〜ん……。
そういえば、ネスティが、今日はマグナの苦手な召喚術の練習をするとかなんとか言ってたっけ…………。

って。

それに巻き込まれたのか――――――!!!

原因解明だよ!
たぶん、召喚術の事故(だと思う)のせいで、私ミスフルの世界に来ちゃったんだ―――!
そういえばドアごしになにか言ってるのも聞こえたし〜〜〜!!!

「わかった―――!!!」

「とりあえず……なにがだ」

「…………………………………あ。えと……」

もはや、こんな叫びをごまかせるほどの思考能力は私に備わっていなかった。


私は、なんとかゲームとかマンガ云々の話を抜きにして、状況を説明した。
元々は、日本にいたけれども、なぜかリィンバウムという世界に行ってしまったということ。そこには召喚術というものがあって、どうやらそのせいでここに突然現れてしまったということ。しどろもどろなりに、なんとか話をした。

「……とりあえず、聞いてもいいか」

「あ、ハイ」

「お前の話し振りだと、元いた世界と俺の世界は違うと考えているようだが……」

「あ〜〜〜…………そうですね……なんか、少しずつ色んなものが違ってるんです。なんていうのかな…………同じようで同じでない……似てるんだけど……ちょっと違う。……え〜と…………」

「……わかった。もういい。…………とりあえず、行くアテはあるのか」

「う…………な、ないです……多分。……お金もないし……」

「だろうな」

ハァ、と犬飼冥がため息をついた。
……すみません、厄介なものに出会わせてしまって……。

「…………とりあえず、外に出て待ってろ。着替えてから考える」

私は、言われたとおりに部室を出た。
…………考える……って、犬飼冥、全然関係ないのに。
ほっといても別に害はないのになぁ…………いいやつだ(ホロリ)

「おや?君、なにか我が野球部に用かい?」

……ぎゃあぁぁああ〜〜〜!!御門様〜〜〜!!
ま、眩しい!!オーラが眩しいよ!!!

「え、えと…………」

「待たせた。…………主将?」

「犬飼君のお友達かい?…………可愛い子ではないか。……フフッ……隅に置けないな、君も」

「って、違っ……」

「はじめまして、僕の名前は牛尾御門。十二支高校野球部の主将だ」

知ってます。

「あ、です」

……って、普通に自己紹介してどうするのさ、私〜〜〜!!!

ちゃんか、可愛い名前だね。……おっと、犬飼君、そんなに睨まないでくれ」

「…………とりあえず、睨んでないです。…………、っていうのか、オマエ」

「あ、はい」

「………………ってどういうことだい?君たち、知り合いなんじゃ……」

「あ―――!!!ワンコロがイッチョ前に可愛い子連れてる〜〜〜!!!」

ビクッ。
…………この、騒がしい声は…………。

「……ちっ……厄介なヤツに見つかった……」

猿野!!!

「え?どこどこ?犬飼くんが女の子連れてるって?」

わらわらと出てくる十二支メンバーズ。

「可愛い子〜!えへっ、僕、兎丸比乃!比乃って呼んで♪」

「あっ……です」

ちゃんって言うんだ!よろしくね!」

「う、うん!」

隣にいた司馬が、ぺこりと頭を下げる。
……うわっ、デカッ!

「あ、彼は司馬葵。僕と同じ高校一年生。無口だけど、とってもいい人なんだ♪」

「そっか。……司馬くん、よろしくね。です」

「(よろしく)」

なんだかよくわかんないけど、目でそう言ってる気がした。
…………う〜ん、目で会話するのも、サモナイ世界での無駄な学習の成果かな?

「Oh!ベリーキュートなガール!どうして犬飼なんかといるんDa?」

「犬飼なんかと?」

ピクリと動いた犬飼を大いに無視して、勝手に握手して、無理やりブンブン振る。
初対面の人間(相手にとっては)にこんなことしていいのかよっ……虎鉄大河!

「いいかげんにするっちゃ。この子が困っとうたい。初対面の子にはまず自己紹介するっちゃ」

猪里にそういわれて、虎鉄はぱっと手を離す。
そして、恭しく胸に手を当てながら一礼した。

「俺の名前は虎鉄大河。野球部の二年だZe!キュートガール、君の名前はなんて言うんDa?」

「え、えと……です」

ちゃん!なんって可愛い名前なんDa!」

ベリッと、猪里が強引にキス(!)しようとしてくる虎鉄を押しのけて、さわやかに笑った。

「猪里猛臣ばい。虎鉄と同じ、2年だっちゃ。」

「あ、よろしくね!」

「………………で?犬飼とはどういう関係だっちゃ?」

「えっ!?……えぇっとぉ…………」

騒ぎ出すメンバーたち。
やっぱり、そこは気になっていたらしい。

「とりあえず……コイツがいきなり部室に現れた……ってトコか」

「…………はぁ?」

状況をさっぱり理解していない2年の方々。
…………そりゃ、そーだよねぇ…………。

私は大きく息を吐いた。

………………こうなったら、みんなを巻き添えにして大説明会だ。



「…………というわけで、私、召喚術っていうものの所為でこの世界に来ちゃったみたいなんです」

再度部室に戻って、事情を説明した。
ちらりとみんなの顔を眺め見ると、みんな呆気にとられて言葉も口にできないみたいだ。
……まぁ、確かに簡単に信じられる話ではないと思うけど。

「…………はは……嘘みたいな話ですよね……ホント……」

……やっぱ、話さなければ良かったかな。
こんなこと話したら、頭がおかしいって思われても仕方がない。
下手したら、精神病院に連れてかれるかも。

でも、話すこと以外に選択できなかった。
上手い言い訳が考え付かなかったのも事実だけど……なんだか、せっかく真剣に話を聞いてくれようとしている人に、嘘で塗り固められたことを言うのはとっても失礼な気がしたから。

「…………とりあえず、俺は信じる」

「犬飼……くん?」

「……俺の目の前に突然現れたのは事実だ。…………とりあえず、俺は信じる」

「ぼ、僕も!」

「……比乃くん?」

「だって、ちゃん、嘘つくような人に見えないし!……それに、財布もなにも持たないでうろつくなんて、普通じゃちょっとありえないし!……なにより、ゲームみたいでワクワクするじゃん!」

「わ、ワクワクって……まぁ、いいや。ありがと!信じてくれて!」

「HAHAHA〜N!俺も信じるZe?ちゃんみたいにキュートな子が嘘なんてつくはずないからNa!」

俺も、僕も、とみんなわらわらと賛同してくれる。

「みんな……ありがとうございます。……で、相談なんですけど…………」

そこまで言って、牛尾さんが私を制止する。
にこっと笑いかけてくる。
…………うっ……眩しい!
ほんっとオーラが眩しい!

「君が言いたいことはわかるよ。帰るまでの間…………泊まるところと、食事だろう?それなら、僕の家が1番いいだろう。空き部屋もあるし、君さえよければ」

「牛尾、さん?」

「遠慮せずに、御門、と呼んでくれたまえ。さぁ!

さ、さぁ!と言われても!(汗)

「え、えと……御門さん……いいんですか?」

「構わないとも!」

「はーいはーい!僕の家も、ちゃん1人くらい平気だよー!客間も空いてるし〜!」

「それなら、俺の家もだZe。1人くらいどうってことないしNa」

「…………………ちょっと待て、お前ら」

コォォ……という、妙な音(吐息か!?)と共に、犬飼が目を光らせながらみんなを睨み付けた。…………ひぃぃっ。

「俺が1番最初にコイツを見つけたんだ。…………、俺の家でいいな?ちょうど、空いてる部屋もある」

犬飼の眼圧(この場合は眼力+威圧の意味)に負けて、私はコクリと頷いた。
とたんにブーイングの嵐が起こるが、犬飼はさっさと私を連れて帰宅にかかる。

ちゃ〜ん!明日も学校来てね〜!待ってるから〜!!!」

「ぼ、僕も待ってるッス〜!!!」

「コラッ!ネズミの癖になに言ってやがるんだ!」

「い、痛いッスよ猿野くん!」

殴られている猿野を尻目に、私はズンズン歩き続ける犬飼についていった。
だが、しばらくして気づく。
事の重大さに。

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って!健全な高校生が見知らぬ女の子、家に泊めちゃまずくない!?」

「………………とりあえず、平気だ。気にするような家族じゃない」

「ど、どんな家庭環境なのよ、それって!ちょっ、犬飼……くん!」

ピタリ、と止まる足。

「…………とりあえず、『犬飼』って言うのヤメロ。俺の家じゃみんな犬飼、だ」

「た、確かに……ッ……じゃあ、冥くん、でいい?」

「……………………………冥、でいい」

「そ、そう?…………………じゃ、改めまして、冥。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

「……………………とりあえず、お願いされといてやる」




犬飼家にお世話になって早3日。

未だにマグナやネスティから音沙汰はない。
毎朝登校する犬飼にくっついて十二支高校に行くのも慣れてしまった。

ちゃ〜ん。お菓子食べない?」

「あれ、比乃。授業はどしたの?」

みんなの授業中は部室でおとなしくしているは、明らかに授業中の比乃に疑問を示した。

「ん?メンドくさいからサボっちゃった。ねー、司馬くん」

困ったように隣に立っているのは、司馬葵。
とりあえず、見つかったらそれこそ面倒くさいことになるので、は2人を部室に入れる。

「比乃、ま〜た、葵のこと巻き込んだでしょ〜?」

「む〜……だって、司馬くんもちゃんのとこ行くって言ったらついてきてくれたんだもん。ねー?」

コクン、と頷いて、葵(と呼んでくれ、と昨日、目で訴えられた)は比乃が持ってきたポテチを1つ手に取る。

「まぁ、1人で待ってるより楽しいからいいけど」

「HAHAHA〜N!ちゃ〜ん!虎鉄大河くんが来て…………なんでお前らがここにいるんDa……?」

「先客で〜す♪」

「チッ……せっかくちゃんと2人で食べようと思ってたのにYo……」

そう言って、虎鉄先輩(という呼び方に慣れた)は輸入物のチョコレートを取り出す。

「わ〜い♪僕、これだぁ〜い好き!」

ちゃんにあげるために持ってきたんだからNa!食べ過ぎるなYo!」

くん?おやつを持ってきたから、一緒にどうだい?…………っと。おやおや、君たち授業はどうしたんだい?」

「み、御門さん……あなたも授業では……」

気にしないでくれたまえ。……まぁ、いるならしょうがないね。本当はくんと2人っきりで食べようと思っていたのだけれど…………僕の家のメイドが最近お菓子作りに凝っていてね。一風変わったシュークリームを作ったんだ、食べてくれるかい?」

「わー!!!いただきま〜す!!!」

もはや、授業中とかはどうでもいいらしい。
みんな、事あるごとに部室で暇をもてあましている私の元へ遊びに来てくれる。
いろんなことを話している間にも、時間は過ぎて。

今日も、1日が終わる。

1日1日が終わるたびに、どうしようもなく訪れる不安。
もしかしなくとも…………。
このまま、私はこの世界で生きていくことになるのだろうか。

初めのころは楽観していた。
すぐに召喚術で呼び戻されるだろう、と。

それでも、これだけなんにもないと不安になる。
妙な考えも起きる。

…………召喚術の事故だったら、呼び戻すことは不可能なのかもしれない。

はぁ、とため息をついた。

………………真剣に、この世界で生きていくための術を見つけなければならないかもしれない。

みんなが部活をする間、私はマネージャーの凪ちゃんたちに混ざって、色々な雑務をしている。
ボーっと待っているのはつまらないし、久しぶりに見る現代日本に少しでも触れておきたかったから。
羊谷監督は、まったく学校に関係のない私がいても、全然気にする気配はない。むしろ、いい働き手が増えたと喜んでいる。

「おぅ、〜。こっちのボール、拭いといてくれや」

「ゲッ……監督、またこんなに汚したんですか!?少しは考えてくださいよ、新しいボールばっか使わないでください!」

「バカ野郎〜、ボールは汚してナンボのもんだろ〜。……オラッ、内野組!ノック行くぞ!」

私はため息をついて、渡された籠いっぱいのボールに布を当て始める。
すると、ふと隣に影を感じた。

「…………あれ?子津っちゅー?……ピッチングは?」

「犬飼くんや鹿目先輩が使ってらっしゃるので……手伝うッスよ」

そう言って、ボールを拭いてくれる。しかも、かなり丁寧に。
キュッ、キュッと音が鳴るまでにきれいにするのは、埃まみれのボールでは大変なことだ。

「…………さん、野球、好きなんッスか?」

「へ?」

「わっ、イキナリすいませんッス!……ただ、普通の女の子にしちゃ、詳しいなって思って……」

「ん〜……スポーツ観戦するの、わりと好きだから……かな?オリンピックとか燃えるタイプなんだ」

「あ〜、オリンピック!いいッスよねぇ、いろんなスポーツがやってて」

「そうそう、何気なく見るとはまっちゃうんだよね〜……どんなスポーツでも」

拭き終わったボールを、ぽいっと籠の中に入れて、もう1個ボールを取る。
子津っちゅーももう1個ボールを取った。
何かを言おうと、口を開きかけたとき、

「今日はこれで終わりにするのだ〜……三象、行くのだ〜」

そんな声が聞こえてきた。

「あ、ほら、子津っちゅー。マウンド空いたみたいだよ」

「あ、ハイ!……行ってくるッス。すみません、中途半端で……」

「ううん、いいよ。大分はかどった。ありがとー」

タッタッタッと駆けていく子津っちゅーを横目で見ながら、またボールを拭き始めた。
ほどなくして、とんとん、と肩を叩かれる。

「葵?……ノックは?」

「(終わったよ。…………手伝う)」

大きな体がかがめられて、その身体に伴った大きな手がボールを掴む。
先ほどまで子津っちゅーが使っていた布で、ボールを拭きだした。

「あ、葵」

ん?と振り向いた顔に、擦り傷。
サングラスのちょっと下。血がにじんでいる。ボールでも掠ったんだろう。
私は、ちょっと待っててと言い置いて、救急箱を持ってきた。

「顔、擦り傷作ってるよ。消毒するからね」

消毒液をティッシュにしみこませて、ちょんちょんと傷口を撫でる。
サングラスの奥の瞳が、痛い、と細められた。

「がーまーん。…………ハイ、終わり。絆創膏貼っておくからね」

ぺタリ、と絆創膏を貼って、救急箱を元の場所へ返しに走った。
そしてボール磨きに戻ると、なぜか葵が笑みを浮かべてボールを拭いていた。

「どしたの?なにかいいことあった?」

「(……ううん?)」

それでも尚笑い続ける葵に、私は?マークを浮かべながら、ボール磨きの手を動かす。

「司馬くん、くんの手伝いをしているのかい?……うん、僕も手伝おう」

「御門さん!?」

「ボール磨きから野球LOVEは始まるからね。……うん、いい磨き具合だ」

私が磨いたボールを手にとって眺めながら、御門さんは何度も頷く。

「……あれ?でもノックが終わったって事は、そろそろ部活終わりですか?」

「そうだね。そろそろ終わりになると思うよ。……どうだい?今日は僕の家でディナーを一緒に」

「ディ、ディナー?」

「あぁ。腕のいいシェフが来ているんだ」

「牛尾―――!!!集合させろ!」

「おっと。監督も野暮だなぁ…………それじゃ、また後で」

「あ、はい」

グラウンドに集合するみんなを見ながら、私は籠にボールをいれ、片付ける。
集合では、いちいち驚いたり変身したりしてる(ここがおかしい)ので、大分時間がかかる。
私は、その間にベンチに置いてある自分の荷物を持つ。
冥を待つために、そのままベンチに座ったときに、

違和感を、感じた。

ぐにゃりと視界が歪む。

前のめりになって、たまらずに地面に倒れた。

!?」

色々な人の声が聞こえる。
グラグラと揺れる視界に映る人たちの声。
それに加えて―――

……?』

あぁ、紛れもない。



マ グ ナ の 声 だ。



ここだよ、と返事をしたいけど。
喉にひっかかって掠れた声しか出てこない。

『……ど、どうしよう、ネス……やっとの意識を見つけたけど、返事がないよぉ……』

『バカか君は!そもそもの原因を作ったのは君だろう!?もっと強く呼びかけてみろ』

!?どうしたんだ!?」

冥が私を抱き起こしてくれた。
揺れていた視界が、少しだけ、精度を増す。

「ありがと、冥…………」

そう言ってから、私は心の中で強くマグナのことを思い起こす。

「マグナ、マグナ聞こえる?」

ちゃん?一体、誰に向かって……」

『…………!?聞こえる!?』

「うん、聞こえるよ、マグナ。…………よかった。見つけてくれて」

『ごめん〜、俺のせいで。…………すぐ、呼び戻すから』

「あ、ちょっと待って。…………飛ばされた世界で、お世話になった人がいるんだ。……ちゃんとお礼を言ってから帰りたいから」

私はマグナにそう言って、ぽかんと見ている十二支メンバーを見回した。

「やっと、私のこと、見つけてくれたみたい。…………突然だけど、私、帰らなきゃ」

「!!!やだ〜〜〜!!!僕、ちゃんとまだ一緒にいたい〜!!まだまだ、話したいこともやりたいこともあるのに!!」

「比乃……ごめん……みんな、色々ありがとう。ほんの少しの間だったけど、みんな優しくしてくれて……久しぶりに日本の空気が味わえて、嬉しかった。ホント、ありがとね」

「…………そんな……最後みたいなこと言うなよ……」

「冥……冥には1番お世話になった。家族のみんなにお礼が言えなくて残念だけど、感謝してる。………………行かなきゃ」

『………………?』

「うん、マグナ。もうすぐ行くよ。…………ホント、突然現れて突然帰ってゴメンね。ありがと!!」

「ちょっと待ちたまえ、くん!」

「御門さん?」

これを、と差し出されたのは、メモ用紙。

「なんですか、これ」

「後で、その『召喚師』とやらにこのメモを渡してくれ。…………十二支メンバーの全員の気持ちだ」

コクリと頷くみんな。
…………いつの間に書いたのよ、こんなもの。

涙が出そうになるのを堪えていたので、唇を噛み締めながら私も頷いた。

「じゃあ……そろそろ、行くね」

ふわぁ……と私を包む光が強くなる。

みんなが私を見ている。

楽しかった、久しぶりの日本。

ありがとう、十二支高校。



「……………………サヨナラ!」



揺れる視界に、拍車がかかった。
にじむ光景。
飲み込まれる意識。



気がつけば、私は見慣れた屋敷のベッドに寝かされていた。
一瞬夢かと思ったけど、心配そうに見つめるマグナの顔を見て、現実だったと思った。

「…………?大丈夫?」

「………………うん、大丈夫だよ」

「…………ごめん!俺のせいで、こんな目に……」

両手を合わせて謝るマグナに、私はふっと笑いかけた。

「…………中々面白かった。…………懐かしかったし。…………マグナ、ありがとう」

「………………へ?お、怒ってないの?」

「怒ってないよ。………………あ、そうだ」

私は、寝たままポケットの中をあさって、御門さんに渡されたメモを探す。
指先に触れたメモは、それが夢ではなかったと、リアルに物語っていた。

「これね、私が飛ばされた先の世界の人が、マグナに渡せって」

メモを開いて渡すと、眉を寄せるマグナの顔。
覗き込めば、書かれている言葉は日本語で、マグナには読めないということがわかった。

「読んであげるよ。えっと…………え?」

「…………?」

「あ、えーと…………マグナ、これ、本当にここに書いてあることだからね」

「?うん?」


「…………わが十二支高校野球部員全員の意見を述べる。
彼女―――を必ず守ること。もしもピンチに―――2アウトになってもそこからが勝負だと思え」


「…………え?」

「えーっと……私が飛ばされた世界のスポーツのルールでさ……今度詳しく話すよ。ん?まだ、書いてある」

小さく下のほうに書かれた一行の言葉。
私は、その文字を追って、息を止めた。

「………………?…………なんて、書いてあるの?」

「……………………『今度会えるときを楽しみにしている。召喚師、方法を見つけろ』……」

マグナが、へ?という顔をした。

これは、召喚の難しさを知らないから言えることだとは思う。
この世界の実情を知らないから言えること。

………………それでも、彼らの気持ちが嬉しかった。

「………………、今度その世界のこと、詳しく聞かせてくれる?」

「え?」

「…………俺も、その世界に行ってみたいな」

マグナが頬をかきながら私に告げた言葉が。

いつか―――。

いつか叶うことを願って。

私は今日も召喚世界で生きていく。



THANKS!222111HIT! To 朱雀院 璃殷様

遅筆で申し訳ないです(汗)
ところどころ、原作設定無視しているところもありますが、多めにみてやってください。
本当にありがとうございました!