「ありがとう」

ありがとう、なんて言われたのは、どれくらいぶりだったのか。
とにかく、最後に言われたのを忘れるくらい、久しく聞いていなかった言葉だった。

悪魔として生まれてきたからには、俺が召喚される理由はあまり良くないことばかりで。
……まぁ、こんなヘタレ召喚師(マグナ)に召喚されるのは計算外だったが。

例えば、戦いの真っ只中で召喚されて、周りの奴ら全部殺せ、と命令されたこともあった。
ちょっと前に帝国の奴らに召喚されたときは、悪魔の構造を知りたかったかららしいし。

とにかく、俺が召喚されたときの主人というのは、常人じゃない奴らばかりで。

使命を果たしても、労いの言葉や感謝の言葉を言ってくれるなんてことはなかった。

――――――なかった、のに。

「ありがとう、バルレル」

隣ですやすや眠るバカな人間の女は、そんな言葉を連発する。

重そうな荷物をちょっと持ってやったとか、
寒そうにしてたから、毛布をかけてやったとか、
欲しそうに見ていた食べ物を買ってやったとか。

とにかく、些細なことにも、笑って

「ありがとう」

と言うのだ。
ぎゅっと胸が締め付けられる感覚。

微笑みが愛しいと思う。
声が甘すぎて、どうにかなりそうだ。

きゅっ、と拳を握り締めて、そっと眠る人間を抱きしめた。

「…………お礼をいいたいのは、俺の方だ」

俺に光を与えてくれて。
俺に存在の意味を与えてくれて。
俺を必要としてくれて。

「…………ありがとう」

いつもは言えないから。
どうしても、その顔を見たら、ひねくれた言葉しか出てこないから。
今は、眠るお前に捧げよう。

「ありがとう」