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兄妹物語3


…………ツライ…………。

自分の息が、かなり熱いことにはもう気がついている。
背筋がゾクゾクするからには、結構な熱なのだろう。
加えて、人の多い電車内。
なんとか1つの空いた席に座ったはいいけれど、空気の悪さも手伝って、気分は悪くなる一方だ。
もう、前を見ているのも億劫になっていた。

「…………真奈美、大丈夫か」

「…………ん」

答えるものの、大丈夫じゃないことは、バレバレだろう。
ちょうどその時、私の隣の席が空いた。
紳一が座る。
それと同時くらいに、私は目を瞑った。

「もうすぐ着くから」

「うん…………」

首をマトモに立ててるのもツラくて。

コトン。

私は、紳一の肩に頭を預けた。
少し薄目を開けて、紳一を見ると、驚いたみたいだった。
…………いつも、あまり紳一に触れようとしないから。

「ごめ…………」

「気にするな」

頭を起こそうとしたら、すぐにそう返事が返ってきたので、甘えて、そのままの体制でいることにした。

たくましい肩が、なんだかやたらと恥ずかしかった。



ガチャガチャ……ッ

「ただいま……おい、大丈夫か?」

「ん…………」

「まいったな……今日、親父、出張で、お袋も遅いのか……とりあえず、寝てろ。なにか食い物持ってくるから」

「んー…………」

トントン、と階段を上る。
……が、二段目でバランスを崩して、後ろにひっくり返りそうになる。
あっ、と思ったときにはもう遅くって。
片足は宙に浮いていた。

「…………俺がついていったほうが良さそうだな」

紳一が抱きとめてくれた。
かなり恥ずかしかったけれど、抵抗する力はなくて、そのままズルズルと部屋まで運ばれた。
その後すぐに紳一は下へ降りて行ったので、私はベッドに横になる。
しばらくしてから、制服だったことに気付き、パジャマを取りに、もそもそと移動を始めた。

コンコン。

真奈美。開けるぞ」

「あ…………」

体に似つかないお盆を持って、紳一が入ってきて、タンスに向かっている私と目が合う。

「…………何やってるんだ」

「パジャマ、探してたんだけど……あぁ、そういえば、お母さんが洗ってたかも……」

まだ、洗濯物は取り込んでいないはずだ。
ベランダに向かおうとするが、でっかい手でそれは阻まれる。

「……いいから、寝てろ。俺が取ってくる。……りんご、剥いといたから」

そう言って、お盆をサイドテーブルにおいて、去っていく。
お盆の上のりんご。
ウサギ型でもなんでもない、ただ剥かれたりんご。
…………それでも、食べやすいように、小さく切り分けてある。

ショリ、と一口サイズのりんごを口に運んだ。

水分が、熱くなった体に浸透していく。

真奈美、これ」

今度はノックもなしに入ってくる。
パジャマを私に渡す。
りんごをゆっくりと食べている私を見て、額に手を伸ばした。
スポーツウォッチがぶつかる。

「…………やっぱり、結構高いな……体温計どこにあった?」

「ん~…………わかんない……」

「…………とりあえず、寝てろ」

「うん……着替える……紳一も着替えたら?」

のそのそと動いて、パジャマを引き寄せる。
紳一も、腕時計をはずしながら、部屋の外へ出た。



(いつごろから、意識しだしたんだっけ…………)

ぼんやりと、虚空を見つめたままそんなことを思う。

小さいころからブラコンだった。
でも、いつごろから『男』として見始めた?

(あぁ、そうだ……紳一が中学卒業したときだ……)

寒い日で。
在校生として送る側だった私。
たまたま、第二ボタンをもらった女生徒を見てしまったんだ。
それが、紳一で。
渡すところを見て、なんだかすごく苦しい気分になったのを覚えてる。
そのときは、まだ恋とは思わなくて。
…………思いたくなくて。
何度も心の中で否定したんだ。
だから、そのときはまだ『お兄ちゃん』って呼んでいた気がする。
そうして、学校が離れて、少ししたときに気づいたんだっけ。

あぁ、好きなんだって。

「…………やめよう、こんなこと考えるの」

滅多に出さない、高熱に浮かされているから、こんなこと考えるんだ。
そうだ、そう思うことにしよう……。
すっ、と睡魔が襲ってくるのを感じた。



目が覚めて、時計を見たら、もう10時を過ぎていた。
パジャマは汗に濡れていて、ベトベトしたし、なによりのどが渇いていた。
起き上がろうとすると、額から濡れたタオルが落ちた。
いつも紳一が使っているタオル…………。
消した覚えのない電気が消えてることにも気づいた。

「……相変わらず、甘いんだからなぁ……」

ちょっとだけ笑って、タオルを手に、台所へ向かう。
リビングに、紳一がいた。
でも背を向けていて、気づく気配はない。

(電話中か……)

足音を忍ばせながら(起きていると知ったら、きっと怒られる)私は台所へ向かう。

「…………悪いな、日曜日は、部活なんだ。……祝日は、練習試合が入ってるんだよ」

紳一の声が聞こえる。
…………きっと、女の人から誘いを受けているのだろう。
申し訳なさそうな声で、話す。

「あぁ…………すまない。それじゃ」

受話器を置いて、ふーっと息をつく。
私の存在には気づかないみたいで。

なんだか、無性に寂しくなった。

ふ、と息を吐くと、ゆっくり音を立てないように、2階へあがる。
でも、気づかれて。

真奈美?……起きたらダメだろ」

「ん、のどが、渇いちゃって…………」

「そうか、水、置いておくの忘れてたな……」

「タオル、ありがと。大分楽になった。…………明日、外出れるかも」

「バカ言うな、こんな赤い顔して。…………ほら、さっさと寝てろ」

「ん………でも、私、明日のオフ、泉と映画に行く気だったんだよね……」

「そんなの、俺が今度の祝日にでも連れてってやるから」

…………あれ?
さっき、祝日は練習試合だって。

怪訝そうな顔をした私を見て、具合が悪いと思ったのか、紳一はリビングの電気を消した。

「もう寝ろ」

そういえば、練習試合の日程を、マネージャーである私が知らないはずがない。
…………もしかして、嘘ついた?あの電話の人に。

口元に笑みが浮かぶ。
紳一が見ていないのが、救いだ。

高木には、メールでも打っておけよ?」

「…………うん」

私は、頷いた。

紳一にとって、私は『特別』
『血』という最大にして、最悪なつながりを持った人。
……この世でたった1人の、血を分けた兄妹。

―――私の、想い人。

熱に、浮かされているからだろうか。
なんだか、考えること、行動すること、すべてが変で。
自分が何を行おうとしているのか、わかったけど。
止めることが出来なくなって。

「紳一…………」

「なんだ?」

「…………これから言うこと……熱に浮かされてるんだと思ってくれてもいいから」

言葉を区切った。
熱い、息を吐く。
紳一がこちらを振り向いた。

「…………好きなんだ」

「…………は?」

「好きなんだ、紳一が。……わかる?この意味」

目を見開いて私を凝視する紳一。

ヤバイ。

「忘れて、いいから……オヤスミ」

それだけ口にすると、私は部屋へ入ってドアを急いで閉めた。
そして、その場にズルズルとへたり込む。

ヤバイ。
言ってしまった。
あの顔。
絶対、変に思われている。

言わなきゃよかった。
言わなければ、良かった。

知らずに涙がこぼれてきた。
ベッドにもぐりこんで、風邪による寒気と、してしまったことの後悔から。
私は震えた。

明日、目が覚めたとき、すべてなかったことになったらいいのに。