近藤さんに、刀をもらった。

これから、使うことになるから、と。

刀が高いことは知っていた。

けれど、今の自分にこれの代金なんて皆無だ。

だから、せめて。

せめて、この代金に見合うぐらい、近藤さんのために、命を賭けようと誓った。

初めて感じた鉄の重さが、心にズシリとのしかかる。



旅支度



出発を明日に控えた私たちは、旅支度に勤しんでいた。
旅支度……と言っても、私が持っていくものは本当に少ない。
替えの着物が少しと、身の回りの細々としたもの(手ぬぐいとか)だけだ。

風呂敷に包んで、きゅっと口を縛ると、いよいよ出発するんだという気になってきた。
風呂敷の横に並んだ、刀。

大刀と脇差だ。

大刀は、近藤さんがわざわざ私に合わせて作ってくれたものだ。
男の人に比べて、どうしても力が劣る私に合わせた、少し小さめのサイズ。
それでも重いことには変わりはないけれど、前に持たせてもらった総司君の大刀よりはるかに軽い。
近藤さんの配慮にすごく感激した。

それと同時に―――人を殺せる武器を持ったことに、不安を感じた。

包丁以上の大きな刃物は持ったことがなかったのに(あぁ、ノコギリはあったかな)
…………人を、簡単に傷つけられる武器。

ぎゅっ、と拳を握った。

…………使う回数が少ないに越したことはない。
だけど、これから過ごしていく上で、確実に使うことになるだろう。

…………覚悟を、しなければ。

人を、傷つける覚悟を。

他ならぬ、近藤さんのために。

覚悟を、しなければならない。




それになにより。

…………これ以上、近藤さんを好きにならないようにしなきゃ。
諦める準備をしなければいけない。
だから、なるべく深いところへ踏み込まないように―――踏み込ませないように、話も当たり障りのないことを少しするだけで、ここ数日間でかなり量が減った。
近藤さんと話が出来ない、近藤さんの顔が見れない。
それはすごく辛いことだったけれど。
…………いずれ、慣れなければいけないことだったから。
必死に、自分に言い聞かせたんだ。




ちゃん、支度はどうだい?」

お昼ごはんを食べながら、近藤さんが聞いてきた。
みんなは道場で剣術稽古をしている。お昼ごはんだよ〜って呼びに行ったのに、やってきたのは近藤さんだけ。みんな、ご飯より稽古のほうがいいらしい。
……正直、私としてはかなり気まずかったのだけれど、仕方がない。
もくもくとご飯を飲み込んで、答える。

「もう終わりましたよ〜。だって私、持っていくもの少ないですもん」

「まぁ、少ない方がなにかと楽だけどね。京に行ってから買い揃えてもいいし」

「そうですね。……みんなはもう終わってるんですか?」

「イヤ、あいつらはこれから。まぁ、あいつらも持ってくものなんてほとんどないだろうけどな。…………そういえば、あれは持ってくの?ほら、1番初めにちゃんが着てた着物」

あぁ、と頷いてから、私はゆっくり首を振った。
Gパンとカットソーのことだ。あれは、私が違う世界から来た、ということを現す唯一の品。

「置いていきます。邪魔になるだけですし」

それに……そろそろ断ち切らなければいけない。
戦いが存在する今と、平和だった昔―――未来を。

「そっかぁ……着物じゃなくても、なにか、持って行かないのかい?」

「えぇっと……1つだけ、お守り代わりにボタン持って行きます。……ボタンって、着物についてた小さいやつなんですけど」

「あぁ、あれね……うん、何か1つくらい持っていったほうがいいよ」

「小さいから邪魔にもならないし。……近藤さんは何を持っていくんですか?」

「俺?俺は着物と少しの本と……刀だけさ」

「本持っていくんですか〜。近藤さんって、見かけによらず、本好きですよね」

「見かけによらずって、どういう意味だよ〜。…………あ、そうそう、ちゃん。旅支度終わったってことは、午後、暇?」

「へ?えぇ……まぁ……」

突然変わった話題に、驚いていると、近藤さんは、ちょいちょい、と自分の髪の毛をつまんだ。

「髪……あの時切られたままだろう?揃えてあげるよ」

「…………そういえば」

忘れてました、と呟くと、『こらこら』と近藤さんに突っ込まれた。

「でも……揃えるって、近藤さんが?」

「あ、疑ってるねぇ〜?俺、上手いもんだよ?」

…………本当は、これ以上近藤さんの近くにいると、泣きそうなんだけど。
この髪の毛が気になるのも事実だし。

「………………じゃ、お願いします」

と遠慮がちに言うと、

「了解!じゃ、後で庭でな」

すごい笑顔で言ってくれたものだから…………その笑顔で、本当に、泣き出しそうなくらい嬉しくなった。




あの後、食器を片付けた私は、縁側へと向かった。
近藤さんが、私に気づいて、笑顔を向けてくれる。

「さ、座って座ってvv」

「なんでそんなに嬉しそうなんですか〜?」

私が座ると、近藤さんは逆に立ち上がった。
手には小刀。これで切ってくれるのだろう。

「ん〜?俺、そんなに嬉しそう?」

手ぬぐいを肩にかけて、髪の毛が着物に張り付かないようにする。
シャリ……と小さな音がして、髪の毛が肩を滑り落ちていった。

「嬉しそう……っていうか、楽しそう?」

「はは……当たってるよ。俺、今すっごい楽しいんだよね〜」

シャリ……シャリ……。
近藤さんが、私の髪の毛に触れている。
それだけでどうにかなってしまいそうだ。

「どうしてですか?」

「…………ふふ……秘密vv」

「なんなんですか、もう!」




肩の辺りで揃えられた髪。
なくなった髪と一緒に、
この気持ち全てがなくなってしまえばいいのに。