翌朝起きたら、1人部屋のはずなのに、試衛館のみんなが揃って寝てた。 当然窮屈そうで、みんながみんな、誰かの上に乗っかっているのだけど、気にするそぶりもなく寝てる。…………唯一、山南さんだけは苦しそうだったけど。 だから、一瞬ホントに夢かと思った。 悪い夢を見てたのかな、って。 だけど、ふと見た先に、昨日私が暴れて落っことした花瓶が転がってて―――あぁ、夢じゃなかったんだ、って思ったんだ。 だけど、あんなに怖いことがあったのに、今は驚くほどその恐怖を感じてない。 感じていない、というよりは、忘れてしまった、といった方がいい。 きっと、近藤さんの言葉のおかげだと思う。 『俺が……君を守ってあげるから』 たとえ、あの人にとっては、私を落ち着かせる一時の言葉だったとしても―――嬉しかった。 トントン……と背中に感じる大きな手が、あたたかくて安心して。 すぅっと意識がなくなったんだ。 で、気がついたらこの有様。 あぁ、目がはれぼったい。泣いたまま寝たから、きっとものすごい腫れぐあいだろう。 みんなが起きる前に、少しでも冷やさなくちゃ。 井戸まで出て水をすくって、まず顔を洗う。 その後、持ってきた手ぬぐいを水に浸して、目に当てた。 その場に座り込んで、頭を井戸に預け、上を向いて目の上に手ぬぐいを放置。 腰には一応脇差を挿している。 …………昨日の今日だし、刀があれば、少しは安心できるから。 この時期の朝の水は、すごく冷たい。 その冷たさが、火照った目にどんどん伝わってくる。 …………迂闊だった。 もっと、考えておくべきだった。 いつもいつも、試衛館の人たちに守ってもらってばかりだった。 それが、当たり前になってたんだ。 私は、女で―――男よりも確実に力は劣る。 もっと、自覚しておかなければならなかったのに。 もし、あの時近藤さんが隣の部屋じゃなかったら。物音を聞きつけてくれなかったら。助けに来てくれなかったら。 ――――――考えるだけで、気持ち悪い。 体中をまさぐる手。押さえつけられた手足は、あざになっているかもしれない。 「……あーぁ……」 圧倒的な、力の差。 こんなところで、見せ付けられるとは思っていなかった。 また滲んできた涙は、冷たい手ぬぐいに吸い込まれていく。 「ちゃん……!?」 聞こえてきた声にビクッとして、手ぬぐいが落ちてしまった。 「あ……近藤さん……おはようございます。……昨日は、ありがとうございました」 慌てて姿勢を正して、ぺこりと頭を下げる。 近藤さんが、少し息をついて私の方へやってくる。 座り込んでいる私の隣に、同じように腰を下ろす。 「はぁ、よかった……目が覚めたらいないから、驚いちゃったよ……」 「ごめんなさい、目が、腫れてたから……」 「あぁ……もう大丈夫みたいだよ。腫れも引いてる」 「ホントですか?良かった。…………あの、本当に昨日は……」 「あぁもういいからいいから。……無事で本当に良かったよ」 「はい……すみません、今後はこんなことがないように気をつけますから」 近藤さんが、ぽん、と頭を叩いてくれる。 「俺たちも気をつけるからさ。……無理はしない程度にな」 「…………はい」 「じゃ、メシ食いに行こうか。い〜いにおいがしてたぜぇ〜」 着物についた泥を払いながら、近藤さんが立ち上がる。 当然のように差し出してくれた手を―――とった。 ぐいっ、と力を込めて立ち上がらせてくれる。 そのまま手を離そうとしたけれど、近藤さんは私の手を握ったまま歩き出した。 …………その手を、軽く握り返して、後ろをくっついて歩いていった。 「お、に近藤さんか?」 聞こえた声に、ものすごい瞬間技で手を離す。 「あ、あれ、左之さんおっはよ〜」 「おう、はよう。メシできてるみてぇだぞ、行こうぜ」 「は〜い。みんなもう起きてるの?」 「あぁ。今さっき、最後の平助が起きた」 「やっぱり1番寝ぼすけは平助君かぁ」 すかすかになった手が、やけに空気を感じて冷たかった。 「…………あ、のー…………」 「ん?なんだいちゃん?」 私は、キョロキョロと辺りを見回した。 もうすでに宿屋を出て、私たちは浪士隊の合流場所へと向かっているのだけれど。 …………見当たらない。 昨夜の、あの人たちが。 「…………つかぬ事をお伺いしますが」 「なんだよ、便所ならさっさと行ってこい〜?」 新八さんに一発ツッコミを入れてから、私は改めて問う。 「…………昨夜のあの方々が、見当たらないのですけれど」 あぁ、とみんなが遠い目になった。 な、なんですかその目は!!! 「今頃、あの人たちも自分たちのした罪を、全身全霊を込めて償ってると思いますよ……?」 「は?全身全霊……?あ、あの……総司…………さん?」 「ふふふ……私としては、京まで連れて行ってからくり人形の実験にしてもよかったんだけどねぇ……」 「人体実験はダメですよ!?山南さん!」 「目隠し槍つき遊び、面白かったなぁ……」 「左之さんっ!?」 「目隠し刀投げ遊びも、わりと面白かったよ。的が4つもあったしねぇ」 「平助君〜〜〜!?」 「つまり、だ。決して二度と絶対に、アイツらは俺らの前に姿を現さないから、安心しろ」 「………………『決して』と『二度と』と『絶対』って、全否定3回連呼させるくらいのことをしたんですか、歳三さん…………」 ぽむっ、と私の肩を叩きながら歳三さんが真顔で言う。 …………あの人たち、私なんかに手を出したが為に、この世のものとも思えない恐怖を味わったんだろうな…………あぁ、ほんのちょっぴり、髪の毛1本分くらい同情するかも。 |