まったく、自信がなかったわけじゃない。
むしろ、70%くらいの確率で成功すると思ってた。
相手はいつも話してるヤツで……たぶん、女子の中でも私が1番仲が良かったと思う。
だから、期待していただけにショックが大きい。
私、は、本日午後3時。
同じクラスの清田信長に振られました。
「気持ちは変わる」
女子と男子、性別は違えど共通の『バスケ』という趣味を持った私たちは、入学当初から仲が良かった。
自他とも認める『バスケ馬鹿』
同じレベルで話せる子は女子にいなかったから、なおさらだったのかもしれない。
自然と一緒にいる時間も増えたし、話題が尽きることはなかった。
一緒にいる時間が楽しくて楽しくて、仕方がなかった。
好きになるのに時間はかからなかった。
よく言えば明るい―――悪く言えばがさつな私を、唯一女の子扱いしてくれたのは、アイツだ。
先生に、『は男並みに力あるしな、これ運べよ』って言われたとき、信長が側にいると、『せんせー。は女ッスよ〜。んなもん、このオレ様が運んでやるッスから!』と必ず代わってくれた。
道路を歩くときも、さりげなく車道側に立ってくれたし。
自惚れてたのかな。
1番仲がいいって、そんなの本人じゃなきゃわからないのに。
仲がいい友達から一線を越えたくて、私が出た行動。
『告白』がもたらしたのは、思いもよらない結末だった。
私が好きと、告げると、一瞬信長は戸惑った表情をした。
『冗談』として笑い飛ばそうとしたかのように、ぴくりと動く頬。
だけど、私の真剣な表情に、すぐにまじめな顔に戻る。
そして、困ったような顔をしてこう告げた。
悪い、と、たった一言。
言われた言葉が即座に理解できなくて。
それでも次には脳内を言葉が駆け巡っていて。
なんとかこの場を乗り切ろう、と、頭の中で処理信号を出しまくった。
出た結論は。
「……そっか」
の一言。
そして。
ほんの少しのオマケの涙。
瞬きでごまかすと、私は信長に向かって言った。
「それじゃ、これからも『バスケ仲間』としてヨロシク!……じゃーね!部活あるから」
立ち去ろうとする私を止めてくれるかな―――と、一縷の望みをかけたけど。
澄ました私の耳に届く声はなかった。
あれから3日。
なんとなく気まずくて、信長とはギクシャクした関係が続いている。
おはよう、じゃーね、くらいは言うけど、休み時間ごとに話すことはなくなった。
最初、『ケンカでもしたの?』と、みんなにすごい心配されたけど、今じゃそれももうなくなってきた。
だらだらと過ぎていく日常。
あれほど楽しみだった部活も、学校生活も、なんだか味気なく感じてきた。
今日も、長い授業が終わった。
HRが終わって、さぁ部活にいくか、と教室を出ようとしたとき。
先生に呼び止められた。
「おう、。先生これからちょっと用事あるんでな…………お前の男並みの腕力で、職員室にこれ運んでおいてくれんか?」
「せんせー……私これから、部活……」
もはや私の返事を聞く気すらないらしく、先生は私の手にプリントやらなにやら、いっぱい入ったダンボールを渡し始めた。
ずしりと腕にかかった重みは、よろめくほどではなかったけど、1人で運ぶには少しばかり重過ぎる。
それでも、仕方なく『わかりましたー』と返事をして、自分の教室まで歩こうとする。
と。
「……せんせー、だからは女だっていってるじゃないッスか。かなり重いッスよ、これ」
ひょいっと取り上げられたダンボール箱。
目に映る背中。
「おぉ、清田か。スマンスマン、じゃあお前に頼むな」
「まかせてくださいッス」
そして、すたすた歩き出す信長。
慌てて後ろをくっついていった。
「あ、ありがと。やっぱ、半分持とうか?」
「いーっていーって。どーせすぐだし」
嘘つき。ここから職員室まで、結構距離あるのに。
「ホント?…………ありがと、助かったよ。ちょっとばかし重かった」
「気にすんな」
にかっと笑った笑顔は久しぶりで。
私も、以前のように、にかっと笑った。
ふと信長の表情が止まる。
「…………そーいや久しぶりだな、こーやって話すの」
「あー…………そうだねぇ。…………そうそう、私ずっと言おうと思ってことあったんだ」
信長に緊張が走る。
明らかに、この間のことには触れて欲しくなさそうな雰囲気。
私は喉の奥から精一杯いつもの声を出した。
「…………実はHOOP(バスケ雑誌)買ったときに、アイバーソンのポスターついてきたんだよね」
「えっ!?マジ!?」
驚いて立ち止まって私のほうを見る信長。
「マジマジ。…………いる?」
「いる!!いるいるいる!!!」
「じゃ、明日持ってくるよー」
再び歩き出す私たち。
「………………実はさ、俺も言おうと思ってことがあるんだよな」
「え?」
「……………………NBAの選手の待ち受けがいっぱいあるサイト見つけた」
それを聞いて、今度は私が止まった。
「嘘―――!?」
「ホントだって。…………後で教えてやるよ」
「教えて教えて!!!……くぅ〜〜〜!キッド様もいた!?」
「いたいた」
「ぎゃ〜〜〜!!!すんばらしいよ、そのサイト!!」
「だろ?」
ニヤ、という音がつきそうな笑顔。
その笑顔、好きなんだ。
そして、不意にポロッというんだよ。
「…………あ〜……やっぱ、と話してねェと学校来たって気ィしねぇわ、俺」
だから、それがうぬぼれる原因になるんだって。
私は表面上、精一杯笑顔を貼り付けて『またまたぁ〜』とおどけて見せた。
知ってる?私、少しでも話したくて、歩調ゆっくりになってるんだよ?
信長は重いもの持ってるのに、ちゃんと私にあわせて歩いてくれてる。
そーいう、無意識の優しさが好きなんだ。
「…………っと。どこに置けばいいんだよ……」
「いんじゃない?机の上で」
「いっか。…………おっしゃ、部活行くか」
「行くべ!」
にかっと笑って、体育館へ向かう。
「………………あのさー」
「ん?なに?」
「………………こないだのことなんだけど」
ギクリ、と私の背筋がこわばる。
喉が渇いていくのを感じながら、あぁ、と相槌をうった。
「………………もう、忘れて?ね?」
今までどおり、楽しければいいから。
今までどおり、はなせればいいからさ。
「………………じゃなくて、あー!!!ワッケわかんねぇ!」
イキナリ、頭をぐしゃぐしゃとやりだした信長。
長めの髪の毛が、バサバサと揺れる。
「………………やっぱ、こないだの『悪い』って取り消し!!!撤回!!」
「…………………………………………は?」
「今更、勝手だってわかってる!…………だけど、やっぱ俺、お前がいないとダメだし!」
「………………はぁ?」
早口で言うし、何が言いたいのかよくわからなかったから、私は信長に疑問の目線で問いかけると。
「だーかーら!…………………………俺も……好き……なんだけど……」
好き?
俺『も』?
言葉を発しようとしたけど、あまりの驚きに声が出ないとはこのことで。
ぱくぱくと金魚のように口を動かしながら、指で自分自身を指した。
「…………そ、お前だよ」
真っ赤になりながら、信長は睨みつけるように宣言する。
…………落ち着け。
深く息を吸ってー、吐いてー。
「なにやってんだよ」
「…………何って、深呼吸。…………よし。…………って、一体イキナリなんなの!?……この間は、『悪い』って…………」
「…………この間までは……付き合ったりとかしたら……バスケに支障が出ると思ってたし……彼女とかできても、構ってやることもできないと思ってたし」
「は?」
「でも……よくよく考えてみれば、お前とは今までどおりはなしてれば、構ってることになるかな、と思った。…………それに、なにより…………お前がいないから、俺様のバスケに支障が出たんだ!」
「はぁ?」
「………………お前、さっきから『は?』とか『はぁ?』とかそればっか…………」
「あ、ごめん……だって、他に言う言葉が見つからなくって………………で?なんで、あなた様のバスケに支障が出てんのさ?」
「…………お前がいないと、俺様がバスケに集中できないんだよ、バーカ!!」
バーカバーカ!と続けて言う信長の頭を軽くはたいて、私はニカッとわらった。
「ほっほぅ…………」
「くっそぉ〜、バスケに集中するために絶対女とは付き合わない、って決めてたのに!!!」
「ふ〜ん?で、私を振ったわけだ」
「そーだよ!!!悪かったな!」
「………………でも、今は違う、と?」
「…………違う。…………気持ちって変わるもんだな。俺、お前のことがどんなに好きでも、バスケほど好きにはならないと思ってた」
「気持ちは……変わる……ねぇ」
ふんふん、と頷く私に、イライラしたように信長が近づいた。
「…………で?返事は」
「返事?なんの返事かしらぁ〜?」
信長から視線を外して、あえて言う私に、信長がなんとも言えない表情ではぎしりしそうなほど悔しがってる。
「…………だー!!!俺様と付き合うのか!付き合わねぇのか!どっちだ!?」
ストレートな言葉に、一瞬つまりながらも、私の心は決まってる。
ニカッと笑って。
「付き合うに決まってんじゃん!」
気持ちは変わる。
バスケのことに関しては、あれほどストイックな信長が、私のために変えてくれた。
私の言葉を聞いた信長は、悔しげな表情から、段々と照れた笑いに変わる。
それをみて、私もなんだか照れくさくなって、笑ってしまった。