ヒソカに手を振って、私はまっすぐ歩き続ける。
話す相手がいなくなったので、なんだかアイスを持っているのが異様に恥ずかしくなった。
…………早く公園着いて、座って食べようっと。
心持ち歩調を速める。
本当はもうちょっと速くしたいんだけど……さすがに昼間のこの時間帯は混んでいるので、思うように前に進めない。特に、横1列になって歩いているギャルたちにはちょっとムカついた。

ブブブブブブ…………。

手に持った荷物から、振動が伝わってくる。

私は慌ててアイスを持ちかえて、携帯を取り出した。

いつまで経っても鳴り止まない振動。……ってことは、電話だ!
ポチ、と通話ボタンを押して耳に押し当てた。

「もしもし?」

『……も……し……ッ…?……!』

人込みの喧騒で、全然声が聞こえない。
かすかに聞こえてくる声からして、ヒソカだとは思うんだけど。

「もしもし、ヒソカ?…………んー、ちょっと聞こえづらいから、場所、移動するね」

『……い……ら……をつ……て……』

あぁ、もう。本当に何を言ってるんだかわかんない。
私は辺りに目を走らせて、ちょうど人が少なさそうな細い路地を見つけた。
人込みをかいくぐって、その路地に移動する。
ようやく少し静かになった。

「もしもし、ヒソカ?なに?」

『も……もし?……!?』

ビックリした。
ヒソカの焦った声なんて、初めて聞いたから。

「どうしたの!?つけられてるヒトとなにか…………ムグ!?」

なに!?
パニックになって思わず携帯を落としてしまった。

「……おじょーちゃん、ちょいっとばかし、おとなしくしててもらうぜ」

真後ろから聞こえてくる声は、おそらく中年のおじさんのモノ。
それを裏付けるように、目の前には黒ずくめのおっさんたちが数人現れた。

「…………おい、コイツで本当に間違いねぇだろうな?」

「あぁ。…………ホテルでは部下が世話になったな」

ホテル…………もしかして、あのイキナリ乗り込んできたヤツらのことか!!

「こんな小娘が、旅団と繋がってるたぁ思えないが……」

思い出してるまもなく、1人の太った男が私に近づいてくる。
……と思ったら、突然何を思ったのか、男は拳を振り上げた。
それと同時にお腹に来る、衝撃。
ヒソカとの訓練のおかげで、拳が来る、っていう呼吸がわかった。だから殴られるっていう覚悟をしていたので、気を失うことはなかった。
とっさに少しだけ腰を後ろに引いて衝撃を緩和し、さらに腹筋でガードしたのも幸いしたのだろう。
だけど、痛いことに変わりはないし、状況が変化したわけでもなかった。

「俺たちリオグラート組をナメておいて、マトモに生きてられると思うなよ?」

ゴッ……。

もう1撃。
今度は、痛みのために感覚が鈍っていたのか、少しだけ腹筋を使うタイミングがずれたおかげで、さらに衝撃が内臓を痛めた。
う…………内臓がひっくり返って口から出てきそう…………(汚)
痛みのために、まともに精神が集中できなくて、練も出来ない。
練ができれば少しは衝撃が緩和されるのに!

「おい、顔は殴るな。適当に痛めつけたら売り飛ばすからな」

売られてたまるかぁぁぁ!
私はまだまだこの世界で楽しみたいんだ!ヒソカと一緒にグリードアイランドにも行ってみたいし!!この先どんな風な未来になるのか、この目で見たいんだぁぁぁ!!!
ギリ、と奥歯を噛み締めて、私は渾身の力を込めて、肘を後ろの男に打ち込んだ。

「がっ……!?」

少し緩んだ拘束。
即座に体を反転させて、よろけた男にこの世界に来てから毎日訓練し続けた蹴りを入れた。
吹っ飛んだのをみて、私は目の前にいる複数の男に向き直る。

「このガキ…………!!」

迫ってくるのを冷静に見ながら、私は練を発動させた。
もはや本を呼び出してる場合じゃない。
呼び出してページ捲ってる間にやられるっつの!

本当は強化系は大の苦手だ。
オーラの絶対量が少ない私は、あんまり自分の肉体を強化できないから、どうしても接近戦では不利になる。
でも、今の状況じゃやむをえない。

男の1人が繰り出してきたパンチを避けて、カウンターで蹴りを入れる。
その隣の男が懐に手を入れるのをみて、そのまま流れで回し蹴りを入れた。
練で少ないながらも強化された私の蹴りに、軽々と吹っ飛ぶおじさんたち。

ズキズキと痛むお腹をさすりながら、私は残りの男たちと対峙した。
…………全員倒さなくてもいい、少しの隙があれば逃げ出して、ヒソカと合流するだけでいい。
私は震える膝に喝を入れた。

山中で遭ったクマに対するように、私は視線を外さずに、ジリジリと後退する。

相手も出方をみているのか、視線を合わせたまま何もしてこない。

…………それなら…………。

ボッ。

私は本を出現させた。

なんでもいい、開いたページの生き物が呼び出せれば……!

だけど、その本が、相手の行動の引き金になったらしい。

「ヤツが持ってる本は危険だ!使われないうちに倒せ!」

ホテルでの出来事を覚えていたのだろう、一斉に踊りかかってくる男たち。
距離があるから大丈夫、避けられるハズ!
本を発動させるチャンスは、攻撃が空振りになったその一瞬!

私はグッと地面を踏みしめて後ろに大きく跳ぼうとした。

跳ぼうと…………。

視界が、空を映す。

ズダンッ!と激しい音がして、ようやく自分が倒れたのだとわかった。
息が、つまる。

なんで倒れたのかわからず、混乱する。
息ができなくて、練が自然と解けてしまった。

「…………な……?」

私の足首をつかんで笑うのは……一番初めに倒したはずの男。
…………気絶してなかったのか。

「小娘が……ッ!」

ピン、と小さな音がした。
折りたたみナイフを組み立てた音らしい。
男が持っているナイフが、かすかな光を伴って私の目の前にさらされる。

絶体絶命……っていうヤツですか……?

足首は男に固定されている。自由になる上半身も、引き倒された衝撃でいうことを利かない。

白い刃が迫ってきた。

「くっ…………」

少しくらいの傷を覚悟で上半身を大きく移動する。
恐らく心臓を狙っていただろうナイフは、逸れて私の左のわき腹付近をえぐった。

「うぁっ………!」

熱い感覚と共に、脈の速度で痛みが頭に響く。
致命傷じゃない、だけど、かすり傷ってワケでもない。
熱い塊を押し付けられたように痛みは増大して、それに反比例して意識は朦朧としてくる。

ダメだ、ここで気を失ったら……!
閉じそうになる目を無理やり開こうとする。

!」

少し離れたところから聞こえてきた、聞きなれた声。
あぁ…………ヒソカだ。
ヒソカが来てくれたなら大丈夫。
安心して……平気。

………………私の意識はプツリと途絶えた。




地面に倒されているを見つけた瞬間、全身の血が沸騰した。
は、やってきた自分を見て安心したのか、意識を失ったらしい。
パタリ、と力なく手が地につけられたのを見て、熱くたぎった血が頭に集結した気がする。
1つの跳躍での足首を拘束している男に近づくと、片手で引き剥がして壁に叩きつける。
ナイフを持って呆然としてる男の顔面にパンチを叩き込み、離れたところにいる男たちには、トランプを投げつけた。

その間、2秒。

もはやなにも言わなくなった男たちには目もくれず、倒れこんでいるに駆け寄った。
地面に流れる血。
頭に上った血が急速に冷めていく。

指先が冷たくなる。

出血が激しい部分―――左のわき腹の服を引きちぎると、傷口を確認した。
致命傷というわけではないが、軽傷、と呼ぶには酷すぎた。このまま血が流れ続ければショック症状を引き起こす。
ビリ、と自分のシャツの袖を引きちぎると、それに念をまとわせる。
伸縮自在の愛[バンジーガム]で傷口に貼り付けた。
とりあえずそれで出血だけは抑えられる。

ぐったりしているの体を抱え上げると、近くに落ちていた携帯を拾って、傍のホテルへ駆け込んだ。




明らかに酷い怪我をしている人間を腕に抱えながら、ホテルへ泊まろうとする端整な顔立ちの男に、受付係は一瞬訝しげな顔をした。
説明するのももどかしく、ヒソカがハンターライセンスを見せると、すぐに最上級のロイヤルスイートルームへ案内する。

キングサイズのベッドにを寝かせると、汗と血で張り付いているシャツを破るように脱がす。
白い肌が血やらなにやらで汚れている。
ヒソカはまず、キレイな布を水に浸して傷口を拭き清めていくところからはじめた。
慎重に血を拭っていく。
伸縮自在の愛[バンジーガム]で貼り付けた布もゆっくりはがし、今度は自分の手から念を発して傷口に貼り付けて出血を抑えた。

「うっ……」

傷口に布が触れたとたん、がうめき声をもらす。
痛みで意識が戻ったらしい。

「ヒ……ソカ……?」

虚ろに宙を彷徨う目に、ヒソカは片手を当てて閉じさせる。

「大丈夫

その言葉でまたの意識は深く沈んでいく。
力が抜けた体。
ヒソカは傍らに置いてあった携帯に手を伸ばすと、迷うことなく1つの番号を導き出した。
長い長いコール音の後、不機嫌そうに答える声。

「…………マチ、まだヨークシンにいるんだろう?」

どちらともつかない返事。
だが、ヒソカは妙な確信を持っていた。

「…………が刺された念糸縫合を頼みたい

即座に場所を問う声が帰ってきた。




の傷口を見たマチは、少しだけ眉をしかめると、すぐに針を手に取った。
じっと患部を見たかと思うと、次の瞬間すさまじい速度で縫合していく。

「…………なんでが怪我をしてるんだ」

「…………前に狙われたマフィアの連中に目をつけられていたらしい

縫合を終えて、プツリと糸を切ったマチは、針をしまいながら呟いた。

「………………なんていう連中だい?」

「さぁ?聞く暇も与えずに殺っちゃったからね…………でも確か……リオ……なんとか、っていうトコじゃないかな◆」

マチの方を見ずに、露になったの体を隠すように布団を肩までかけてやる。
額の汗を拭ってやり、水に浸したタオルを乗せた。

「…………そう」

呟いたマチの表情は、読めない。

だから代金はいい。目を覚ましたら連絡しろ、とだけ言っておいて」

「わかった…………助かったよ◆」

「…………それと、コレ」

去り際に、マチはパラパラと薬をサイドテーブルに置く。

「痛み止めと睡眠薬。痛み止めは1回2錠。睡眠薬は痛みで眠れそうになかったら1錠だけ飲ませてやんな」

「ご丁寧にどうも◆」

じゃあ、とだけ言って、マチは去っていった。