架空の人物だったはずなのに。

仮想世界だったはずなのに。

だから、私も本気にならなかったのに。

…………目の前に現れるなんて。




出会った魂




「…………どこよ、ココ…………」


本気で困った。
私はただ単に、友達と会った帰りに、いつもの道を歩いていただけなのに。
それが、どこをどう間違ったら、こんなところに。

「…………こんな立派な日本家屋、見たこと無い…………」

呆然と突っ立っていると、ポン、と肩を叩かれた。

「どうしたんだい?」

「あ、えと、道に迷っ…………?」

絶句した私に、話しかけてくれた男の人が、少し首をかしげながら、ポリポリと頬を掻く。

「ん〜?俺の顔に見覚えある?」

見覚えあるもなにも…………

近藤、勇だ……………。
って、有り得ないっつーの。

「え?……あれ?…………えと…………ここは……ドコですか?」

「ここは試衛館。天然理心流の道場だよ。……ほぅ、君はまた、見たことの無い奇抜な格好をしてるねぇ〜」

奇抜…………ただの、Gパンにカットソーなんですが…………。

「で?どうしたんだい?」

「………………道に……迷いました」

道どころか……時代と仮想世界とに迷いました。
というか、本当にこれは現実ですか?夢としか思えようがないのですが。

「道に?そりゃ大変だ。どこまで行くんだい?」

「行く……あてがないんですけども…………」

「へ?…………えーっと……行き倒れ……だったりして?……って、そんなわけないか―――!」

「行き倒れ…………そんな、感じかもしれないです……」

「やっぱ……ってえぇっ!?感じかもって、そりゃ大変じゃないか!おーい、ツネ!ツネ―――!!!」

出会ってしまった、2つの魂は。
このときから、交わり始める。





結局、大騒ぎした近藤さんに、すぐさま道場に引っ張り込まれた。
近藤さんの騒ぎように、なんだなんだ、と色々な人が出てくる。
原田左之介、永倉新八、山南敬助、沖田総司―――後に新撰組を構成する上での、幹部隊士たち。そうそうたるメンバーだ。

「んで?どこから来たんだい?」

「え、えっと…………ずっと、ずっと遠くからです」

「蝦夷くれぇか?」

「んー…………………えーっと…………『未来〜』とか言ったら……」

きょとん、とした彼ら。

「…………そりゃ、引きますよね……ハハ……」

って、笑えない……しかも、ただのタイムスリップじゃなくて、ゲームの中に飛び込んだ、パラレルタイムスリップなんだもん。
この仮想世界と私の現実世界とは、とてもとてもここから北海道との距離じゃ測れない。

「…………未来って、どれくらいですか?」

興味津々に聞いてきたのは、山南さん。
からくり好きの山南さんとしては、こーゆー不思議なことにも少しは耐性があるのかもしれない。

「………………140年ほど後です」

具体的な数字を言った私を、山南さんが面白そうに目を輝かせて見る。

「ほぅ…………ということは、今よりも進んだ学問を知っているのだね?」

「えぇ、まぁ…………」

「からくり人形は、君の時代にはあるのかい?」

私は少し考えてから言った。
からくり人形……とここでいう意味とは異なっているが、ロボットも立派なからくり人形だろう。

「からくり人形……のもっともっと進化した形が、私の時代にはあります。私たちはそれを『ロボット』と呼んでいます。自動で動くだけじゃなくて、しゃべったりもするんです」

ぱぁっ、と山南さんの顔が輝いた。
他の人も、いよいよ私の話に興味を持ってきたらしい。

「…………もしも。もしも、本当に君が未来から来たというのなら教えてくれ。『めりけん』とはどんな国だ?」

そう聞いてきたのは…………近藤さん。
この人は……本当に国のことを思ってるんだ。すごく真剣な目をしている。

「私の時代では『アメリカ』と呼ばれてるんですが…………今、世界で1番の国です。事実上、世界はアメリカを中心に回っていると考えていい。…………強大な軍事力を持つ、強い……国です」

すっ、とみんなの目が変わった。
確信を持って言った私の言葉は……通じたらしい。

「………………どうやら、本当のようだねぇ〜…………ここまで確信を持って語られちゃ、信じないわけにもいかないよ」

近藤さんがニコ、と笑ってくれたので……ようやく、体の力が抜けた。

「あー、どーりで妙な格好してると思った。…………だけど、江戸じゃその格好は目立つだろ。…………ツネ、何か着物を貸してやってくれないか?」

「はい。さぁ、こちらに来てください」

私はツネさんに連れられて、道場にある一室に入る。
薄い紅色の着物を渡してくれた。

「えーっと……ツネさん?」

「はい?」

「………………着物って、どうやって着るんですか?」

ツネさんが、ニコ、と笑って、着替えるのを手伝ってくれた。すごく恥ずかしい。
私はもう迷惑をかけないためにも、必死で着付けを見て覚えた。

障子を開けて、さきほどの道場へ戻る。

「あの、ありがとうございました!着物まで貸していただいて……」

「あー、いーってことよ。……さて、お前さん、名前は?」

「あ…………えっと、です。自己紹介遅れてスミマセン」

ちゃんかぁ〜。俺は近藤勇。ここ、試衛館の4代目当主だ。んで、こっちが原田左之介、沖田総司、山南敬助、永倉新八。…………後で多分もう1人来ると思うが、そいつが土方歳三」

うぉう……本当にメチャメチャ『幕末恋華』の世界だ……。

「で。…………、ちゃんは…………そーゆー事情だ。行くところないよな?」

「は……い…………行くあても…ついでに言えば、お金も無いです……」

「そーかそーか。そりゃあ困ってるよなぁ…………」

「ねぇ、近藤さぁ〜ん……かわいそうですよぉ……」

「わかってる、総司。…………まぁ、好きなだけ、ここにいりゃいいさ」

「いりゃって…………えぇ!?で、でもっっっ!!!」

「いーっていーって。今サラ1人増えたところで、かまやしねぇよ」

「左ぁ〜之ぉ〜???なーんで、お前がそれを言うのかなぁ〜?」

近藤さんが、ボカッと原田さんを殴った。
なんだか……やっぱり、『恋華』の前の話だからかな。みんなが青臭いくらいに若い。

「えーっと……でも……本当にお金も何もないんですけど……」

「なら、なおさらここにいなければ。そのままの状態で外に出ても、本当に行き倒れてしまうよ?」

山南さんの言う言葉も、最もだけど。

「では、私のお手伝いとしていてくださいませんか?」

「ツネさん……」

「どうでしょう、さん?」

「…………………………ごめんなさい、ご厄介になります」

ツネさんの笑顔。
私は、思わず目を逸らしたくなってしまった。
幸せそうな笑顔だった。
この人が、近藤さんに愛されている人。
ツキン、と何かが音を立てて傷んだ。





架空世界での出来事なら、辛くなかった。

本当に出会ってしまったことは、嬉しかったけど。

………………それ以上に、辛かった。