マンガを読んでたときは、

本当にヒソカは不気味でなにを考えてるかわからない。

そんな存在だった。

今は

…………やっぱりかわらず、なにを考えてるか、わからない。

少なくとも、思ってたよりすぐに『人を殺す』人じゃなかったけどね。






「今日はこの辺で野宿にしようか

あぁ、お母様。
ハンター世界の第一夜は、ヒソカと野宿で決定みたいです。
ど、どどど、どうしよう。
嬉しい度100、怖い度160ぐらいなんですけど〜〜〜!!

「うん…………」

「近くに湖があったからね◆水浴びでもしておいでよ

「……覗かないでよ?」

「もちろん見るときは堂々と真正面から見るよ

「それもイヤ!!……………ところでさー……」

私は、あたりをきょろきょろと見回した。
それほど高低差もないし、歩きにくい道でもない。ただ、ひたすら距離がながいだけなのだけど…………。

「なんだい?」

「なんで、すぐにここを離れなかったの?ヒソカの足なら、こんな山、ひょひょいっと越えられるんじゃない?」

「んー、そうだねぇなんでだろう?」

「イヤ、私に聞かれても……で、ここから動かないの?」

「んー……僕についてくるのは、まだ君にはキツイだろう?……それに、まだまだ時間はあるし◆ゆっくりと君に体術の基本でも教えながら、行くとしようそうださっそく始めようか◆」

「じゃ、今、水浴びしても意味無いじゃん……」

「それはそうだ

トランプをマジックで消しながら、ヒソカは私の前に立った。
先ほどの殺気は、感じない。
でも、やっぱりなにか嫌な感じがする。これは、念?

「ヒソカ……なんか、嫌な感じがする……」

「くす……やっぱり、面白い子だねでも、これを教えるのはもうちょっと先◆……本当は、基礎の基礎である体力づくりからはじめたいところだけど、時間的に余裕がないのも確かだ今すぐにだって、襲われる可能性はあるからねまぁ、運動能力でなんとか今はカバーできるだろうし……さっそく基本の体術からはじめよう今から、ボクがやるとおりにやってみて最初はゆっくりでもかまわないから◆」

ヒソカが、ひゅっと足を上げて空を蹴った。
何気ない動作だったけれど、空気を切り裂くような音がして―――事実、触れてもいないのに、近くにあった木の幹にスパッと切れ目が入った。

みようみまねで、ゆっくりと足を上げて、空を蹴ってみる。
ぶんっという音がした。それだけ。

「……うん、やっぱり、運動能力は大したものみたいだね◆初めてにしては上出来だ

「……ほめられてる気はあんましないけど……光栄です」

「じゃ、その蹴りをまずは200本

目が、点。

「に、にににに、200本〜!?」

「うんじゃ、いくよー?いーち

ブンッ。

「にー

ブンッ。

「さーん◆」

こうして、私はこれから数時間、とっぷりと日が暮れて夜になるまで、ヒソカに基本のメニューを教わったのだった。
最後のメニュー、回し蹴りの200本目が終わったあと。
私は、ずだっと崩れ落ちた。
ひゅー、ひゅー、と息が肺から漏れる。

「し、死ぬ…………」

「なんだかんだいって、しっかりメニューやり遂げたね

そう、私はヒソカが簡単に呟く、殺人的(いや、もはや殺人レベル)メニューをやり遂げたのだ。
不思議なことに、日本にいたときよりも、体力もついてたみたいで。素晴らしいオプションだとは思うけど、きついことに変わりはない。ヒソカいわく、すばやさ、ジャンプ力、体力ではこちらのアマチュアハンターにひけはとらないらしいけどね。

「それじゃ、今日はここまでにしよう◆水でも浴びておいで

「この、状……況を見て、それが、言えるの……?」

「じゃ、ボクが先に浴びてきちゃうよ?」

「……どーぞ……(髪おろした、ヒソカも見たいし)……」

くすりと笑って、ヒソカはさっさと湖の方へ歩いていった。
私は、コロンと寝返りを打って、大の字になった。
夜空に星が、いっぱい見える。

肺から漏れ出るように出てた息は、大分整った。
それでも、まだ肩が大きく上下していたけれど。

気がつかないうちに、うつらうつらとしていたらしい。
私は、肩を揺り起こされる感覚で、意識を取り戻した。

「水、浴びてきたら?さっぱりするよ

………………………………。
やっば……カッコい〜…………。

ヒソカ、髪の毛下ろしたら、普通の……いや、カッコイイ男の人じゃん!!画面で見たよりカッコイイ!!

「くすっ……見とれてるのかな?」

「!!ちがっ……くはないけど……!……じゃ、お言葉に甘えて、行ってきます!」

「暗いから足元を……って、あぁ

すでにふらついて(これは疲れのためよ!決してヒソカにぼーっとしていたわけじゃない!)、ゴンッと木に頭をぶつけている私を見て、ヒソカが笑った。

「足元を良く見るんだよ?」

「…………あーい…………」

少し歩いたところに、小さな湖があった。
湖というよりは、池、という方がいいのかな?
きょろきょろと一応あたりを見回してから、服を脱いだ。
ちゃぽん、と足をつけると、やっぱり水で冷たい。
でも、体がベトベトしているので、冷たさ以上にベトベト感を拭い去りたかった。
思い切って、足をつける。

うひぃぃぃ〜〜!!寒い〜〜〜!!

ブルッと震えがくるが、それでも我慢して、水浴び。
どうにか全身を洗い流したところで気づく。

…………タオル、なーいじゃーん……服もなーいじゃーん…………。

ちらり、と脱いだ服をみる。

埃まみれ。汗まみれ。

……イヤッ!絶対着たくない!!

かといって、裸で戻るわけにもいかないし…………。

「…………おーい、ヒーソカー……」

小声で言ってみた。

…………聞こえるわけないか。

ちゃぷ、と水の中に顔をつけて、私は悩んだ。
さて、どーしようか……。

「呼んだかい?」

スッピンヒソカ、現る。

ザブンッと思わず水の中に落ちてしまった。
鼻の中に水が入って、痛い!

「げほ、げほげほ……ッ……ひ、ヒソカ!?」

「呼んだだろう?どうしたんだい?」

「あ……聞こえてたの?」

「もちろんこの静かな森の中じゃ、ね◆……で、なんの用だい?」

「…………タオル、とか……替えの服とか、持ってる?」

あぁ、とヒソカがぱっとマジックの要領でタオルを出してくれた。

「んー服は大きめの……つまりはボク用のしかないんだけど、それでもいいかい?」

「もち!……で、あの、ヒソカ」

「ん?」

「近づきすぎ!……って、言ってる傍からこっち来ないで!」

「はいはい……じゃ、ここにタオル置いておくよ?」

「うん!ありがと!」

面食らったような、ヒソカの顔。
しばらく固まったままだった。

「……ありがと、ね……くく………◆」

「?……ヒソカさん?」

「…………ありがとうなんて、言われたの……くくくく………

「……こーわーい……ほら、早く向こういって〜!!」

ザッとヒソカが姿を消してから数十秒。
ゆっくりと水の中からあがって、タオルで手早く拭いて服を着た。
……ちょっと(いや、かなり)やだけど、奇術師の服。つまり、ヒソカとペアルック。

…………ちょっと、泣きたくなってきた。
ぶかぶかだし、かっこ悪いことこの上ない。ヒソカが着てれば問題ないんだけどねぇ〜……。

自分の服もきちんと水洗いして、ぶんぶんと振り回し、水気を切りながら私は元の場所に戻った。
ちなみに、真っ暗な山の中で見えるのは、数え切れない星と満ちた月のおかげ。きっと、月がなければ私はこの暗闇を歩けないだろう。

「ただいま〜……あれ、焚き火」

「おかえり水浴びは寒いだろう?それに、夜は冷えるし

よいしょ、と私はヒソカの真正面に座って、近くにあった木の枝に、自分の服をかけた。
沈黙。

「……ねぇ、変な質問してもいい?」

「なんだい?」

トランプを手の中で操りながら、ヒソカが答えた。

「………………なんで、私を殺さなかったの?」

「…………さぁ?なんか面白そうだったし◆事実、『未来を知ってる』面白い子だからね

私は、次に言いかけた言葉を喉でとめた。

『私を、殺す気ある?』

怖くて、聞けない。
きっと、答えはYESだろうから。

「あ、そーだ明日はメニュー増やすからね

「げ。」

「あ、今日はやらないけど、体力づくりもちゃんとやるから明日から腕立て腹筋背筋……んー最初は各50回から行こうか

にっこりと女の子がクラリとするような笑顔。
この男……いろんな意味で私を殺す気じゃないだろうか。