この世界に来て、早2週間。
私は、試衛館のお手伝いとして、なんとか生活して行くことが出来るようになった。
炊飯器ナシでのご飯も作れるようになったし、洗濯機ナシでの洗濯も出来るようになった。
あまりに違う文化に、戸惑うばっかりだったけど、ここの人たちの助けと、少しの未来の知識とでなんとか補っていた。
そういえば、ココに来て2日目に起こった出来事がある。
唐突に総司君が聞いてきたんだ。
『僕たち、これからどうなるのか知ってたりします?』
って、冗談っぽく。
私もほんの少しだけ、冗談っぽく『君たちは京へ行くんだよ』とだけ言おうと思った。
のに。
ゴンッ、と頭の中に巨大なかなづちを落とされたようだった。
その後、ぐるぐるとかき回されているように気持ち悪くなった。
突然座り込んだ私に、総司君が慌てて助けを呼んでくれた。
駆けつけてくれた近藤さんや新八さんの手を借りて、横になっても、しばらくグワングワン、と頭の中で鐘がなってるように気持ち悪かった。
なにがなんだかわからない。
突然起こったこの出来事に、博識な山南さんを呼んでも原因がわからなかったけれど。
しばらくして、同じようなことがまた起こった。
それは、新八さんが私に
『オレって、有名になったりする?』
って聞いてきたときだった。
ははは、って笑って『本を書いて有名になるよ』って言おうとしたんだ。
だけど、やっぱり頭にかなづち+ぐるぐるミックス。
後は、また騒ぎになって、みんなに迷惑を掛けまくり。
結果、山南さんが出した結論は、
『僕たちの未来を語るときに、そういった症状が出る』
ってことだった。
確かにそう。
あれから何度、私が新撰組のことを話そうとしても、同じように気持ち悪くなってなにも言うことが出来ない。
きっと、歴史を変えないためのことだろう。
私は、彼らの未来を語って、辛いことを回避させようとしてしまう。
それをしてはならないから、なんの力かはわからないが、私に制限を与えているのだろう。
といっても、その制限というのがかなり曖昧で、漠然としたこと、本当に当たり障りの無いことなら言うことが出来るのだ。
ロボットとか車とか、そういうことなら。今の文化じゃ、どう頑張ってもロボットや車は作ることが出来ないし。それは夢物語のようなことなのだ。
結局諦めて、私は未来を語ることを止めた。
特に今は、語るべき内容もないし。
それでも、こんな厄介な私を、ここの人たちは受け入れてくれた。突然転がり込んだ私のことを、なんの偏見もなしに扱ってくれる。
左之さんや新八さんとは、本当にすぐに仲良くなった。
きっと、2人とも私のことを妹……いや、あの扱いは弟にも近い……とでも思ってるんだろう。話しかけてくる内容が、いかにも男の子に対するものだからだ。
だって左之さんったら、
「なぁなぁ、っ、お前、あそこの店の女の子、可愛いと思わないか?なんか、笑った顔が男心を鷲づかみにするよなぁ〜。そう思うだろ?」
とか平然と言ってきたりするんだから。
男心なんてわかりゃしないっての!
そして、新八さんは私の胸見て、
「も〜ちょいでっかかったら、触ってみたくもなるんだけどなぁ……」
とか言うし!
悪かったね、小さくて!と言ったけど……触られるくらいだったら、マシだったかもしれない。
時々遊びに来る、歳三さんとも仲良くなったし。
いかにも嘘っぽい私の状況を、歳三さんはアッサリ信じてくれた。
『そういうことも有り得ないとは言えんな』
とかいって。
この人、ゲーム中じゃ無愛想で怖かったけど……このときは、まだ若々しくて、時々快活に笑ってくれる。1回、私が道で派手に転んだときには、大笑いした後にちゃんと薬をくれた(ちなみにやっぱり石田散薬)
総司君を通じて、平助君とも仲良くなった。平助君は、山南さんと同じ北辰一刀流の使い手で、時々試衛館に遊びに来るみたいだ。最初はなんだか微妙な目つきで私のことを見てた平助君だったけど、しばらく話しているうちに、私がなんだか色々妙な知識を持っていることに気づいたらしい。それ以来、さまざまな話をするようになった。平助君は、すごく頭がいい。色々なことに興味を示して、たくさんの知識を持っている。反対に、総司君は、いつも剣のことしか考えていない。剣のことはものすごく詳しいけど、それ以外のことはどうでもいいみたい。
だけど、やっぱり1番仲がいい……というか、話をするのは、近藤さんだったりする。
何かと理由をつけては話しかけてくれるし、時々外へ遊びにも連れて行ってくれる。達筆すぎて読みにくいこの時代の文字も、教えてくれるし。一日の半分以上は、近藤さんといるかもしれない。
そうそう、剣術は、教えてもらってはいないものの、道場で見学はしている。
門下生は少ないけど……みんながキチンと練習している様は、すごく格好いい。
しかも、天然理心流って強いし!見てるとすごくワクワクする。
左之さんは槍だからまぁ別としても、他の人が近藤さんや総司君に勝っている所を、私は今だ見たことが無い。
なんていうのかな……新八さん(神道無念流)や山南さん(北辰一刀流)の剣って、すごくキレイな型なんだ。剣舞って言えるくらい。
それに比べて、天然理心流は本当に実戦向きの剣。美しさじゃ他の流派には劣るけど、強さじゃ天下無双だと思う。
別に他流派が嫌いってワケじゃないけど、天然理心流が1番好きだなぁ。
「さん、夕飯に使うお塩を切らしてしまったの。買いに行ってくれるかしら?」
ぼーっと稽古を見ていた私に、ツネさんが話しかけてきた。
あわわ、と立ち上がって、はいっ!と返事をした。
「ごめんなさいね。ちょっと今、手が離せなくて……」
「いえいえっ、こーゆー雑用はなんでも私に言ってください!出来ることならなんでもしますんでっ!…………えっと、お塩だけでいいですか?」
「えぇ。お願いできるかしら?」
「はいっ!…………んーっと…………みんなは稽古中だし…………うん、ちょうどいい。私、まだ1人で外に出たことってないんで、ちょっと行ってきますっ!」
「ありがとう。お塩は、この通りをずっとまっすぐ行って4本目を右に曲がって……河野屋さんってわかるかしら?」
「はい、甘味処のお隣ですよね?」
「そう。その河野屋さんの角をまがった3軒目。大丈夫?」
「はいっ!その辺なら行ったこともあるし、1人でも大丈夫ですよ〜!…………じゃ、行ってきますねっ!」
「あ、さん、お金お金っ!」
「うわわ、スミマセン!…………じゃ、行ってきますッ!」
私は、意気揚々と道場を出た。
1人での初めての外出。
浮かれないわけが無い。
お塩を無事手に入れての帰り道。
河野屋の角を曲がったときだった。
「オイ、聞いたか?あの田舎道場、農民にも剣術を教えてるらしいぜ?ったく、農民は農民らしく、素直に畑を耕してりゃいいもんを……第一、道場主が農民の息子だろ?」
そんな言葉が…………下卑た笑いと共に聞こえてきた。
頭の中が、真っ赤に染まった気がした。
別に、私が怒るような事でもなくって……ただ、無視すればいいだけの話なんだけど。
次の言葉を聞いて……ぷっつんと来てしまった。
「大体、農民が教えてる田舎剣法なんて強いわけがないよな!」
思わず、持っていた塩を投げつけてしまった。
さらさらと白い塩が、男の顔に、肩に零れて行く。
「……な……にしやがる、この小娘がァッ!」
「撤回してください!」
「あ?」
「天然理心流は強い剣術ですっ!馬鹿にしないで!あなたたちより、近藤さんは強いです!」
「あァッ!!?んだとォ!?」
「そこら辺の武士より、近藤さんの方が強いんだからっ!馬鹿にしないでください!」
「うるせぇっ!この小娘がッ!」
ドスッ……
お腹に鋭い痛みが走った。
「なにする……っ」
パンッと頬を叩かれる。
髪の毛をひっぱられて、路地に引き込まれる。
後は、ただ体中に走る痛みに耐えることしか出来なかった。
身を硬くして、ぎゅっと殴られることに耐える。
「ちっ……泣きもしねぇのはつまらねぇな…………」
スラリ、と刀を抜く音がした。
私はその音に、身をすくませる。
髪の毛をひっぱられて、体が少し浮いた。
斬られる、と思った。
もう、それでもいい、とも思った。
だって、私にとって今の状況は辛すぎた。
…………段々と募っていく近藤さんへの想い。
だけど、想う人にはすごくいい奥さんがいて―――。
私が死んだら、近藤さんも、少しは悲しむのだろうか?
ザッ…………と音がして…………。
パラパラ……と髪の毛が、落ちていった。
同時に、ひとしずく、涙が零れ落ちた。
それを見て、満足そうに男が笑う。
「………………今日はこのくらいで勘弁しておいてやる。……小娘、今後一切、武士にたてつくんじゃねェぞ!」
私は、切られた髪の毛を見て、呆然としていた。
肩の辺りでザックリと切られた髪の毛。握ったら、何本かが束になって、取れた。
「は……はは…………」
本当に、死ぬかと思った。
…………死ぬのは怖かったけど―――それ以上に、近藤さんの天然理心流が侮辱されてるのが嫌だった。
くやしい…………ッ!
天然理心流は………………近藤さんは、すごくすごく強いのに……!
私は、痛む体を引きずって、走り出した。
全身が悲鳴を上げていたけれど、どこか静かなところで1人になりたかった。
ザァァァァ
「雨、強くなってきたなぁ……アイツ、ドコいっちまったんだ?」
左之介の言葉を聞いて、俺はますますイライラが増していくのがわかった。
あの娘が道場から出て行くのを、目の端で確認してから、もう一時以上。塩を買って戻ってくるには十分すぎる時間だ。
一刻ほど前から雨も降り出しているというのに、帰ってこない。
なにかあったのか―――?
………………こんなに、ただ1人の女の子が気になるのは初めてだ。
女の子は好きだ。どんな子でも好きだが―――。
あの子以上に気になる子は、いない。
雨が、音を立てて屋根を打つ。
――――――もう、我慢できない。
「…………ッ……探しにいってくるッ!」
ダッと刀をひっつかんで飛び出た俺に、
「勇さま……っ」
というツネの声は、届かなかった。
塩屋までの道のりを、駆け足でたどる。
泥が跳ねようが、今はもうどうでもいい。
雨の音と共に、なぜだか自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。
あの子と2,3度行ったことのある甘味処。その隣の河野屋の近くに、塩の袋が落ちているのが目に入った。
雨で溶けたのだろう、塩自体はすでに消えていたが、袋がここにあった物体を主張していた。
慌てて、辺りに目をやる。
細い路地に、髪の毛のようなものが見えた。
ドクン、と心臓がはねる。
駆け寄ると、そこには……髪の毛しか存在してなく、おそらく、この髪の毛の持ち主であろう少女の姿はなかった。
パラパラと落ちる髪の毛を頼りに、ただただ道を走る。
髪の毛の1本も見落とさないように、慎重に道を選んで走る。
「…………ッ……ちゃんっ!?どこだいっ!?」
たまらずあげた叫び声に、反応するように、うごめく影が1つ。
「………………近藤……さん……?」
大きな木の下で、うずくまっているあの子だった。
その身が無事なことに安堵したが―――向けられた顔をみて、驚いた。
片頬が……赤く、腫れていた。
「なっ……誰がこんなことを……ッ!」
走り寄って、恐る恐る、腫れている頬に手を寄せる。
よくよく見れば、顔だけではない。少しだけ見える手足にもあざが見える。……ということは、きっと体中に痣があるのだろう。
俺の手が頬に触れたとたん、痛むのかキュッと目を閉じる。
今度は違うところでドキン、と心臓がなった。
そのまま抱きしめたい衝動を堪えて、俺は自分の羽織を彼女に頭からかぶせる。
「……なにがあったかは、帰ってから聞くことにするよ。…………風邪、ひいちまう。帰ろう」
彼女を立ち上がらせようと手をとったが、逆に彼女は、俺の着物を掴んだ。
「…………ッ……近藤、さんっ!……私に……ッ……天然理心流を教えてくださいッ!」
あまりにも唐突な彼女の言葉に、ただ純粋に驚いた。
「な……にを……なにを言っているのか、わかってるのかいっ?」
「わかってますっ……強く……強くなりたいんです……ッ……お願い……天然理心流を……教えて、ください……ッ!」
彼女の頬を伝うのは、雨だろうか。それとも、違う雫なのだろうか。
美しい透明の雫が、何個も何個も頬を伝う。
「…………近々、俺たちは京へ行くことになる。…………浪士組を結成することになったんだ。…………一緒に、来るかい?」
ぽつりとつぶやいた言葉に、彼女が何度も頷く。
「行きます……っ……行かせて、くださいっ……!」
「わかった……一緒に行こうな……さ、とにかく早く帰ろう」
俺はこのとき自覚した。
この、今体を支えてやってるこの子が。
俺の運命の相手だと。
募っていく―――確かな想い。
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