合流
携帯のボタンを押す指が震えてるのに気づいた。
そのときになって、自覚した。
あれが私の、死と直面した、初めての『戦闘』だったのだと。
私自身に向けられていた、銃。
ちょっとでも指が動いていたら、私は今、この場にいなかったかもしれない。
ゾクッ、と背筋を悪寒が襲った。
…………怖かった。
今なお震えている指で、ヒソカの携帯ナンバーを表示させ、通話ボタンを押す。
プルルルル、とコール音が鳴る。
もしかしたら、出てくれないかもしれない。
そうしたら、どうしよう。
軽い恐怖感は、コール音が鳴るたびに募る。
1回……2回……3回……プツッ……。
『ゥ初めての電話だねぇァ嬉しいよゥ』
ヒソカの声が、耳に届いた瞬間―――肩の力が、ゆっくり抜けた。
張り詰めていた緊張感がほぐれ、ストンとその場に座り込んでしまう。
「……ヒソカ?」
『うん?なんか、声が暗いねぇ……どうしたんだい?』
「…………あのね……」
ホテルが襲撃されたこと、マフィアが部屋に乗り込んできたこと、念を使って倒したのはいいけれど、部屋にはマフィアが転がってるし、メチャクチャになってるから、ホテルの外へ飛び出したこと、それを一気に早口でしゃべった。
私の話を黙って聞いたヒソカは、開口一番、こう言った。
『ケガはないかい?』
―――身体が、喜びに震えた。
なによりもまず、私のことを気遣ってくれたのが嬉しかった。
私は、思わず電話だというのに思いっきり頷いた。
『そうか、よかった◆』
その言葉に、私はまたも感動する。
…………あのヒソカは、誰か他人のことを心配してるなんて。
しかも、その他人が私自身だなんて。
不覚にも零れそうになった涙を堪えて、これからどうすればいいのか、とヒソカに相談した。
『今ドコにいるかわかるかい?』
ヒソカの言葉に、慌ててあたりを見回す。
ホテルを飛び出してペガサスに乗ったまま……だけど、あまりにも目立ちすぎるから、すぐに適当な裏路地に着地したんだ。
けど、ここがどこかは把握できてない。
とりあえず、目に付いた看板などを次々に言ってみると、ヒソカはそれだけでわかったらしい。
『わかったそこから動かないで待ってるんだよァすぐに迎えに行くからゥ』
「えっ?……でも、今、旅団の仕事中じゃ……」
『大丈夫、今は暇だからァ』
暇とは言われても……。
少し迷ったが、それでも私はヒソカが側にいてくれることを選んだ。
「…………ホントにいいの?」
『大丈夫だよ◆』
「…………ありがとう、ヒソカ。……ホントは、ヒソカに会いたかったんだ」
会うだけでもきっと安心するから。
そう言うと、なぜだかものすご〜く嬉しそうな声で、うん、と返ってきた。
『じゃ、また後で』
ピッとボタンを押して、通話を切る。
ふぅ、と息を吐いて、足を抱え込んで体育座りをした。
…………腰が抜けて、立てなかったんだい。ほっといてくれい。
疲れた、なぁ……。
座り込んだまま、私は漠然と身体のだるさを感じていた。
念を使ったからかな?でも、そんなレベル高くなかったよなぁ……。
「…………こんなところで座り込んで、どうしたんだい?お嬢ちゃん」
ごくごく近くから聞こえた声に、ハッと意識を向けた。
目の前に、2、3人の男たち。
マフィアじゃないみたいだけど…………いわゆる、あまりお近づきになりたくない街のチンピラって感じ。
距離は、ないに等しい。
しまった、と心の中で舌打ちをした。
こんな近くに来させる前に、気配を悟っておくべきだったのに。
わかっていたら、こんな近くに来る前に、立ち上がって警戒ぐらいしていたのに。
―――先ほどの戦闘で、わかったことがある。
あれが、命のやり取りをする戦闘だったから、わかったことがあった。
自分の能力の―――弱点。
「具合でも悪いのか?……だったら、オレたちが連れてってやるけど?」
どこにだよ、と下品な笑いを浮かべた男を一瞥した。
「立てねェんだったら、そのまま抱えてやっても……」
腕を伸ばそうとした男の頬に一筋のきらめき。
カッ!!
私が寄りかかっている壁に、トランプが突き刺さった。
「、迎えに来たよゥ」
いつの間に来たのか。
ヒソカが、男たちの手をねじり上げながら、笑顔でそこにいた。
「ヒソカ!」
嬉しさのあまり、私は男たちを押しのけ、ヒソカに抱きついた。
ヒソカもさすがに驚いたのか、男たちの腕を離してしまったらしい。男たちは悲鳴を上げながら逃げていった。
「遅くなってごめん◆…………どこも、ケガはないようだねァ」
ヒソカも、抱きしめてくれて頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「うん!…………だけど、ちょっと疲れたかも」
「初めての戦闘だろう?無理もない…………さて、と◆行こうかゥ」
荷物をひょいっと持ってかれると、ヒソカは私の手をとってさっさと歩き出す。
「い、行こうかって、どこに?」
てっきり会うだけ会って、違うホテルを指示されるのかと思ってたのに。
「アジトゥ」
「へっ!?ひゃあっ!?」
ヒソカは突然私をお姫様抱っこ(!!!)すると、タンッと地面を蹴った。
その瞬間、ものすごい速度で周りの景色が流れ出す。
まともに息を吸うことも出来ない速さ。
言いたいことはいっぱいあったけど、喋ったら舌を噛みそうだ。
仕方がないので、舌をかまないように口を閉じて、ヒソカの行動をただじっと見ていた。
ようやく、ヒソカの動きが止まる。
「着いたよァ」
ドーンと目の前に広がる、ビルの大群。
ヒソカは、瓦礫の上をスタスタと歩いていく。
私を抱えたまま。
いい加減、ヒソカのドアップに恥ずかしくなってきたので、私はバタバタともがいた。
「ひ、ヒソカ!!そ、そろそろ下ろして〜!歩ける!歩けるから!」
もがくけど、ヒソカの腕は全然揺るがない。
張り詰めた筋肉の塊のような腕は、私の暴れる両腕を、簡単に捕らえる。
「ダーメゥ、気づいてないみたいだけど、今のキミ、相当顔色悪いよ?」
え?
「…………やっぱり、気づいてなかったみたいだね」
ものすごい速さで歩いているのに、息1つ乱さず、ヒソカは私の前髪をサラリと上げた。
「熱は……ないみたいだけど、後で出てくるかもしれないな◆精神疲労……かな?まぁ、これからはもここにいるわけだから、ボクも側にいるしゥここなら、安全だし、安心して休んでていいからねァ」
「私もここに……って、なんで!?」
「どうせ、ホテルにはもう戻れないだろう?団長も団員も、がここに来ることに賛成してくれたしゥ」
「で、でも!……第一、邪魔になるからホテルに置いてったんじゃないの?」
ピタ、とヒソカは歩くのをやめると、真顔になって私の目を覗き込む。
な、ななななな、なんですか!!!ヒソカの真顔ってある意味笑顔より怖い!
「邪魔になるから、じゃないよ…………少しでも危険を減らすために、置いていったんだ◆…………まぁ、結果的に、離れていても危険な目に遭っちゃったけどねァ」
そういうと、また歩き出す。
やがて、ビルの1つに入ると、カンカンカンと金属音を立てて階段を上る。
この間来たはもう夜だったから、よく見えなかったけど…………大分、汚い。
廊下をズンズン歩いて、木の扉に手をかけた。
ギィ、と軋む音がして、一昨日見た風景と全く同じものが目に入る。
でも、人数が少ない。
「!」
まず始めに声をかけてきたのは、シャルだった。
「シャル!…………ヒーソーカー…………お願い、降ろして〜〜〜」
手を合わせてヒソカを拝むと、渋々床に降ろしてくれた。
地面に足が触れたのを確かめて、私は走り出そうとした……のに。
「…………あれ?」
視界が大きく霞む。
立ち止まって、目を軽くこすった。
後ろで、はぁ、とため息が聞こえた。
「…………、だから言っただろう?」
また、ふわりと身体が浮いた。
ヒソカが横脇に抱えるようにして私を近くの座れる場所まで運んだ。
「あ、ありがとう……」
「どういたしましてゥ」
座るとすぐに周りに旅団員が集まってきてくれた。
「大丈夫?ホテル襲撃されたんだって?」
「うん、ビックリしたよ〜。イキナリ、バンッてドアが開いたと思ったら、黒ずくめのおじさんたちが入ってきてさ〜」
「え゛。…………鍵は?」
「鍵壊されてさ」
「でもなんで?」
そういわれて、私ははたと思い出す。
…………そういえば、マフィアたちってば、旅団員探してるんだった。
「あー…………もしかしなくても、オレたち探して?」
「うーん…………まぁ、ね。でも、大丈夫だったしー。気にしないでね。…………そいえば、団長たちの姿が見えないけど……ドコ行ったの?」
「団長は知らないけど、シズクとフランクリンはもう戻ってくると思うよ。…………あ、ほら」
シャルが言ってから数秒後、ギィ、と扉が開いた。
「。大丈夫だった?」
シズクの開口一番の言葉がそれ。
私は、心配してくれるのを嬉しく思ったけど……ちょっとみなさん、心配しすぎでない?
「…………そーんなに信用ないですかね、私は」
「んー、まぁ、ただのマフィアくらいにだったら負けないと思ってたけど。あたしたちと違って、は戦闘慣れしてないからね」
「う、ごもっともです。…………心配してくれてありがとう」
シズクがちょっとだけ口の端を上げてくれた。
「でも、どうしたんだい?キミたち、ペアで鎖野郎を探しに行ったんじゃなかったのかい?」
「団長からの命令さ。俺たち2人はアジト待機に変更だ」
フランクリンが私の側に来て腰をかける。
シズクもどこかからか本を持ってきて、近くに座った。
「大変だったな」
フランクリンが大きな手で、ぽむ、と頭を撫でてくれた。
なんだか…………お父さんだ。フランクリンってば、地でお父さんだ!
また、軋む音がしてドアが開いた。
小さな人影。
「、大丈夫だたか?」
フェイタンだ。
小さな身体を滑り込ませるようにして部屋の中に入ると、ろくに足音も立てずに近づいてくる。
「大丈夫だよ〜。……どこに行ってたの?」
「ちょと、後片付けしてたね」
「後片付け?なんの?」
「昨日やた拷問」
「あ…………そう…………(聞かなきゃよかった)」
「?…………、顔色悪いね」
「…………そう、かな……?」
なんとなくヒソカの方を向いたら、ヒソカが頷いた。
顔色、悪いのか…………う〜ん、そんな体力使った気はしなかったんだけど。
「……、少し休んだ方がいい◆」
「そうしなよ。どうせここにいてもなんにもないだろうし。部屋ならいっぱいあるしさ」
「行こう、ゥ案内するよァ」
有無を言わさず、ヒソカに手をひっぱられる。
ヒンヤリしたヒソカの手が気持ちいい。
先ほどの部屋を出て、少し歩いたところにある一室。
比較的キレイな部屋で、ベッドもあった。
強引にベッドに寝かされて、布団をかけられ(暑いのに)気がついたら、ヒソカにぽんぽん、と小さな子供をあやすようにされていた。
ヒソカの冷たい手が額に当たる。
「…………やっぱり熱、出てきたか」
「え。嘘」
「こんなことで嘘ついてどうするのさァ……もういいから、寝なよ◆」
ぺち、と額を叩かれたので、衝撃で目を瞑ってしまった。
その衝撃のせいかわからないけど、ふと私は思い出した。
「ねぇ……ヒソカがやたらと基礎訓練やらせるのは…………私の能力の弱点を補うため?」
ヒソカの目が少しだけ大きくなった。
「…………自分で、気づけたんだね◆」
「ううん……ただ、なんとなく……さっきの戦闘で……思った」
私の能力の弱点。
それは。
「…………相当な間合いがないと、本を使う前にやられちゃう……よね?」
さっきのは、たまたま、私がいた部屋が広くて、相手が銃を向けてなかったからよかった。しかも相手が私みたいな小娘だから油断してた、ってことがあったから、秒単位でのギリギリラインで私の方が早く念を発動できた。
でも。
もしも相手が始めから銃を撃ってきたら?
もしも本を使って名前を呼んでる最中に攻撃されたら?
私は、おそらくここにはいなかったに違いない。
ゲームでは、魔法使いが魔法を詠唱してる間は、敵は絶対攻撃しない、っていう暗黙のルールがある。
だから安全に魔法を発動できる。
だけど、実際の戦闘では絶え間なく攻防が繰り返されてる。
相手は、私が本の中のモノを呼び出すのを待ってくれない。
だから、私は誰よりも早く動いて、先手を取るか、攻撃をかわしながらカウンターで能力を発動―――あぁもうメンドクサイ……ゲーム風に『召喚』にしよう―――させるかしかないんだ。
もちろん、本を消したら、私の負け。力と力のガチンコ勝負だったら、私に勝ち目はほとんどない(まぁ、それでも一般人よりはかなり上だとは思うけど)ヒソカにも、『特質系は、強化系とは相性が悪い』とさんざん言われてきた。
いかにすばやく動くか。
どう先手を打つか。
相手の攻撃をどれだけかわせるか。
相手の隙を見計らって召喚できるか。
この戦闘で1番効果的な召喚はなにか。
これが、私が第一に戦闘で考えなければならないこと。私が今日―――肌で感じたことだ。
それを、つたないながらもなんとかヒソカに表現する。
ヒソカは頷いた。
「そうだね◆……だから、は、相手が能力を発動するより早く動く必要があるし、近距離での戦闘では不利だ…………それに、、まだ弱点はあるんだァ」
「…………1体しか、召喚できないってコト?」
「そうゥ攻撃型のモノだったら攻撃しか出来ないし、回復型だったら回復のみ、移動型だったら移動しかできない◆それは、『攻撃』『防御』『移動』が同時に行えないってことだァ自分が『攻撃』しているときは、ずっと『攻撃』しか出来ないわけだから、当然『防御』は生身の自身の肉体の強さになる『防御』の能力の時は、『攻撃』は本来の攻撃力―――もしかしたら、攻撃は出来ないかもしれない◆『移動』―――たとえば、ペガサスに乗りながら攻撃も出来ないから、ペガサスを一度消さないと他には何も出来ないァ」
「そう……だよね……だから、基本的な戦闘能力をつけなきゃ、いけないんだよね」
私の言葉に、ヒソカが『それに』と続けた。
「…………どうも、この能力は使用者の体力を大幅に削るみたいだその本に書いてある体力消費量は、当てにならないと思っておいたほうがいい◆『体力消費量 小』でも、ずいぶん体力を削られるみたいだからねァ基礎体力も必要だゥ」
「う…………こうして考えると、使い勝手がいいのか悪いのかよくわからない能力……」
「まぁ、団長の能力とかからして、こういう便利な能力にはそれなりの代償が必要なんだよゥ厳しい条件があるからこその能力だ◆」
「でも、だからこそ使いがいがあるってもんだよね」
私の言葉に、ヒソカが満足そうに『その通り』と言った。
「も言うようになったじゃないかゥ…………さ、そろそろ寝なよァボクたちは、夕方から出かけるから静かになると思うし◆…………オヤスミゥ」
私はヒソカの言葉に、自分の身体のだるさを思い出して―――すぐに、眠りに着いた。
すぐに寝息を立て始めたを見て、ヒソカは笑った。
初めての戦闘。
たった1回の戦闘で、彼女は己の弱点を見出した。
勝利に甘んずることなく、己の反省をする。
強くなるには、絶対通らなければならない道。
弱点とは、自分では気づきにくいから、弱点なのだ。
自分を客観的に見つめることができて、初めて発見することが出来るもの。
無意識ながらもそれに気づき、これからの対策を練るこの子は……まさに、未知の可能性を秘めた人間だろう。
うっすらと額にかいている汗をぬぐってやった。
サラリとした前髪の感触。
柔らかな頬に軽く口付けをして
「…………よい夢をゥ」
部屋を出る前にもう1度振り返ってから、ヒソカは部屋を静かに出た。