「おい」
「……ナンデショウカ」
「食わねーのかよ」
 言いながら、跡部が指差したのは、私の目の前に置かれた皿。その白い円の中央に鎮座するのは、崩してしまうのが勿体ないほど美しく盛り付けられたケーキだ。
「跡部がこっち見るからじゃん」
「…………」
「なによ」
 私が不満を隠さずに言うと、跡部は「気付いてたのか」と、さも意外そうに言ってのけた。――私はそんなに鈍くないのに。
「跡部」
「なんだ」
「私ね、女の子の意見は尊重されるべきだと思うの」
「……それで?」
 跡部の眉が、ぴくり、と上がる。それは彼が私の話に食いついた証拠で、私は心中で安堵の息を漏らしつつ続けた。
「この椅子ちょっと座りにくいんだよね。ふかふかしてなくて。だからね――」
「却下だ」
「…………」
 私が全ての台詞を言い切るよりずっと早く、跡部が低音を発した。相手に有無を言わせないそれは、およそ普通の中学生男子が持てる威厳ではない。こういう時に、彼は人の上に立つべき人間なんだな、と実感する。
 そんな私の感心もよそに、跡部はすらすらと理由を説明し始めた。頼んでないのに。
「おまえ、こういうところに来るのは初めてだろ? 慣れない場所だと人は意識しなくても目移りする。そんなキョロキョロしてたら、美味いモンも味が分かんなくなるだろ。だったら――、他が視界に入らないようにするまでだ」
「あぁ……」
 思わず、納得と呆れとが混じった息を漏らしてしまった。
 確かに、今、私の視界にはほとんど余計なものが映らない。目の前にいる跡部の後ろはクリーム色の壁で、絵がかけられているわけでもない。更にここは、まず中学生が帰り道に寄らないだろう値の張るお店だ。隣りのテーブルとの距離も、充分過ぎる程にとられている。
 私の感嘆を気に入らないと受け止めたのか、跡部が
「なんだ、貸し切りにした方がよかったか?」
 などとふざけたことを言い出した。
「止めてっ」
 反射的に答えた私を、跡部が喉の奥でくつくつと笑う。
「そいつは良かった。なんせ急だったからな。さすがに貸し切りはできなかった」
 まるで、できることなら貸し切ったと言いたげだ。それを確認しようかとも思ったが――止めた。多分、できたら本当にやっていたのだ。
「――はぁ」
 様々な気持ちが溶け込んだため息を一つしてから、私はフォークを取った。
 これ以上ここにいるのは、正直気まずい。さっき跡部が指摘したように、私はこういう場所は初めてだから、疲れるのだ。そんな場所、さっさと退散するに限る。
「おい」
 私がケーキにフォークを入れるのとほぼ同時に、跡部が私を呼んだ。外部から力を加えられ妙な形になってしまったケーキから、視線を外す。
「Herzlichen Glueckwunsch zum Geburtstag.」
 何を言われたのか分からなかった。意味を理解する以前に、跡部が発した言語が理解できなかったのだ。あまりにもきれいな発音で日本語かとも思ったのだが、そんな音じゃない。
 私が必死になって考えていると、それを見透かしたのか、跡部が再び声をあげずに笑った。けれど、それはほんの少しの間のことで、すぐに真剣な表情を見せる。
「誕生日ぐらい、俺に教えとけ。当日に――、しかも、他人からおまえの誕生日聞かされたって嬉しくないんだよ」
「…………」
「俺様がおまえの誕生日を知らなかったなんて、惨めだろうが」
「…………ごめん」
 正直、私が謝るべきことなのかは分からなかった。けれど、いつも尊大な態度を崩さない跡部が、今私の目の前で、ばつの悪い顔をしている。そんな、普段見慣れないものを見てしまったら、つい口から出てしまったのだ。
「えっと、それから……」
「あ?」
「……ダ、ダン……ケ……?」
 跡部が発した流暢なドイツ語とは比べ物にならないぐらい、怪しい発音。しかも、語尾が上がってしまって、何故か疑問系だ。それでも、跡部は満足そうに、口角を上げる。
「Bitte. Ich liebe dich.」
 やっぱり跡部の発音はとてもきれいで、更にそれを言った時の目があまりにも真剣だったから、ちゃんと聞き取れなくても、大体の意味は分かってしまった。分かってしまったことで落としそうになったフォークを、私はもう一度、強く握り直した。




誕生日夢、ありがとうございましたー!
な、ななななによ、これ!ホント萌ゆるよ……!(萌ゆるって、アナタ)
ドイツ語!流暢なドイツ語を話す景吾さんを思い浮かべたら、本当に萌ゆる……!わ、私もいつか景吾さん並にペラペーラになってみ(強制終了)
本当にありがとうございましたー!!!