| 「正式に京へいくことが決まった」 
 近藤さんの口からそう改めて聞いたときに、
 
 どうしてだろう。
 
 湧き上がってきた感情は。
 
 少しの嬉しさと、
 
 多大なる
 
 ツネさんに対しての
 
 ―――申し訳なさだった。
 
 
 
 
 懺悔 
 
 「浪士隊の結成が本決まりになった。上洛する将軍様の警護をするんだ」
 
 近藤さんの話に、みんなはすぐに乗った。
 これで武名を上げられる。
 日本の為に、なにか出来ることがある。
 
 そんな嬉しさに、みんな、大いに盛り上がった。
 
 さっそく騒ぎ好きのみんなは、酒宴を開いたし。
 もう、飲めや歌えやの大騒ぎだった。
 
 もちろん、私も騒いだよ。
 新しい門出は嬉しかったし、みんなのかねてからの望みが叶ったんだから。
 
 ――――――だけど、これで、本格的に『新選組』へと歴史は動いていく。
 
 新選組の未来を知ってる私は、今のこの状況を素直に喜ぶことは出来なかった。
 でも、まさかこんな未来を伝えるわけにも行かない。……否、伝えられない。
 
 私の『未来が語れない』ということを、みんなは『語れぬ病』と呼んだ。
 時折、ふとした拍子に除かせる、病気みたいなもの。
 最近は、意識的に私が未来を語らないようにしているから、その回数もぐっと減った。
 
 大抵は、すぐに治るんだけど、重大な事実であればあるほど、症状は酷いものになる。
 
 「…………はぁ…………」
 
 「お〜、〜、ど〜した〜、ため息なんかついてよ〜……まぁ、飲め飲め!!」
 
 「し、新八さん、お酒くさっ!」
 
 「男は酒臭くてなんぼよ!オラ、飲め〜」
 
 注がれたお酒を、仕方なくちびちび飲む。
 このお酒、なんだかドロッとした白い濁ったお酒でさー……あんまりおいしくないのよ。だから、ちびちびちびちび飲んでたんだけど。
 
 「んなちびちび飲んでんじゃねーよ!」
 
 ごくっ。
 
 なんと、新八さんが私の頭と杯を強引に傾けたのだ!
 重力に従って、私の喉に流れ込んできたお酒を、ビックリした拍子に飲み込んでしまった。
 カァ〜っと喉が熱くなる。
 そのうちすぐに、胃の形がわかるんじゃないかってほどに、お腹が熱くなった。
 
 「げほっ……なにすんですか!」
 
 「酒はもっと楽しそうに飲むもんだぜ?ほらほら!」
 
 溢れるほどに注がれたお酒。
 …………あぁもう諦めた。
 
 「……えぇい、どんとこい!」
 
 ゴクゴクと飲み始めたら、大笑いしながら新八さんが騒ぎ立てた。
 なんだか、ちょっとずつお酒が回ってきたのか、もう、私まで陽気になってきて。
 
 もう…………このまま、流れるままにまかせてみよう、と思った。
 
 
 
 
 
 グワングワン……というとんでもない頭痛で目が覚めた。
 周りには、最後まで大騒ぎしていた新八さんを初め、近藤さん、歳三さん、左之さん、源さん、山南さん、総司君、平助君が、もう重なり合って雑魚寝していた。
 でも、私には誰一人乗っかっていない。
 ぼんやりと、1番近くにいた近藤さんが、私の周りからみんなを排除してた記憶がある。
 
 ポリポリと頬をかいて、痛む頭&気持ち悪さを抱えたまま、そっと部屋を抜け出す。
 どこかで経験したことがあるなー……と思ったら、これ、『語れぬ病』の症状そっくりだ。ただ、息苦しさがないだけ。……二日酔いの症状に似てるってどうよ……。
 
 とにかく水が飲みたい。
 それに、朝ごはんの支度をお手伝いしなくちゃ。
 
 厨房に顔を出すと、もうすでにツネさんが朝食の準備に取り掛かっていた。
 
 「おはようございます、すみません、遅れて……」
 
 「あら、まだ寝てらしてもよかったのに。おはようございます。……ふふ……昨日はみなさん、とても楽しそうで……」
 
 「ははは……あの大騒ぎのしようでは、楽しくなかったわけがないですよね……ただ、今日起きて楽しいかどうかは別ですが」
 
 苦笑しながら、頭を撫でる。
 クスクスと笑うツネさんは、お水を差し出してくれた。
 
 「お水をたくさん飲んで……それから、果物を食べるといいみたいですよ。今日は、りんごがあるので、剥きましょうね」
 
 「はは……ご迷惑おかけします」
 
 「いえいえ。近藤もよく辛そうにしてますから」
 
 お味噌汁の味見をするツネさんは、何気なくそう言ったんだと思う。
 だけど……ツネさんと近藤さんを確かに繋ぐ『夫婦』という決して揺らがない絆が、ピシッと目の前に突きつけられた。
 
 その絆が、線引きをして『私』と『近藤さんとツネさん』をハッキリ分ける、境界線となっている。
 
 「さん?……大丈夫ですか?顔色が……もう少し休んでらしたら……」
 
 「あ、いえ……大丈夫です。えーっと…………なにかすることは……」
 
 「では、たくあんを刻んでいただけますか?土方様が持ってきてくださったんですよ」
 
 歳三さんは、ものすごいたくあん好き。大体、試衛館に来るときは、たくあん持参でくる。
 たくあんをまな板の上に出して、包丁で手ごろなサイズに切っていく。
 
 「…………さん」
 
 「は、はい?」
 
 いつもは、2人でほとんど無言……もしくは、私が一方的に話して、ツネさんが聞いてくれる―――っていうパターンなんだけど、珍しくツネさんが話しかけてきた。それも、結構真剣な声音で。
 
 「単刀直入に申しますね。…………さんは、近藤が……お好きなのですね?」
 
 ――――――心臓に、冷水をかけられた気分だった。
 
 ゲーム中でさえ、一目見て鈴花が近藤さんを好きなことを見抜いたツネさんだ。……いつか気づく、と予期できないことじゃなかった。
 だけど、いつも態度が一緒で…………近藤さんと稽古をしたり、一緒に甘味処へ行っても―――決してその態度が変わることはなかったから。気づいていないのだと、思い込んでいた。……いや、思い込みたかったのかもしれない。
 
 絶対に言えない―――言わない、と誓った私の想い。
 誰にも言うことなく、私は過ごしていくのだろう、と思っていた、のに。
 
 
 ―――どうして、よりによって、1番最初に気づくのが、この人なのだろう。
 
 
 声を出そうとしてるのに、声が出てこない。
 だけど、ツネさんは辛抱強く私がしゃべり出すのを待っていた。
 
 呼吸を整えて、やっとのことで言葉をつむぎ出す。
 
 「…………ご、めんなさい…………」
 
 「謝らないでください」
 
 微かに笑うツネさんの顔。
 笑っているけど―――すごく、悲しそうだ。
 
 「本当に、ごめんなさい…………近藤さんには……絶対、言いません……だけど……」
 
 もう1度、大きく息を吸って……吐き出した。
 
 「私の心に、整理がつくまで―――近藤さんを、諦められるようになるまで……どうか、お願いです。心の中で、想うことだけは、許して、ください……っ」
 
 「…………近藤はきっと、あなたがそうおっしゃれば、少なからず答えてくれるでしょう……」
 
 「そんなことは……ありえません。近藤さんは、ツネさんをすごく大事に思ってますから……ごめんなさい、2人の間を壊すようなことは、したいわけじゃないんです……」
 
 涙が出てきそうになる。
 だけど、ここで泣いたら困るのは、私じゃない。ツネさんだ。
 
 「それに…………こんな私が、近藤さんと一緒に、京へ行くことを…………お許しください。……さぞかし、妙な女が傍にいて、不安だと思います。だけど……私、絶対近藤さんにはこの事、言いませんから……ッ」
 
 ただ、傍にいたいんです…………。
 
 胸の中の言葉を、言うことはできなかった。
 なぜなら、きっとこの言葉を痛切に思っているのは、他ならぬツネさんだろうから。
 
 「ごめんなさい……」
 
 近藤さんを好きになって。
 京へ一緒に行って。
 あなたが傍にいないのに、私だけが傍にいることになって。
 
 色んな『ごめんなさい』が心の中を駆け巡る。
 もう1度、ごめんなさい、と呟いて頭を下げ……厨房を後にした。
 
 「…………おい」
 
 ぎくり、と身が縮まる。
 厨房の横で待っていたのは……歳三さんだった。
 罰の悪そうな顔で、たたずんでいる。
 
 「…………もしかして、今の……」
 
 「目が覚めて水でも飲もうかと思ったら、な」
 
 「は、はは…………」
 
 さっき、誰にも言わない、と誓ったのに。
 あまりの滑稽さに、笑いすら漏れてくる。
 それと共に、溢れ出てくる、涙。
 せっかく、堪えていたのに。
 
 泣きはじめた私を、歳三さんは、近くの部屋に連れて行く。
 少しだけ落ち着いた私の頭を、ぽん、と叩いた。
 
 「………………なんとなく、は……気づいてた。…………お前の、近藤さんを見る目が、気になってはいたんだ」
 
 「…………そんなに……わかりやすかったですか……?」
 
 「いや、多分気づいてるのは俺くらいだろう。…………お前が、必死に感情をかみ殺してるからな……それも、見てるうちに気づいた」
 
 「…………絶対、好きになっちゃいけない人だったんです。近藤さん以外だったら、よかったんですけどね……」
 
 なんで、近藤さんなんでしょうね……。
 
 そう呟いた私を、歳三さんがゆっくりと撫でてくれる。
 なんだか、すごくその手つきが慣れていて、柔らかかったので、思わずクスリと笑った。
 
 「なんだ?」
 
 「……歳三さん、撫でるの慣れてるなー……と思って」
 
 「……それだけ元気がありゃ、大丈夫だな」
 
 「ハイ、元気出てきました」
 
 よし、と歳三さんが笑う。
 私も、鼻をすすって笑う。
 
 「…………京へ行っても、その笑顔を忘れるなよ」
 
 「…………なんだか、歳三さんらしくないです、その言葉。…………でも、ありがとうございます。…………なんだか、スッキリしました」
 
 「相談くれぇなら、いつでも乗ってやる。…………辛いだろうが、吐き出せば少しは楽になるだろう」
 
 「はい。…………1人でも、相談できる人がいて嬉しいです。……ツネさんには、本当に申し訳ないですけど」
 
 困ったように笑う歳三さん。
 このとき、歳三さんが何を思っていた、と知るようになるのは。
 
 もっともっと先のことだった。
 
 
 
 
 
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