私たち2人は、
雨の中、
無言で走っていた。
―――近藤さんが、私の手を握り締めて。
意外な真相
ガラッ、と試衛館の引き戸を開けて、中へ入る。
自然と離れて行った手のぬくもりを、今だ右手に残しながら、私は髪を伝って落ちる滴を拭った。
「っ!?お前、ドコ行って……っ」
「バカ野郎、そんなのは後だ後!左之介、手ぬぐい持ってこい手ぬぐい!」
「なんで俺が……!」
「いーから持ってこい!」
「手ぬぐいなら、ここにありますよ」
いつの間にやら、総司君がたくさんの手ぬぐいを持ってきていた。
差し出されたそれを受け取って、とりあえず髪の毛から拭き始める。
すると、左之さんが、ぎょっとして目を見開いた。
「って、、なんだその髪の毛!?それに、顔も!」
幾分少なくなってはいるものの、湿り気を多量に含んだ髪の毛は重い。
1房掴んで、長さを確認した。
「あー…………だいぶ短くなっちゃってる…………」
肩口辺りまで切られている髪は、酷く不ぞろいだ。
「切られたのか!?誰だ、そんなことするヤツは!」
いきり立つ左之さんを、近藤さんがポンポンと肩を叩いて制す。
「まぁまぁ。……ちゃん、そのままじゃ風邪ひいちまう。まずは着替えてきな」
「あ、僕お風呂沸かしておきましたよ」
「さっすが総司!気がきくねぇ〜。んじゃ、ちゃん、先入ってきな。話はその後だ」
「あ、はい……すみません」
ツネさんに着替えを貸してもらって、お風呂に入る。
この釜風呂にももう慣れた。
最初は入り方がわからなくって、釜蓋をはずして入ったから直に底に足がついて、熱くて大騒ぎしたけど(ちなみに駆けつけてきた近藤さんたちにお湯ぶっかけてしまった)、今はもうそんなことない。ちゃんと蓋の上から沈んで、熱いお湯に身を漂わせた。
雨で冷えた体が、段々と熱を吸収していって、火照っていく。
先ほど触れていた手だけが、ふしぎな温かさに包まれていた。
早めに上がって、新しい着物に着替えた私は、道場で待ち構えているみんなのところへ行った。
近藤さんももう着替えていて、お茶をすすっていた。
ツネさんが私にも熱いお茶を出してくれる。
一口すすったところで、待ちきれなかったのだろう。左之さんが口を開いた。
「だ〜〜〜!!!で?誰がお前をそんな目に合わせたんだ!?」
誰が、と言われても困ってしまう。
見たことの無い人だし。
答えあぐねていると、総司君が助け舟を出してくれた。
「どんな人相の男だったんですか?」
「えーっと…………1人は、色が白くて蛇みたいな目つきしてて……もう1人は……んーっと……色が、黒めだったかな?」
それを聞いたら、不思議なことにみんながみんな、顔を合わせた。
「おい、……そのもう1人の男って……こーんな顔してなかったか?」
そう言って、左之さんが自分の目尻をひっぱりあげて、つり目にし、口を少し尖らせた。
「あぁ、そうそう。そんな顔」
ぶちっ…………という音が、聞こえた……気がする。
「あんのやろ〜〜〜!!今度という今度は許さねぇ!」
「ったく、こんなことになるなら、早いトコこらしめちまうんだったぜ!」
左之さんと新八さんがポキポキと関節を鳴らしながら言う。
近藤さんが、刀を持ちながらすっくと立ち上がった。
「今まで大目に見すぎたな!行くぜ、野郎ども!」
「お〜〜〜〜〜!!!」
って。
みんな、知り合いなのかな?
首をひねっていると。
ひゅぉぉぉぉ〜〜〜…………。
冷たい風が……なんか吹いてる気がするのですが。
「まったく…………本当に……少しおしおきしてきましょうねぇ…………」
笑顔でそういうのは…………総司君。
笑顔なのに吹雪が……あぁぁぁぁ、怖いよぉぉぉぉぉ。
怒り顔だったみんなが、さっと表情を変えて、なだめにかかる。
「ま、まぁ、落ち着けって、総司。おまえのおしおきって、殺るんだろ!?」
「いやですねぇ、殺るだなんて。殺したらつまらないじゃないですか」
つ、つまらないじゃないですかって、あなた…………(汗)
「ま、まぁ、ともかくだ。なんにせよ今日は雨も降ってるし、行動を起こすなら明日以降だな、うん。じゃ、今日はそういうことで、かいさ〜ん」
道場から散って行くみんな。
私は1つため息をついて、自分の部屋へと戻ったのだった。
翌日。
朝起きたら、みんなすでにいなかった。
朝1番で殴りこみに行ったらしい。
ご飯を食べながらツネさんに聞いた話によると、どうやら私が相手にしたのは、この辺でも有名な悪いヤツらしくて。
自分たちの身分が武士ということを振りかざして、やりたい放題やっているのだそうだ。みんな辟易としていたらしいけど、そうは言っても武士は武士。まだ身分制度が色濃く残っているこの時代では、逆らえないみたいだ。
…………………思いっきり逆らった私ってば、本当に無謀だったんだろうなぁ。
今更ながら、恐ろしいことをしたと思う。
別に、後悔はしてないけど。
やっぱり、話を聞いてる限りでは、前々から試衛館に嫌がらせをしてたみたい。
…………よく、我慢できてたと思う。
朝ごはんの片づけをしていると、どやどやと玄関から騒ぎ声が聞こえてきた。
みんなが帰ってきたのだ。
「おかえりなさい」
玄関まで出迎えに行くと。
………………うーわー、みんなスッキリした顔しちゃって。
お肌がこころなしか、ツヤツヤ輝いてる気がする。
「おっ、ちゃん、おっはよ〜!そんでもって、ただいま〜!」
「おはようございます、近藤さん」
「よぅ、起きたのか!……あー、スッキリしたぜ」
「あいつらの顔ったらなかったぜ〜。やっぱ、も連れてくべきだったな」
「まったく、つまらなかったですよ。刀挿してるだけで、全然使えないんですもん」
笑顔全開の近藤さん、左之さん、新八さんとは対照的に、総司君は少し不満そうだ。
よっぽど、あいつらが弱かったんだろうなぁ。
「さって、メシメシ。一暴れしたら腹減っちまったぜ」
左之さんに続いて、新八さんも総司君も居間の方へ歩いていった。
私もその後に続こうとして、近藤さんに呼び止められた。
「あの……さ……ありがとな」
「はい?……私のほうがお礼言いたいくらいなんですけど?」
「いや……天然理心流のこと、かばってくれたんだろ?」
「へ?」
「アイツらから聞き出した。…………天然理心流を馬鹿にされて、怒ったんだって?」
あぁ、と私は顔を伏せた。
…………今まで馬鹿にされてたのに、ずっと我慢してきた近藤さんを差し置いて、突然私が怒り出したことに、急に恥ずかしさを覚えたのだった。
「すみません……勝手に怒って、勝手に問題作って…………」
「いや、そんなことが言いたいんじゃないんだ!最初に言ったろ?ありがとう、って」
「…………?」
「…………嬉しかった。天然理心流をそうまでしてかばってくれたなんて。……ありがとう」
近藤さんの言葉、笑顔に、私は顔が赤くなっていくのを感じた。
もう1度顔を伏せて、首を横に振る。
「でも…………もう、自分の命を投げ出すようなマネは、しないでくれよ?」
1歩間違ってたら、死んでたかもしれないんだ―――もう、2度と命を投げ出さないでくれ。
………………初めて、昨日の自分の行動を後悔した。
近藤さんに、こんな苦しげな顔をさせてしまったから。
悲しそうな顔。
今、そうさせてるのは、昨日の自分の行動だ。
すごくすごく、後悔した。
「…………ごめんなさい」
「…………うし。じゃ、反省終わり!メシ食い行こ」
「あ、でも私今食べたところで……」
「いいからいいから!」
何気なく繋がれた手が―――熱くなった。
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