気に入らない。

京へと歩く道中で、

目の前をトシと楽しそうに歩くあの子。

――――――気に入らない。





まず気に入らなかったのが、あの酒宴の翌日のこと。

誰も気づいていなかったみたいだけど、俺にはわかった。
ちゃんが、泣いていたこと。
目が、かすかに赤くなっていたから。

だけど、その原因を俺に言おうともしなかったし……なにより、なんでだか知らないけど、理由を知っているように、時々トシが、ちゃんに向かって視線を投げかけるのが気に入らなかった。
それに、答えるように少しだけ笑うちゃんの笑顔も。



次に気に入らないのが、浪士隊が集まったときのこと。

『なんで女が』

と言った他の奴らに、ちゃんのこれまでの努力を説明しようとした。
なのに、トシがこれまた、ちゃんのことを全て知っているように、

『コイツはそこらの男より根性はあるし、努力もする。確かに、今は、剣術では並の腕だが、近いうち、必ずそこらの男よりも腕が立つようになる』

と言ったことも気に入らない。
―――俺が言おうとしてたのに。



でも、1番気に入らないのは―――。



ちゃんの、俺への態度。



明らかに、酒宴の翌日から、態度が変わった。

どこが、と言われれば言葉に詰まるけど―――。

何かが、違う。

なんだろう―――俺と必要以上に触れ合わないようにしてる、というような。最近、当たり障りのない会話しかしてない。

旅に出る前日、髪の毛を切ってあげた時くらいじゃないかな、まともに会話したのだって。

笑顔も……あんまり見てない気がする。

というか、笑顔が俺じゃなくて、トシに向けられることが多くなったのも気に入らないし。

とにかく…………!

気に入らないことが多すぎる。





モヤモヤした気分を抱えたまま、今日の宿へ到着する。
大所帯の浪士隊は、大体適当な人数を色々な宿屋に振り分けられる。
今日は、大きな宿屋だったから、1人1人に部屋が与えられた。
意外と長い道中だったし、連日の疲れもあって、すぐにみんな、自分の部屋に引き上げて行った。
俺は、さりげなく、かつ、1番早くちゃんの隣の部屋を取った。だから、引き上げるときも、部屋まで送り届けることができた。
たわいない話をして、久しぶりにちゃんがたくさん笑顔を見せてくれた。
なんだかホッとして、俺もいつも以上にしゃべっていた気がする。
楽しいときは過ぎるのがとても早くて。
あっという間にちゃんの部屋に着いた。
名残惜しかったけれど、そこで別れて―――俺も、すぐ隣の部屋に入ったんだ。

少し、本を読んで。
もう、寝るかなと灯りを消したときだった。
隣の部屋から、ゴトン、と大きな音が聞こえたのは。

それ以降物音は聞こえずに、また静寂が戻ってくる。

だけど、なぜだか胸に芽生えた不安。

たった1回の物音だったけれど、気になる。

訪ねて、何もなかったのならそれはそれでいい。

もう1度灯りを付け直して、部屋を出る。
隣の部屋のふすまをそろっ、と開けた。

すぐに、異変に気づいた。

「――――――ん〜〜〜ッ!」

「静かにしろって…………」

「へへ……いい思いさせてやるからよ…………」

「旅の間、女がいなくてなぁ……」

部屋の隅のほうで、男が4〜5人、ちゃんを押し倒していた。
暴れさせないためか、手足を押さえつけ、馬乗りになって。
一瞬でカッと頭に血が上った。

「……っにしてやがるッ!」

駆け足で近づいて、ちゃんの上に馬乗りになっていた男を殴り飛ばした。
手加減しなかったもんだから、派手に飛んでいった。
次いで、その他の男も引き剥がす。
よっぽど俺は怖い顔をしていたのだろうか。
情けなく悲鳴を上げて逃げる奴ら。
逃げる寸前に、2発ほど蹴りをくれてやった。
本当は、それだけじゃ足りないけれど、それよりも今はちゃんのほうが大事だった。
荒い息を吐いて、ちゃんの方へ振り向く。

ちゃんは―――はだけた着物をかき集めて、ガタガタ震えていた。

幾筋も流れた涙が、どれほどの恐怖だったかを物語っていた。

「……ッ…近、藤さ…………ッ」

救いを求めるように、俺に向かって伸ばされた腕。

堪らずに、その腕をつかんで、胸の中に閉じ込める。
抱きしめても、強く強く抱きしめても、止まらない震え。

「なんだ、今の物音は!?」

騒ぎを聞きつけたらしいトシたちの声が聞こえる。

俺は、ちゃんを抱きしめたまま、答えた。

「…………トシ、大河たち4人だ……絶対に、逃がすな」

「…………承知した」

なにが起こったのか、すぐにわかったのだろう。
トシはみんなを引き連れて、すぐに立ち去った。
微かに聞こえるアイツらの話し声からすると―――俺と同じくらい、怒っていることが伺える。

アイツらが立ち去ってから俺は、『語れぬ病』になったときにしてやるように、トントン、と調子をつけてちゃんの背中を叩いてやった。

いつもは、大体3〜4人が同じ部屋で、ちゃんは俺たちと一緒に寝てる。
だから、こんなことにはならなかった。

浪士隊の中には―――あまり仲間を貶めることは言いたくないが―――不逞な奴らもいる。
彼らが、日ごろ、ちゃんに対してどんな目をして見てるのかなんて、一目瞭然だった。
男所帯の中で、ただ1人女の身でありながら頑張る子。
明るく、元気もよく、目を向けるなというほうが無理だろう。
しかも、旅の中、女との出会いは限りなく少ない。
彼らの関心が、ちゃんにいくことは、むしろ必然と思えた。

だから、もっと俺が気をつけていなければいけなかったのに。

少しずつ震えは収まってきているが、オレの袖を握るちゃんの拳は、未だ固い。

「……大丈夫だ……これからは、俺たちが…………俺が守るから」

こんなことは、二度と起こさせない。
君は、絶対俺が守るから。

「……………………怖……かった……ッ」

しゃべれるほどには、回復したらしい。
少しだけ安堵した。

「あぁ……怖かっただろうな……もう大丈夫だ」

「う……ん……ッ」

「今、トシたちが、シメに…………注意しに行ってるからな。アイツら、二度とちゃんの前に顔出させないようにするから」

「……ホント……ッ…?」

「あぁ……だから、悪い夢だと思って、もう寝ちまいな…………?」

そう言って、しばらく背中を叩いてやっていると……体にかかる重みが増した。
どうやら、泣き疲れて眠ったらしい。
起こさないように、ゆっくり布団へと運んでやって、乱れた着物を正してやった。

「…………近藤さん」

ふすまを少し開けて、トシの声がした。

「大河たちを捕らえたんだが……どうする?」

「…………ちょっと待ってろ」

ちゃんに布団をかけてやって、もう1度顔を見た後、そっと部屋を出た。

「俺が、直接行く。誰か……総司あたりでも、ちゃんの部屋につけてやってくれ」

「わかった。…………様子はどうだ?」

「泣き疲れて寝たよ。…………気づくのが早くてよかった」

「あぁ、本当にな…………そうだ、近藤さん。早く行かねぇと、近藤さんの分がなくなるぜ?全員、大分ご立腹だったからな。総司あたりがもう殺っちまってるかもしれねぇ」

「そいつぁ困るな。…………色々と、やりたりないことがあるからな」

さぁ、あいつらがやったことの罪。
十分に、思い知らせてやろうか。