好きな人
「紳ちゃん!オハヨウ!」
ふっと後ろを振り向くと、見慣れた姿。
「………か。おはよう」
「『か』ってなんだよぅ。可愛い彼女に言う言葉?」
「自分で可愛いっていうか?普通」
「む……一緒に行ってもいい?」
ちょっと控えめに聞く。
「……なにいってんだ、当たり前だろう?」
花が咲くように微笑む。
「……そうだ、この間の日曜はごめんな。急に部活が入って……」
「ううん、気にしないでいいよ。海南だもん、部活が多いのは当たり前じゃん。同じバスケをやるものとしては、しょうがないと思うよ」
「……あぁ、ありがとう」
「いえいえ……と、あれ?」
「あ、やっぱり、ちゃん?」
が、目をぱちくりさせた先にいるのは、同じ海南の生徒。
「珍しいね、いつも遅刻ギリギリなのに。……あ、彼氏と一緒に登校するために早く来たの?」
カッと赤くなって、は牧を見上げた後、猛烈に口を開いた。
「ち、違う違う!えっ……と、ほら、今日小テストでしょ?勉強してなかったからさ」
「ふ〜ん……あ、じゃ、オレいくわ!また教室でな!」
「うん。また後で」
走り去っていく男子生徒に、視線を向けたまま牧は口を開いた。
「クラスメイトか?」
「あ、うん。掃除が一緒なの」
「そうか……」
それ以降、会話はなかった。
「ん〜…………」
HRが終わっても、席に座ってうだうだしているを見て、ノブが声をかけてきた。
「……?どうかしたのか?腹でも痛い……はお前に限ってないよな」
「どーいう意味だよ……はぁ……」
「なに溜め息ついてるんだよ。……牧さんと何かあったのか?」
イスを引き寄せてきて、どっかと座る。
「ん、あのさ……私たち、何にも変わってない気がしてさぁ」
「変わってないって?」
「……今日もね、朝、一緒に行こうと思って、いつもより早起きしたんだよ?なのに、な〜んにも気付かないし。男の子と話してても反応ナシだし。最近なんか触れさえしないんだよ」
「そりゃ、お前のこと好きじゃないんじゃね?」
どよ〜ん………。
の周りにどす黒いオーラがまとわりつく。
「……う、うそうそ!うそだって!牧さんに限ってそんなわけねーじゃん!!」
「……でも、今日だけじゃないんだよね……男の子に一緒に下校誘われた時も『気をつけて帰れよ』の一言だよ?」
「そ、それは……!」
「やっぱり、紳ちゃんにとって、私は『妹』なんだよ……」
不覚にも涙が出そうになるのを、は必死でこらえた。
「んなことないって……元気出せよ。な?」
「…………うん。ありがと、ノブ」
しかし、言葉とは裏腹にの顔に笑顔はなかった。
昼休み―――。
お弁当を食べ終え、特に何もする事がないは、1人中庭にいた。
牧が可愛がっている子猫を、右手であやしながら、ジュースを飲む。
ごろごろと喉を鳴らしている子猫をみていると、その姿に思わず笑ってしまった。
食事が終わると、暖かい陽気についつい眠気が襲ってくる。
時計をちらりとみて、まだ大丈夫なのを確認すると、は早速昼寝の体制に入った。
うとうとと眠りかけてきた頃。
『……………好き、なの』
遠くから声が聞こえた。
(おいおい……昼休みだからって、中庭で告白?)
『…………付き合ってくれる?』
(うっひゃ〜……顔が赤くなるってば……)
『…………好きな人、いないんでしょ?武藤くんから聞いたわ』
(武藤……?ってバスケ部の先輩じゃん。ってことは、バスケ部の人?だれだれ?)
ちょっと好奇心を刺激され、今まで瞑ったままだった目を、少しだけ開いた。
『…………答えてよ、牧くん』
がばっと起き上がる。
草の陰から見えるのは、見慣れた浅黒い肌の男と、対称的に白い肌の知らない女。
(なんで、また紳ちゃんは告白されてるかな〜〜〜!!!……まったく……)
『…………なんで何にも言わないの?私のことが嫌い?』
『……嫌いじゃないが……』
聞きなれた声を聞き、子猫がそちらへ歩いていこうとするのを抱きしめて止める。
(嫌いじゃないが、彼女がいるんだよね!)
『じゃ、どうして?好きな人はいないんでしょ?』
(………は?好きな人はいない?)
『………………悪い』
『どうして!?』
キーンコーンカーンコーン……
『…………タイムアップね。答え、今日の放課後待ってるから』
立ち去る音がする。
子猫が牧に近寄っていくのと、が3年の教室に向かうのと、同時だった。
ドダダダダダダ!!
「……武藤先輩っ!」
勢いよく教室のドアをあけて、は叫んだ。
高砂と話し込んでいるところに飛び込んで、猛然とまくし立てた。
「先輩、紳ちゃんに好きな人がいないって本当ですか!?」
ぱちくりと目を瞬かせている武藤は、ふっと思い出したようにいった。
「あぁ……2日くらい前……牧が言ってたな……」
「紳ちゃん本人が!?」
「オレが聞いたんだから間違いない」
大きな鐘が頭の中でなった。
「『好き』じゃなくて………」
『好き』じゃないってことは『嫌い』ってこと?
「先輩、失礼しました……」
「あ、ちゃん?……っとやべ、本鈴が……」
ぼーっとした表情のは、そのまま中庭に向かった。
相変わらず、子猫がじゃれついてきたが、それを今はかまう気にもなれず、ただぼんやりと芝生に座って空を眺めていた。
「やっぱり、『妹』だったんだぁ……」
変わらない態度。
キスをしたのも、あの雪の日だけ。
触れてさえいない。
恋人らしいことは何一つしていない。
親しい人にしか、恋人だということも言っていない。
最近思っていた。
―――このことを言っていないのは、別れる時にも誰にも知られないからじゃないか……て。
体を摺り寄せてくる猫が、霞んで見えなくなった。
辛すぎる、恋。
あの雪の日も、心がちぎれそうだった。
今日も、心は張り裂けそう。
子猫を抱き上げて、涙ながらに微笑んだ。
「…………もう、終わりにしようか」
子猫の瞳に、涙が映った。
トントントン、と階段を下りる。
しかし偶然というのは恐ろしいもので。
今1番会いたくない人物にあってしまった。
「…………あ」
「。もう帰るのか?」
「……うん」
「そうか、気をつけて帰れよ」
ほら、また。
まるで小さな子供に向かって言うように。
階段をおりようとしたが、涙が止まらなくなった。
震える肩。
「…………?」
かけられた声に、気持ちがはじけた。
「…………紳ちゃん、私のこと、やっぱり『妹』だと思ってるんでしょ?」
「?」
「…………紳ちゃんにとっては、所詮恋愛対象外なんでしょ?……私なんか、『彼女』じゃないんでしょ?紳ちゃん、私のこと『好き』じゃないんでしょ!?」
バツが悪そうな、牧の顔に、心がえぐられる。
「変わらない態度、紳ちゃん、私に触れようとすらしないよね?……こんなんなるんだったら、告白なんかしなきゃ良かった!」
「!」
こんな時でさえ触れようとしない。
辛かった。
冷たいナイフを心に突き刺しながら、は笑った。
「…………も、終わりにしよ?」
微笑みながら、涙を流して。
はそのまま下駄箱に向かって走った。
途中で人にぶつかる。
「ってぇ………誰だよ!?」
「………あ、ごめ……なさ……」
泣きながら謝るので、言葉も満足に出ない。
「?」
見上げた先にいるのは。
「……………ノブぅ…………」
「………ほら、落ち着いたか?」
暖かい湯気と、ココアの香りに包まれて、はゆっくり微笑んだ。
「ありがと。落ち着いてきた。ごめんね、イキナリ。部活もあったでしょ?」
「スーパールーキーだから、お前はそんなこと気にしないでいいの」
「あはは。でも、ほんとゴメン。……すごい嬉しかったけど」
そりゃよかったと笑う。
「ちょっとオレ、電話するところあるから」
「あ、気にしないで。なんなら、もう帰るし」
「いーの、お前はそんなの気にしないで。座ってろって、ばーか」
言い残して部屋を出る清田に、は安心する。
こんな気持ちのまま1人でいるのは嫌だった。
1番相談に乗ってくれた清田が、そばにいてくれるのはとても心強い。
辺りを見回すと、NBAプレーヤーのポスターが張ってあったり、バスケ雑誌が並んでいたり。
…………見れば見るほど牧の部屋に似ている。
止まりかけていた涙がぽろぽろと溢れ出してきた。
(どこをどう考えても、私の思考ってば紳ちゃんに繋がるんだ……)
情けない。
世の中に男は何十億といるのに。
たった1人しか思い浮かばないなんて。
「……悪い悪い……っと、?どうかしたか!?」
「ううん、大丈夫……」
ふ、と息を吐いて、清田は座り込んだ。
「……牧さんとなにかあったんだろ?」
「………………うん、言ってきちゃった」
無理やり唇の端をあげようとするが、ひきつった笑みにしかならない。
「なにを?」
「…………もう、終わりにしようって」
涙の跡が消えない目を、下に向ける。
「…………所詮、私は『妹』……ううん、もしかしたら妹ですらなくなっちゃうかも……『好き』じゃないんだって」
「は?」
「……紳ちゃん、好きな人、いないんだって」
ぽつりぽつりと漏れる言葉に、悲しみが含まれる。
「…………だから、私、もう終わりにする。他に好きな人作る」
「…………………ふざけるなよ」
突然聞こえた、第三者の声にばっと顔をあげた。
「…………………………紳ちゃん」
「清田、悪かったな。……、帰るぞ」
逆らえない、威圧感がある。
肯定の返事もできないままに、は連れ去られた。
「……ったく、牧さんも言葉が足りないっつーかな……」
清田の独白を聞くものは、いない。
「…………終わらせるって、なんだ?」
「…………………」
「他に好きなヤツってなんのことだ?」
「………………だって、だってだって!」
鞄を牧に投げつけた。
「だって、紳ちゃんは私を見てないじゃない!………紳ちゃんは、私なんかどーでもいいんでしょ!?あの日以来、キスどころか、触れさえしない!そんなので、恋人だなんていえるの!?……それに、紳ちゃんは『好きな人』いないんでしょ!?」
牧は、冷静に投げつけられた鞄を拾うと、を見つめていった。
「…………あぁ、は、『好き』とは違うな」
わかっていても、本人の口から聞くのは辛すぎた。
やっぱり、ぼろぼろと涙は出る。
う〜〜〜、と唸って、涙を拭っても、拭いきれない。
「…………もちろん『嫌い』でもない」
嫌われてはいない、ということだけで、安心する自分が本当に牧1人しか見えていないと思った。
嗚咽を必死にこらえて、唇をかみしめる。
突然、牧は、細い路地にをひっぱりこんだ。
小さな顔を上に向け、その唇に深く、熱い唇が押し付ける。
筋肉質な胸に抱き寄せられたは、すでに言葉さえ発せられず。
牧の腕はの腰をしっかりと捕らえて離さなかった。
いつしかその長い指は、ワイシャツを捲くりあげ、素肌にもぐりこんでいる。
「やっ………」
初めての口から声が漏れる。
ズルズルと腰が砕けてその場に座り込む。
牧は、いつもは自信たっぷりの表情を崩して、くしゃくしゃときれいに固められた頭に手をやった。
「…………悪い…………」
顔を真っ赤にして、うつむいているに向かって、小さく言う。
「『好き』じゃないんだ。………『愛して』るんだ」
「…………?」
「『好き』だった時は、触れても平気だった。見つめてても眩しいだけだった。だが………一旦『愛し』はじめると止まらなかった。触れたら、触れたらお前を壊してしまいそうだったから。見つめてても、心では違う事を考えてて……いつもいつも、おまえの事ばかり……どうかなりそうだった」
「………愛し……?」
「………もう、好きじゃないんだ。愛してるんだ………」
そっと、壊れ物を扱うようにためらいがちに触れる手。
先ほどとはうってかわった、優しいキス。
「……私だって、愛してるもん!」
ぎゅ、と抱きしめ返すと、ようやく牧の顔にいつもの自信が戻ってきた。
あとがきもどきのキャラ対談
銀月「牧さ〜ん、投票3位、おめでとうございま〜す!ぱふぱふ」
牧「なんだか、悪いな……銀月みたいなのの小説で」
銀月「んなっ!?……でも、まさか牧さんが上位に食い込んでくるとは思わなかったよ……最初全然票入ってなかったのに」
牧「………………(気にしてたらしい)」
銀月「……はっ!で、でも、ま、帝王だし!と、当然!?」
牧「……………もういい…………、ここまで読んでくれてありがとう。………愛してるよ」