年に1度の、恋人たちの聖夜。 12月24日、クリスマスイブ。 恋人がいるのなら、誰もが楽しみにする日。 それなのに。 「…………………」 「ー…………機嫌直してー……」 「…………彰のバカッ!」 私の聖夜は、やってきそうにない。 楽しみにしてたのに。 ずっとずっと、楽しみにしてたのに。 今年のクリスマスは、今までのクリスマスとはちょっと違った。 幼馴染の彰と付き合うようになって、初めて迎えるクリスマス。 お互い、いつも部活が忙しくて、まともなデートなんてしたことがなかった。 デートって言えば……体育館?バスケコート? ……………。 デートというよりは、バスケをしに行ってる、って言ったほうが的を得てるんじゃ……いやいや、ここはデートって言っておこう。 まぁ……そんなデートも楽しい。っていうか、それはそれで最高なんだけど。 ……やっぱり、クリスマスには違うものを求めたかったんだよ。 だから、ずっと前から行きたい場所もピックアップしてたし、どんな服着てこうかな、とか考えてた。 わくわくしながら待ってた4日前の20日。 その時私は、いつもは買わない雑誌を読んでいた。『クリスマス・イルミネーション特集』の文字に惹かれて、思わず衝動買いしてしまった雑誌。パラパラとそれをめくっていたら、珍しく彰から電話がかかってきた。 なんだろ〜、と思って出たとたん、言われた言葉は。 「24日、試合入っちゃった。ごめん」 何を言われたのかわからなかった。 3回ほど頭の中で反芻して…………『ドタキャン』という文字が、頭にポンッと浮かんだ。 「ウインターカップ、23日からだったみたいでさ……23日勝てば、24日もあるんだ。……多分、24日もあるから。ごめん」 一瞬、『ごめんですめば警察はいらない!』という、伝統の返しを使おうかと思ったけど……言葉を発することが出来なかった。 泣きそうになってた。 「………………」 無言になった私に、彰が『もしも〜し』となんとものんきな声をかけてくる。 『……ー?…………機嫌直してー?試合だから、仕方ないデショ?』 その物言いに、カチン、と来た。 「もういい…………」 『へ?』 「……ッ……彰のバカッ!」 ブツッ、と携帯を切って、ボスン、とベッドに投げつける。 そのまま、じっとその携帯を見つめる。 もう、電話かかってきても出てやらないんだから……!絶対絶対無視し続けてやる。 だけど、しばらく待ってみても、携帯が鳴ることはなかった。 「…………訂正の電話くらい、掛けて来いってのよ、バカ……ッ!」 出る気は元からなかったけど、それとこれとは違う。 携帯の上に、枕をさらに投げつけた。 俺は切れた携帯を見つめ、ため息をついた。 ―――怒ってんなぁ……。 この様子だと、もう1度かけても意味がないだろう。 そんなのは、長年の付き合いでよくわかる。 はぁ、と再度小さくため息をついて、携帯を置いた。 …………が、クリスマスを楽しみにしてたのは知ってる。 行きたい場所を、楽しそうに選んでたのも知ってる。 もちろん、俺だって楽しみにしてた。 ずっと好きだったヤツを彼女に出来て、初めて迎えるクリスマス。 俺だって、色々考えてたさ。 もしもイブが練習だったら、越野の恨み言なんて聞き流して、監督が怒鳴ろうったって、絶対にサボろうと思ってた。 だけど、試合は特別。 試合をおろそかになんて、出来るはずがない。 ……だって、そこはちゃんとわかってくれてるハズだ。 バスケットボールプレイヤーとして、どれだけ試合が大事なのか、わかってるハズ。 ……それでも、頭と気持ちは一致しないってことか。 むくれてるの顔が、容易に想像できる。 やっぱり長年の経験が語るのは、ここまで拗ねたが機嫌を直すのは、クリスマス以降になるだろう、ということ。 机に出しっぱなしの、ラッピングされたプレゼント。 握り締めて、虚空を見上げた。 「…………試合ででもいいから、会いたかったんだけどなぁ……」 誰にとも無く、俺は呟いた。 12月24日――― 「ここ1本取るぞ!」 流石に、ウインターカップはレベルが高い。 魚住さんがいた有難さが、今、身にしみてわかる。 魚住さん、というビッグマンがもう1人いたから、俺へのマークも少しは緩くなっていた。 コート上で1番背の高い人間は、いるだけでオフェンスでもディフェンスでもプレッシャーになる。 越野がスリーを打つが、ガコン、とリングに当たって跳ね返った。 俺もリバウンドに加わるが、こうガッチリとスクリーンアウトされちゃ、ペイント内に入ることすらままならない。 ……魚住さんがいりゃ、あの人にスクリーンアウトかけに2人は行ってくれるから、ちょっとは楽だったんだがな……。 「……やっぱり、中々厳しーや」 ポソリ、と呟いて、リバウンド後の速攻のパスをギリギリでカットし、外に出す。速攻は止められたが……勢いまでは、止められていない。 相手ボールのスローイン。 頭を切り替えるために、敢えて一瞬だけ気を抜いて周りを見回すと、ふと、見慣れた顔が目に入った。 「…………?」 体育館の観客席の1番後ろの方。 たくさんの人に埋まってはいるが、俺の目にやたら吸い付いて見えたその人物。長い間見て来たその顔を、俺が見間違えるはずが無い。 「…………?」 俺と目が合うと、がむっ、とした顔を一瞬してから大きく息を吐き―――小さく口を動かした。 『い・け!』 口パクだが、確かに届いたその2文字。 俺は笑って頷くことで、『了承』を告げた。 審判が、相手にボールを渡す。 頭の切り替えは、上手くいっていた。 「…………さ、いこーか」 勢いが止められないのなら―――こちらが、それ以上の勢いに乗るまでだ。 スゥッ、と頭の一部が冷静になって、体に力がみなぎるのを感じた。 「スコアどおり、陵南!礼!」 響き渡る審判の声。 相手ベンチ、オフィシャル、と挨拶を済ませて、すぐに俺は走り出した。 「あっ、オイ、仙道!どこ行くんだよ!」 「ワリ、越野。俺、もう帰るわ」 「はぁっ!?まだ集合もあるし、明日のことだって―――」 「お前に任せた!監督には上手いコト言っといてくれ!」 「んな……あ、オイ!俺、知らねーからな!明日怒鳴られても、助けてやんねーぞ!」 越野の声なんて耳に入らず、俺はユニフォームにグランドコートを着たという格好のまま、ロビーへ向かう。 キャー!と上がった歓声は、女の子のものだ。 だけど、それも耳に入らない。 ざっとあたりを見回して、今まさにドアを潜り抜けて帰ろうとしている人間の姿を発見する。 人の波をかき分けていくが、一足先には外に出てしまい、一瞬見失う。 ドアを通って、すぐにまたを見つけた。足早に会場を去ろうとしてるみたいだ。 試合で火照った体に、外の空気は冷たい。 だが、そんなことにかまってられなかった。 「……ッ!」 吐いた息が、真っ白だった。 俺の声で、ピタリ、と止まる足。 足が止まったことでようやく、俺はに追いつく。 逃げられないように、腕を掴んだ。 それでもは、前を向いたまま、俺のほうを向いてはくれない。 「……見に来て、くれたんだな」 今、俺を見てくれてなくても、来てくれたのが嬉しくて。……会えたのが嬉しくて、少し声が上ずったかもしれない。 対して、返ってきた声は少し低めの、不機嫌そうな声だった。 「…………怒ってないわけじゃないんだよ」 「うん……ごめん」 「……でも、彰の試合、見たかったし」 「……うん」 「……やっぱりクリスマスイブだし」 「うん」 「…………少しでも、彰といたかった」 「……俺もだよ」 ようやく、がこちらを振り返る。 もう、怒ってはいない。 ―――ずっとずっと前から知っている、俺の大好きな笑顔を浮かべていた。 「……これで勝たなかったら、どうしてやろうかと思ってた」 「負けるわけないデショ?」 ―――が来てるんだから。 小さく呟けば、照れくさそうに微笑む。 …………ヤバイ。これ、キた。 「…………ちょっと待ってて、すぐ着替えてくるから」 「え、まだ着替えてなかったの!?風邪引いちゃうね、ごめん……!」 「いや、俺が勝手に出てきたから。……すぐ、3分で来る。寒いだろうから、これ着て待ってて」 グランドコートをバサリとにかけて、俺は会場に向けて走り出す。 「え、ちょ、彰!」 「すぐ行くから!」 魚住さんから受け継いだ背番号4を翻して。 俺は、走る。 ―――クリスマスプレゼント、持ってきててよかった。 小さく心で安堵の息を吐き。 ―――今からでも、遅くはないよな。 特別な人と過ごす、聖夜。 それはまだ、始まったばかり。 |