兄妹物語 「…………っふぅ……」 モップをかけ終えて、私は汗をぬぐった。 部活が終わってからが、マネージャーの大事な仕事。 ボールを磨いたり、モップをかけたり、ナンバリングの確認&洗濯をしたり…… とにかく、部員よりも帰るのが遅くなる。 「…………っよし……帰ろうかな」 手早く着替えて、体育館の鍵を閉める。 すでに闇に包まれた世界。 冷たい風が吹いた。 「…………やっぱり、セーター1枚はきつかったかしら……(汗)」 なるべく風上に背を向けるようにして、さっさと歩き出す。 少しかいた汗が冷えて、これまた寒い。 「あぅ……寒い……暗い……」 「おい」 突如校門から現れた黒い影。 デカイ影に、私は思わず後ろに下がる。 「うわぁ!……って、なんだ。紳一かぁ」 「なんだ、とはなんだ。……ほら、帰るぞ」 「…………あれ?待ってた?もしかして」 「…………今日は上がるのが遅くなったからな。大事な『妹』に何かあったら困る」 「そんな間違いは、絶対ないと思うけど」 「念のため、だ」 「……そっか。……あ、辞書ありがとね?」 「あぁ。ちゃんと勉強したか?」 「…………なんか紳一、今、兄を通り越して、父になったよ……?」 「ほっとけ!」 会話が、途切れる。 ぽつり、と紳一が呟いた。 「……なんで、お前は『お兄ちゃん』って言わないんだ?……小さいころは、少なくとも『紳兄ちゃん』だったのに」 「………………」 「また、だんまりか……」 紳一が軽くため息をついた。 …………わかるわけ、ないくせに。 それ以前に、言えないけど。 「……呼んで欲しいの?」 「ん?…………いや、別にそーいうわけではないが……兄妹としておかしいだろう?」 「……そっか」 それ以上、会話はなかった。 「う〜…………ダルい…………」 翌日の気分は、最悪だった。 昨日、体が冷えて、風邪でも引いたのか、背筋はゾクゾクするし、鼻水は出るし、何をする気にもならない←風邪とはあんまり関係ない 「?……あんた、保健室行ってきたら?」 「いんや……次は、世界史……なんとかがんばる。それさえ過ぎれば、終わりだし」 チーン、と鼻をかんで、机に突っ伏す。 が、すぐに、ビクン、と反応すると、さっと陰に隠れて座り込んだ。 「?……サン?」 「しー!!紳一が来たら、いないって言って!」 「は?来てないよ?」 「」 低く、渋い声に教室が一瞬にして静まる。 は、目をぱちくりさせながらドアへと向かう。 「……牧先輩?」 「、いるか?」 「(わぁお!、ビンゴ!)……いや、ちょっと今いなくって……」 「そうか……これ、アイツに渡しておいてくれるか?」 「はい……わかりました……」 突如現れた学校1の有名人に、教室内は静まり返っていたが、やがて糸が切れたように騒ぎ出す。 「お、俺、初めてあんな近くで牧紳一見た!!」 「相変わらず、カッコいい〜〜!!!渋さがたまんないわvv」 「…………って、本当に牧先輩の妹だったんだな」 よっこらせ、と物陰から腰を上げる。 聞き捨てならない言葉に突っ込みを入れながら。 「どーいう意味かなぁ?…………っと、。サンキュね」 「いえいえ。……はい、コレ。スコアブック?」 「…………あ。渡してたの忘れてた」 パラリ、とめくったページの間から、何かが零れ落ちる。 気づいたのはだった。 「、何か落ちたよ」 「ん?」 「……風邪薬だよ、これ」 放課後でも渡せるスコアブックを、わざわざ中途半端な休み時間に届けに来たワケ。 「やっぱ、バレてたか……」 はぁ、とため息をついて、風邪薬を受け取る。 プチン、と薬を押し出して、そのまま水もなしに飲み込む。 「あっ!こら、ちゃんと水飲みなさい!!」 「平気だよぉ」 「もぅ……ところで、なんで牧先輩が来るのわかったの?」 「え?…………あぁ。紳一、来るとすぐわかるじゃん」 「わからないよ」 そう?と私は疑問を浮かべた。 「靴、入らなくてちゃんとはいてないから、歩くとき、カパカパ音がするじゃん。あれで丸わかり」 そう言われれば、確かに……とは言う。 「でも、普通気づかないよ……すごいね、兄妹パワー……」 「お褒めに預かり光栄ですvv……ってなわけで、私はこれから眠りの世界へ行ってくるので〜……グッバイ」 パタリ、と私は机に突っ伏した。 どれくらい寝たのか。 ふと目を覚ましたときに、まず感じたのは。 …………だるい。 という、ことだった。 少し汗もかいているみたいだ。 なんだか、ベトベトする。 「…………起きたか?」 もう1度閉じかけた目が、その声でこれ以上ないくらいに開いた。 ガバッとものすごい勢いで身を起こす。 「そんな、すぐ起きるなって。……熱、あるんだろ?」 「な、んで……紳一が……」 紳一は読んでいたらしい文庫本を閉じると、私の鞄を手に取った。 「が、が具合悪くて起きないからって、俺のクラスに来たんだよ」 「じゃなくて……今は何時!?」 「あぁ、5時30分を回ったところくらいかな」 「…………!部活は!?」 「休んだよ。しょーがないだろ?」 「別に、1人でも大丈夫なのに……」 「1人で立てもしないぐらい弱ってるのに、そんなことよく言えるな…………」 紳一は、私に向けて手を差し出す。 ごつい、大きな手。 それを見て、うつむく。 さっさと立たないと。 でも、手は取りたくない。 よいしょ、と机に手をついた。 カタカタと震えているのがわかる。 「…………無理するな、バカ」 ぐいっ、と手を取られてひっぱられる。 その力の強さに、なんとか立つことが出来た。 ぱっ、と手を離す。 「…………手、熱いな……相当熱あるだろ」 「な、ないよっ……大丈夫……」 一応強がって、紳一が持っている私の鞄に、手をかける。 が、それはかわされて。 「いいよ。俺が持つ。……ほら、さっさと行くぞ」 「…………うん」 先を行く紳一の後ろを歩いた。 ごめんなさい。 ごめんなさい、神様。 私、血のつながった、実の兄が好きなんです。 ごめんなさい。 ―――ごめんなさい。 |