サモンナイト 〜バノッサ〜 




「おやすみ」

その言葉を知ったのは、もう記憶にも無いガキの頃だ。
だが、実際それを使ったことがあるのは、ホンの数回程度だったと思う。

まだ召喚師としての訓練を受けていた頃でさえ、夜、傍にいる人間はいなかったから、誰にも何も言わず、ただベッドにもぐりこむだけだった。

別に、そんな言葉必要ないとさえ思っていた。
たかが4文字程度の言葉。それが一体、何になるというのだろう?
儀礼的な言葉で、良い夢が見られるなんて、思えなかった。

忘れかけていた、言葉。


だが。


初めてあいつと出会ったあの日。
久しぶりに、その言葉を言われた。

この世界に召喚されて、初日。アイツは精神的にも肉体的にもキツかったに違いない。
風呂に入った後だったのだろう、眠そうな顔をして階段を上るアイツと、すれ違った。

会話を交わすことも無く、俺はそのまま外へ出ようと思っていた。
歩みを進めていたら―――すれ違いざまに聞こえてきた声。

「おやすみ〜、バノッサ〜」

何気なく言われた一言に、とてつもなく驚いた記憶がある。
思わず、振り返ってアイツを見た。だが、向こうは、まるで至極当然なことをしたという感じで、こちらを振り返りもせずに階段を上って行く。

なんだか不思議な心地がして、思わず頭に手をやったのを、覚えている。




夜、寝る間際に、ふとそんなことを思い起こした。
隣に視線を流し―――眠る、アイツの頭を撫でる。

『おやすみ』

今、その言葉の大半は、同じベッドの中で聞くことが多い。
それが、今は当たり前になっていた。

『おやすみ』

それは、1日の終わりの挨拶。

その最後の言葉が、俺に向けられること。それは、すごく特別なことだと思えるようになった。
1日の終わりを、締めくくる言葉。

そのわずか4文字の言葉が、1日の疲れを和らげるものだと知ることができたのは、コイツのおかげだ。

「…………ん……」

ゴロ、と寝返りを打ったアイツの体に、ずれた布団をかけなおしてやる。

もう、コイツが『おやすみ』と言ってから、随分時間が経っている。
俺も、そろそろ寝ることにするか……。

いつもは、適当な返事で済ませてしまうことが多いが。
…………眠ってんなら、たまには言ってやろうじゃねェか。

「…………おやすみ」




バノッサ  「おやすみ」