真っ白な雪の降る街中で。

周りにはたくさんの人々。

その中で彼―――三井寿を見つけることが出来たのは、ほとんど奇跡的だといっていいだろう。

だけど、私にはたとえ100万人いようと、その中から彼を見つける自信があった。

だけど次の瞬間、その自信は音を立てて崩れ去ってしまった。

私は喜んで、幼い頃からの知り合いに声をかけようと近寄っていったが、ふとその足が止まる。

隣で笑う、セミロングのきれいな女性。

誰―――?

目が離せなかった。

あまりにも自分とはかけ離れている女性。

髪の毛が長くて、大人で、優しそうで、きれいで。

反対に私は。

短い髪の毛をちょこんと横で結んで、それがまた小さなガキんちょみたいで、ひねくれてて、……ちんちくりん。

女の人のやわらかそうな髪の毛がふわりと風に舞った。

彼がくすぐったそうにする。

私の髪の毛は風に舞わない。

『寿』と呼ぶように唇が動いた。

私には呼ぶための『場所』がなかった。

幸せそうに目を細めて笑う女性。

私は悲しくて涙が出そうだった。

そこから逃げ出したくて、マフラーを大きく巻いて駆けだした。

誰もいないところまで駆ける。

走るのに疲れるとゆっくりと歩きながら、大きく広い空を見上げてみた。

白い息が宙に消えた。

涙が空に消えた。

だけど想いは―――

想いは、まだソコに残っていた。





             
LITTLE SNOW







〜?あんた、いい加減に部活さぼんのやめなさいよ。期待の新人のくせに」

「ん〜……」

机に顔をのっけてあいまいな返事をする。そんな私の様子を見て、が声をかけてくる。

?……大丈夫?顔赤いよ?」

「ん〜……いつものこと……屋上行って寝てくる……」

「馬鹿!この寒い時になに言っているの!」

「ん〜……平気。保健室行ってるって言っといて〜」

適当に言って私は屋上へと続く階段を上る。

あの日から丁度一週間。

私はまだ、彼―――三井寿と顔を合わせていない。

幼い頃からの友達で、バスケ仲間の私をよくは訪ねてくるけど……あの日以来、ずっと何かと理由をつけて避けてきた。さすがに変に思ったのか、2、3日前からその数が急に増えてきていた。

もう教室にいればつかまる事は必至だったから、学校に来てもずっと屋上にいる。

当然、バスケ部には行かない。

男子、女子わかれてはいるけど……体育館は一緒だったから。

何より、につられて一緒にやったバスケットをやるのがちょっと辛かった。

屋上のドアをパタンと開ければ、そこにはいつもの白い空。

なぜだかここ一週間、ずっと天気が悪い。

毎日、連続的にちらちらと白い雪が降っていた。記録的なことだそうだが、興味はなかった。

今日も雪が降るのだろう。この、白い空なのだから。

白い息を吐きながら、貯水タンクの建物の影にごろん、と寝ころがる。マフラーははずさない。

ポケットに入れてきたMDウォークマンを聞きながら、ぼうっと空を見上げる。予想通り、ちらちらと白いものが降ってきた。しかし、30分もすれば、すぐに止んでしまう。

これもここ一週間の変な天気の特徴だ。

絶対に積もらない。その程度の雪が継続的に降っている。

なんだか私みたい。

積もるほどの大きな想いじゃなくて、積もらない程度の小さな想いが長い間。

そんな事を考えながら、私の目の前は白く染まっていった。





「……昼休みか……ご飯食べなきゃなぁ〜……面倒くさいなぁ〜……いいや、食欲ないし」

目を覚ましたけど、全然食欲は湧かなくて。

しょうがないからもう一度ごろんと横になる。

「寒……」

マフラーをもう一巻きして息を吐いた。

白い空に白い息。

そんな息が空に消えていく。

なんだか、私の想いみたいで涙が出てきた。

誰もいないから、泣いてしまおうと、寝ころがったまま泣いた。

涙は横に流れていって。

その涙はすごく熱くって。

ぽと、と地面に落ちた。

「うぇ……ふぇぇん……ぇっく……えぇぇん……」

こんな泣き方しか出来ない自分はガキだと思う。

大人っぽくなりたかったよ。

だけど、どこからどう見ても私はまだ高一のガキで。

高三のには到底追いつかなかった。

隣にいたあの人はすごい大人で、幸せそうだった。

一週間悩みつづけて、『幸せなら』と思えるような自分が少しは大人っぽくなった、と思えてきたのに。

やっぱり、こんな風にしか思えない自分はガキだった。

「えぇん……ふぇぇ……っく……えっく……」

涙が溢れてきて。

止めようもなくって。

いっそ涙がつきるまで泣いてしまおうかと思った。

すると突然、頬に温かいものが触れた。

「……なーに、泣いてんだよ……」

抱き起こされて。

それが誰かはわかっているけど見れなかった。

「……よしよし。……どした?俺に話してみ」

小さい頃からののクセ。

私が泣くと、抱きしめて頭をなでる。

何回も何回も。

私はよくそれにすがって泣いていた。

だけどね。

私はもうあの頃に戻れないの。

慰めてくれる『お兄ちゃん』の手が欲しいんじゃないの。

…………

『恋人』の手が欲しいの。

…………

でも、その場所はもうないね。



腕は温かくて、いつまでもそこにいたかった。

けど、最大限の勇気を振り絞って、私はの腕を振り払う。

「!?」

驚くを見ないようにして、私は一目散に駆けていった。

空からちらちらと雪が降ってくる。

ぐらり、と足元が揺らぐのを感じた。

呼吸が出来ない。

死ぬのかな……?

の呼ぶ声が遠くでした。





『……熱が39度くらいあるわね……でも大丈夫。解熱剤飲ませたから。だけど、くれぐれも一人で帰らせるなんてことはしないでね』
『はい……ありがとうございます』

遠くで声が聞こえる。

シャッとカーテンの開く音がした。その音で、頭が段々とはっきりしてくる。

「!?」

がばっと身を起こすと、そこにはイスに座るの姿。

「お、目ぇ覚ましたか。もう暗くなったし、帰るぞ」

私は、辺りをすばやく見回して鞄を見つけると、が後ろを向いた隙に鞄をひっつかんで保健室を飛び出る。の声なんて、聞こえない。

保健室は3階。廊下、階段、廊下………その連続で、ついに私は1階で力尽きた。

柱の影にちょこん、と座る。

カラダはすごい熱い。

けど、ココロはものすごく寒くて。

泣いて紛らわせたいのに、涙が出てこなかった。

しばらくして。

帰ろうかと腰をあげようとしたけど。

熱があがったのか全然体に力が入らない。

体育座りのまま、頭を壁にくっつけた。

かつん、と音がした。

もう体を動かす力が出てこない。

が前にいても、ただ上を見上げる事しか出来なかった。

「俺はお前になにをした?……どうして、俺から逃げるんだ?……俺、お前に何したんだ?」

荒い息では問いかけてきた。

答えられるわけ、ないじゃん。

だから。

「別に……」

こんな風に答える事しか出来なかった。かっとの目が開いた。

「別にじゃねぇ!じゃ、なんで俺を避けるんだよ!一週間前から、ずっとだぞ!?俺のことが、そんなに嫌いになったのか!?」

「そんなわけ……!な……い……」

立ち上がって抗議をすると、視界がゆがんだ。

がしっと体が支えられる。

「馬鹿やろう……!自分の体、考えろ……!」

ぶわっと涙が溢れてきた。

あの女の人が羨ましかった。

この先、この腕は、どんなに頼もしいものになるだろう。

自分に抑えが効かなくて。

感情が爆発した。

「も、いいよ!私なんかにかまわなくて!……は……三井センパイは、もっと大人っぽい人と……付き合ってるんでしょ!?私は、妹みたいなものだって知ってた!……私は、大切な人の幸せすら願えないガキなの!……だから、こんなガキにかまわないで!」

ぶんっと、腕を振る。の腕が外れた。

やっと言えた、と思った。

同時に、終わりだ、とも思った。

ぼんやりとする頭を振り、鞄を手に取ると、最後に、ちらっとを見る。

「―――!」

の顔は、今まで見たことがないくらいにすごく怖かった。

いつもの数倍鋭さを増した目に、足がすくんで動けなかった。

がんっと腕をつかまれて壁にたたきつけられる。

「つ……」

「本気で言ってるのか?」

「へ?」

「本気で言ってんのかよ!……妹だと!?上等だ!そんなんじゃねぇこと、証明してやるよ!」

ぐっと引き寄せられると、強引に唇をふさがれた。

熱い吐息が絡まる。

口内に入ってきた舌を私は、がりっと噛む。

「……や、めてよ!……惨めになるだけじゃない!」

「……るせぇ!」

もう一度、唇をふさがれた。

今度は最初から舌を入れられて。

鉄の味が口に広がり、
腰が抜けるくらいに激しく動きまわられた。

「……も、ヤダぁ〜……の馬鹿ぁ〜……恋人いるくせに……自分が惨めだよ……」

腰が抜けて、座り込んだ私。

がこちらを見てから、横を向いて頭をくしゃくしゃとやる。

座り込んだ私と同じ目線にあわせて、口を開いた。

「……俺は、お前のこと、好きなんだよ……大人っぽいやつなんかより、ガキな『』の方が好きなんだ」

その言葉に、涙が引っ込んだ。

「……う……そ、だぁ……だって、あの人は……そうだよ……あの、女の人は!?」

「はぁ?女?」

「一週間前に、駅前で歩いてたあの女の人!……お姉さんなんていないでしょ!?」

あぁ、とは頷くと、私の隣に座った。ぐいっと肩を引き寄せられる。

「……あれ、は確かに『付き合ってくれ』って言われたんだ……もちろん、断ったけど、一回だけでも、っていいやがるから、駅前で茶ぁ飲んで帰ってきたんだ」

熱のせいか、言葉のせいか。

ぼうっとしているけど、の言う事だけはすんなりと耳に入ってきた。は、肩を抱きながら、私の髪を梳く。

「でもよ、いざ隣に立ってみると、顔は近くにあるわ、髪の毛は風でむずむずするわ、そんで挙句の果てに、いきなり『寿』なんて呼びやがるしよ。もう、散々な目にあったぜ」

「……じゃ、私の勘違い……?」

は、にやっといつもの笑顔で笑った。

「おう」

赤い顔が更に赤くなっていくのがわかる。

「……うそぉ〜……ごめんなさぁい……」

「お、珍しく素直じゃねぇか。熱でもあんのか?」

とんちんかんなことを言い出すに、私は思わずつっこみをいれる。

「熱あるんだってば!」

あぁ、そうだったな、とは笑う。

「うし、帰るか」

は立ち上がる。

でも、私は立ち上がれなかった。

立ち上がろうとしても、力が入らなかった。

んだよ、とが呆れたように見る。

しょうがないじゃん、珍しく風邪ひいてんだからさ。

すると、は私に手を差し出した。

「おら、行くぞ」

よっと立ち上がる。

ポケットに片手をつっこんで。

もう片方の手は、私と繋いでいる。

相変わらず私は背が低くて、髪の毛もなびかないちんちくりんだけど。

そこには、私の居場所があった。

ここが、私の居場所だった。

その手の大きさに安心しながら、ふらふらと歩いた。

外に出れば、また雪が降っている。

が、ちょいちょいと私の手を引いた。

「なぁに?」

「あそこ、ちょっと見てみろって」

に促されて見てみれば。

そこには、何十センチにも及ぶほどに、積もった雪。

「すごっ……まさか、この雪で積もったんじゃないし……どうしたんだろう?」

「あそこな、すんげー日当たり悪いんだよ。……だから、大方一週間分の雪がたまったんじゃねぇの?」

あんぐりと口が開いた。

「……すごい少ない雪でも、長い間降るとあんなに積もるんだね」

「そうだな」

ちょっと嬉しかった。

なんだか、あの雪が私みたいで。

小さな私の想い。

だけど、あんなに積もって。

結局は大きな想いに勝ってしまった。

「……すごいね」

「そうだな」

それに。

これをと見れたことが、私にはすごく嬉しかった。

「んじゃ、行くか。

「うん。いこーか、

私たち二人の肩に。

ちらちらと雪が降り積もっていた。



あとがきもどきのキャラ対談



銀月「はい。みっちーです」

三井「あぁん?全然甘甘じゃねぇじゃねぇか!」

銀月「いやぁ……なんか、ね。うん」

三井「なんかじゃねぇ!……の名前、俺全然呼んでねぇぞ!」

銀月「……すみません……でも、最後甘いかも……」

三井「はぁ!?馬鹿じゃねぇの!?行くぞ、

銀月「……感想は、BBSかメールでお願いします。……小躍りして喜びます」