すー、すー、と聞いていて気持ちのいい寝息は、いつものように隣の席から聞こえてくるものだ。

「…………………」

バキ、とものすごい音がして、先生がチョークを折った。
一体、あの先生はこの1年間で、何本チョークを折ることになるのだろう、とぼんやり思いながら、隣の人を見る。

流川楓。

それが隣で気持ちよさそうに寝ている彼の名前だ。

「…………教科書、137ページを開いて」

無視することに決めたらしい先生は、額に青筋を浮かべながら、私たちにそう言った。
机の中に手を突っ込み、教科書を探す……が、目的のものはいくら探しても見つからない。
…………そういえば、昨日隣のクラスの子に貸して返ってきてない。

はぁ……とため息をついて、私は不本意ながら彼を起こすことに決めた。
私の席は1番廊下側。生憎、隣の席は彼しかいない。

「…………楓。……楓、起きて」

ぴくぴくっ、と耳が動いたかと思うと、うすぼんやりと目が開かれる。
楓の口が『な』を形作る前に、私は自分の用件を小声で、でも早口で告げた。

「教科書忘れたから、貸してvv」

あえて、見せて、とは言わない。彼は、この後またきっと寝てしまうだろうから。
楓はいつも机の中に入れっぱなしの教科書を引っ張り出して、私に渡す。
ありがとう、と言って机の上に置こうとすると…………。

ガタガタ、と机を動かす音が聞こえた。

「?…………楓?」

楓が、私の机に自分の机をくっつけている。
そして、私に渡した自分の教科書を取ると、ちょうど私たちの机の真ん中に広げて、置いた。

「………………今日は、マジメに授業受けてやる」

寝ぼけたようにぶすっとしてはいるが、目は完全に起きている。
いつもより、彼との距離が近いことに笑みを浮かべて。

私は、先生が何本目かのチョークを折ったことに、無視をした。