兄妹物語



「うっわぁぁぁ〜〜〜!!!遅刻!遅刻する〜!!!」

「まったく、朝から……」

「どうして起こしてくれなかったの、お母さん!」

わたわたとネクタイを締めながら、ミニトマトを口に放り込む。

「起こしたのに起きなかったのはアンタでしょ。……お兄ちゃんなんて、1時間も前に出たわよ」

「………あれは完全無欠のロボコップだもん……!」

「ロボコップ……あなた、実のお兄ちゃんを掴まえて……」

「掴まえてなんかない!!……しかも、あんなの、ホスト系ロボコップ!」

「…………それは否定できないわ……」

「でしょ!?……じゃっ、行ってきます!!」

バッタンと玄関のドアをご近所迷惑気味に閉めて、学校へ向かう。

「…………同じように育てたはずなのに、どうしてこうも違いが…………?」

母の呟きを聞くものは、いない。



「…………ギリギリ……セーフ…………」

チャイムのなる数秒前に教室に滑り込んだ私に、盛大な拍手が。

「おー、すごいすごい。校門に姿が見えてから2分!記録更新だよ!」

「……なんのマネかしら、ちゃん?」

「我が親友の、日に日に早くなる足に乾杯」

「嬉しくなぁい!」

大声を上げたのだが……チャイム数秒前に滑り込んだということは、もうチャイムは鳴り終わっていて、SHRが始まっているワケで……

「静かにしろ!!」

「うぁ!…………すみません……」

怒られた。

ちらり、と隣のを見るが、目線を合わせようとしない。

「…………というわけで、前から言ってるとおり、今日の1時限目は英語になる。映像見るから、移動教室だぞ」

…………は?
目が、点になる。

「……さん?……もしかして、忘れてました?」

「……忘れてましたとも……辞書持ってきてないよぉ」

「英語、うちのクラスだけだから、持ってる人少ないよ?」

「…………しょーがない……ちょっとイヤだけど、借りに行ってくる!」

「あ、ちょっと、!」

後ろでの声が聞こえたが、動き出した足は止まらなかった。



「武藤先輩!」

廊下を歩く部活の先輩を見つけて、大声で呼び止める。
先輩は、びっくりしてこっちを見た。

ちゃん?どうしたの」

「紳一、居ますか!?」

「あぁ……牧!ちゃんだぞ」

教室を覗き込みながら、問題の人物を呼んでくれる。
やがて、窓際の席からゆっくりと近づいてくる。

「…………珍しいな」

「お願い!電子辞書貸して!次、英語なの!」

妹である私の頼みを断れないのを知っている。
昔から、紳一は私に甘い。

「ん?あぁ……構わないが……」

「あっりがと……!……そいでは!」

「あっ、!」

走ってすでに離れた場所にいる私は、その声で少しだけスピードを緩める。

「今日の部活、最初は外で走るからな!用意しとけよ?」

「は〜い!!」

「それから!!!」

ちょっと大きくなった声に、立ち止まって思わず振り返る。

「……『お兄ちゃん』……だろ?」

「………………」

「返事は?」

ニヤリ、と笑うとものすごいスピードで紳一の前から姿を消した。

「あっ、こらっ……」

呼び止めようとした牧の手は、むなしく空を切った。



「……と牧先輩って、似てないよね……」

「よく言われる」

わからない単語を電子辞書で検索しながら、私は答えた。

「牧先輩、黒いけど、は黒くないもんね……」

「……肌の色で兄弟を判別しないで下サイ」

「でも、バスケが好きなのは一緒か……」

「親も好きだからね…………」

検索した単語を、カリカリとノートに書き取った。
アカペンで日本語を書く。

「…………あのさ……変なこと聞くけど」

「ん?」

「…………もしかして、兄弟仲、良くない?……呼び捨てで呼んでるし」

ピタリ、と手が止まる。
表示された単語に目が釘付けになった。
そして、ふぅ、と息を吐くと、今まで、電子辞書しか見てなかった顔を、のほうへ向けた。

「……それなりに、仲良いよ?」

「……そっか…………」

「なんだよ、もぅ〜……」

表示された、単語。

"incest"


誰にも、言えないんだ。こんなこと。