「うわぁ〜…………」
ポカンと私は口を開けたまま、ヨークシンの中央広場にある教会を見上げた。
…………う〜ん、マンガそのまんまだ(当たり前)
「ぼーっとしてると、置いてっちゃうよ?」
「あ、ままま、待って!」
スタスタと何の手加減もなく歩き出したヒソカの後を、急いで追いかける。
追いついたところで、ヒソカが少し歩調を緩めてくれた。
「どこに行くか決まってるの?」
「一番初めに行くところはねァ」
迷いなく歩くヒソカについていく。まだ早朝だというのに、ものすごい人の数だ。それに比例して、道端でモノを売っている店も多い。
「どこ行くの?」
「もう着くよゥ…………ほら、あそこ◆」
看板に書かれている文字はハンター語でよくわからないけれど、その横にあるイラストで、なんの店か一目瞭然。
「…………ケータイショップ?」
「そゥこれから別々に行動することもあるだろうからね◆にも必要だろ?」
「そりゃ、あったら便利だとは思うけど、そこまでしてもらうわけにはいかないよ……」
ヒソカは私の目をじっと見つめて、わざわざ目線まで合わせてきた。
「何度言わせるんだい?ボクがしたくてしてるんだから、気にしなくていいんだよ◆」
「………………うん」
でも、はっきりいって、私がヒソカにとってそれだけ価値のある人間だとは思えない。
……だから、覚悟だけはしている。
ヒソカに捨てられてしまう、覚悟を。
それは、この世界で他に知り合いのいない私にとっては、目が見えなくなるのと同じような不安。
それでも、きっといつかそれは来るから。
―――覚悟だけは、しておかないといけない。
心に宿った不安を見抜いたかのように、ヒソカがくしゃくしゃと私の頭を撫でる。
私は、無理やり頭の中から不安を追い出した。
「でも、私ハンター語読めないし、メールとか打てない……」
「大丈夫、音声メールシステムも搭載されてるのにするから」
会話しながら店の中に2人で入る。
ヒソカはなんだかいろいろな機種の置いてあるところに行ったが、私は見てもよくわからないので(なにせ、日本のケータイとは果てしなく違う)ぼんやりと見ていた。
「いらっしゃい!これいいよ!今一番の売れ筋!カードサイズの超薄型!!」
店員が、1つのカードみたいなものを持って、私の前に来る。
なんだか、どこかで聞いたようなセリフだなぁ……。
「所在地モードがついて、待ち合わせに便利だよ!」
「あ、いや……」
「、どれにしようか◆」
ヒソカがスッと隣に来て、店員を軽く威嚇。
すごすごと店員はカード型のケータイを持って違う客のところへ行った。
「おー、あったあった!ったく、人が多すぎて店見つけんのにも苦労するぜ」
ヒソカがものすごい勢いで声の方へ向き直る。
私もつられて、店の入り口の方を見た。
「………………ヒソカ!?」
「なんでここにオマエがいるんだよ!?」
………………キルアとゴン!!!
うあぁぁあ!!!突然のご対面に、私、心臓が鐘より3倍は大きく鳴り響いてるんですけど!?センリツが聞いたら、耳塞ぐぐらいの音になってますよ!
「偶然だねゥ」
「偶然って……まさか、また先回りしてたんじゃねーだろうな!?」
「んー、残念だけどそれはない◆」
「…………だよな」
絶句して、立ち尽くしている私にヒソカが気づいた。
「?大丈夫?」
ガクガクガク、と首だけを縦に動かす。
「?誰だ、その女」
あぁ、生キルアの生意気なこの口調!!
なんだかもう、頭の芯がぼーっとしてきちゃいましたよ!!
「彼女は◆訳あって、ボクと今、行動を共にしてるゥ」
「はあぁぁぁ!?おい、アンタ!アンタ見た目普通そうだから言っとく!やめとけよ、コイツ、メチャクチャなヤローだぜ!?」
「あ……知ってます」
ズコッとキルアがこけた。
「なら、なんで……」
「ボクの教え子だから」
2人に緊張が走るのがわかった。体の周りを包んでいるオーラが大きくなったから。
その場の気温がスッと下がる。
……でも、2人ともたっぷり5秒私を見つめてから、構えを解いた。
「…………でもアンタ、そのワリに強くはねぇな」
「キルア!ゴメンね、初対面なのに」
「おい、待てよゴン。……強くはねぇが、変な感じがするぜ?念も使えるみてーだし」
「…………それは、オレも思った、けど……」
「………………くっくっくゥやっぱり、君たちはいいねェァうん、ボクの見込んだとおりだ◆くっくっく……ゥ」
キルアとゴンがザッと後ろに下がる。大分この笑いに慣れた私だけど、やっぱり半歩ぐらい離れた。
「…………ヒソカ、お願いだから、全国の腐女子を喜ばすような発言しないで……」
「?喜ばす?……でも、君たちの感性にはまったく、驚かされるばかりだァ」
「ってことは……コイツ、それなりのヤツってことだな?」
「今はまだ言わないでおこう◆で?君たちがここにいる目的はなんだい?」
「あ!そうだ!ケータイ!キルア、どーゆーのがいいの?」
「ったく、オマエ、本当になんも知らねぇんだな。……おい、ヒソカ。テメーはなんでここにいるんだよ」
「彼女のケータイを買いにねゥ、どれがいい?」
「どれがいいって言っても……よくわかんないよー」
ヒソカは、んーと上を見上げた。
……悪いけど、私がこの世界で、まぁギリギリ知ってる(と言えるかわからないけど)ケータイは、さっきのカード型のケータイと、ビートル07型だもん。しかも後者は高い。でも、口に出したら、ヒソカ、絶対買ってくれちゃうんだから、絶対言わないでおこう。ただでさえヒソカの金銭感覚はおかしいし。
「いらっしゃい!これいいよ!今一番の売れ筋!カードサイズの超薄型!!」
後ろの方で、さっきと同じセリフ。
私は、すぐに反応して後ろを振り向いた。
……これが、キルアとゴンに向けて言われているのなら、予定では、レオリオが来る、はず。
案の定、店員に勧められているのは、キルアとゴン。
「それはやめとけ。使えねェ国がけっこうあるし、防水でもねーし、完全に電話だけかける人用だ」
!!!レーオーリーオー!!(壊)
「レオリオ!」
ヒソカも一緒に3人の再会を見ている。…………この際、ヒソカの体が嬉しそうにゾクゾク震えているのは、見なかったことにしておこう。うん(でも後ずさり)
「オレのお勧めはビートル07型。少し重くて値も張るが全世界対応、屋外での圏外なし。200種類の民族言語通訳機能付き。TVも見れるし録画も出来る」
「え!?マジ!?ゴン、これにしようぜ!オレも買う!」
わー、マンガそのままのセリフってなんだか、ちょっと嬉しい……感動を覚えた。
「いいね、あれ◆、あれにしようかゥ」
「え!?ちょ、ちょっと待ってよ、ヒソカ!」
原作をあっさり無視して行動してくれる、気まぐれなヒソカ。
レオリオの顔がこっちに向いた。……あ、やば。目が合った。
キルアとゴンもこっちを見ている。
「ヒソカ!?なんでテメーがここに……」
レオリオのセリフをさえぎって、ゴンがなにやら嬉しそうにこっちへ来る。
「も同じのにするの!?」
「や、私は安いのでいいんだけど……ヒソカが買う気マンマン……って、ヒソカ!高い!高いでしょ、それー!!!」
もうすでに、ビートル07型しか目に入っていない。
いろんな色を見比べている。
「…………おい、キルア。あのお嬢さんは誰だ?なにやら、ヒソカと親しげだが……」
「ヒソカの教え子だってさ」
「ヒソカの教え子!?あんな普通そうで可愛い子がか!?」
「ま、ヒソカの教え子っつっても、戦闘能力は、はるか俺たちに及ばないけどね。……おい、ゴン!ビートル07型でいいんだな!?」
「うん!!じゃあさー、のも一緒に買おうよ!3個いっぺんに買ったら、安くしてくれるんじゃない?」
「でも……ねー、ヒソカー!!それ高いよー!!違うのにしようよ―――!!」
「じゃ、ゴンたちの分と一緒に買おうかゥそうすれば、少しは安くなるだろう?」
「それでも、高いって!!私、安いのでいいからー!!」
「ダーメ◆安いのはそれなりの機能しかないからね……、何色がいい?」
ダメだこれは…………もう、ヒソカの頭にはビートル07型のことしかない。
私は諦めて、ヒソカの手にズラリと並ぶカブトムシを見た。
「………………赤がいい……」
「うん、わかったゥ」
「が赤かぁ……キルア、何色?」
「俺はシルバーにする。ゴンは?」
「ん〜…………じゃ、こっちの白いのにしようかな。同じ色じゃ間違えちゃうしね」
「よっしゃ、俺の出番だな。おっちゃん、これいくら?3本で60万ジェニー?たけーよ!3本で12万!!」
うわー、レオリオの値切り術が始まったぁ…………。とんでもない金額で言い始めるレオリオ。ギャラリーが集まってきた。
「……しょーがねーな……1本、11万580ジェニーって言うんだけど、どーよ?」
「お、俺は全然問題ないよ!」
「ボクも、それだけ下がっていれば問題ない◆いいよね??」
「…………うん。ありがと!」
にっこり笑顔のヒソカと、半泣きの店員が対照が印象的だ(笑)
お金を払いに行ったキルア、ゴン、ヒソカ。残されたのはレオリオと私だ。
「君、ヒソカの教え子なんだって?あ、オレはレオリオっていうんだ」
「あ、はじめまして。って言います。教え子って言っても、まだまだひよっ子とも言えないんだけどね」
そういうと、レオリオは声を潜めてツツツ、と寄ってきた。
「……こう聞いちゃなんだけど、ヒソカとどーいうつながり?」
「…………んー……保護者?身元引受人?……師匠?……なんだか、どの言葉も当てはまるようで、当てはまんない……なぁ」
「保護者?あいつがか?」
「うん。今もそんな感じじゃない?……怖い人だってのはわかってるんだけどね、なんだかもう……お父さんみたいな感じになってきたかも」
「誰がお父さんだって?」
ぐいっと首に手を絡められて、後ろから抱きしめられた。
「わぁ!?」
「んー、誰がお父さんなのかな?……ハイ、ゥ」
「あ、ありがと……」
ビートル07型を手に取る。ずっしりと重たいけれど、なかなか……可愛らしいじゃないか、カブトムシ。
「で?誰がお父さんだって?まさか、ボクだなんて言わないよねぇ?」
「…………ひ、ヒソカ……目……目が笑ってないよ……」
「ごまかさないの◆まさか、こんなにのことを想ってて、大事にしてる男がお父さんだなんて、言わないよねぇ?」
「…………やっぱ、オマエらそーいう関係……」
「ちっがーう!!!レオリオ!変な誤解しないでぇぇ!違うの!本当に違うの!」
「…………そんな全力で否定しなくてもいいのにでも、ボクがを想ってて大事にしてるのは、本当ゥ」
な、なーにを言い出すのですかね、このヒトは!!
は、恥ずかしくて顔が上げられないじゃないですか!
「…………おっと、こんなところで思わぬ時間を使ったな……そろそろ行こうか、◆」
「ちょっ、オイ、待てよ、ヒソカ!お前、今日ココでなにかするんじゃ……」
言いかけたキルアの横を、ヒソカの投げたトランプが通り過ぎる。
キルアの動きが、止まった。
「今、それは君たちに言うことじゃない君たち自身の目で確かめるんだねァ……さぁ、行こうか、?」
「あ……うん。じゃあね、キルア、ゴン、レオリオ!」
「……あ……じゃあ、……これ!」
「?」
「オレの番号!これでメールも出来るからさ。ここで会ったのも、なにか縁ってね!」
「…………うん!ありがと〜!じゃ、後でメールするね!」
「あ、ゴン、ずるいぞ!!これ、オレの番号!ゴンに送るんだったら、オレにも送れよな!」
「じゃ、ついでに俺のもvvちゃん、仲良くしようなvv……おい、ヒソカ……そんな殺気出すなよ」
「みんな、ありがと!じゃ、後でメールするね!」
ヒラヒラと手を振って、3人と別れる。
ちょっと不機嫌で早足のヒソカに、頑張って合わせて歩いた。
「…………ヒソ……」
「!」
「はい!」
言葉をさえぎられて、突然話しかけられたものだから、ビックリして直立不動になってしまった。
「…………一番初めに入れるのは、ボクの番号だからね?」
と、私のケータイをとって、さっさと自分の番号を入れだした。
そして、ポン、と私に渡す。
『No.01 HYSKOA』
と、文字が表示されていた。
あ。英語表示が出来るんだ。これなら、読める。
「これ、押せば登録できるんだよね?」
コク、とヒソカが頷いた。
私は、ためらいなく決定ボタンを押す。
「ヒソカが1番ね。この文字なら、私読めるから、ヒソカにはいつでも連絡できるよ」
ヒソカがやっと満足そうな顔を見せた。
「ハンター語じゃない文字なら読めるのかい?」
「私の国の文字じゃないけどね、違う国の文字だったの。それ、私勉強してたから。……メモリ01でも、ヒソカに連絡できるのね。……ねぇ、メールの音声モードって出来る?」
「あぁゥ」
ポチポチと操作して、ヒソカがメール画面を開いてくれた。
音声入力モードなので、通話口に向かって言えば、それが文字になってくれるらしい。
ヒソカがじっと見つめるので、なんとも言いにくい。
「…………ヒソカ、ちょっと向こう向いて耳ふさいでて」
「なんで?」
「恥ずかしいから!」
ヒソカはニヤッと笑うと、後ろを向いて、耳を塞いでくれた。
私は、通話口に向かって小声で呟く。
「………………どうもありがとう、ヒソカ。これ、ずっと大事にするからね」
ポチ、とボタンを押した。
ヒソカが送られてきたメールに気づく。
あー、恥ずかしい!
ヒソカがこちらを向く前に、今度は私があさっての方向を向いた。
すると、買ったばかりのケータイが振動する。
慌てて、画面を見た。
ハンター文字だから、よくわからないので、音声モード(この文字の羅列だけは覚えた)にして、メールを読ませる。
「どういたしましてゥ…………ボクがを大事に思ってる、って言うのは嘘じゃないからね◆」
気まぐれで嘘つきなヒソカの言葉だけど、私は、信じたいと願った。