この世界に来たことは、後悔していない。 でも。 この世界に来てから、後悔ばかり、している。 「…………やっぱり、どこに行っても努力は必要、なんですよねー……」 生きるための努力 そろそろ日も落ちる時刻。 野営の準備のために、水を汲みに小さな湖に来たのはいいけれど、ふと考え事をしているうちに、グルグル堂々巡りになってしまった。 この世界にやってきて、テリーに出会って、テリーしか頼る人がいなくて。 テリーにあきれたような目で見られたことも、置いていかれそうになったこともあった。それどころじゃなく、戦いで命の危険にさらされたことも、何度もあった。 何があっても、必死にテリーにひっついてきた。たとえ命が危なかろうと―――いや、そこかしこに命の危険が満ちているこの世界だからこそ、信じられる人はテリーしかいなかった。 テリーが私を置いて行った時、いつもギリギリのラインで『テリーについていく』という選択肢を残してくれていた。必死になって追いかけたら、追いつけるだけの距離を。彼は足の速さも、馬に乗るお金も、私に後をつけさせない気配の消し方さえも、持っていた。 私が彼を『諦める』という選択したのなら、彼は迷わず置いて行っただろう。 でもそのたびに、私は諦め悪くくっついていったから、今でも離れることなく一緒に旅をしている。 ―――なぜなら、信用している以上に、彼と共に、いたかったから。 彼は強い。1人でならきっと、そこらのモンスターなんてバッタバッタと倒していけるくらいの実力者だ。 それでも、彼はさりげなく私を守ってくれるから―――苦戦するはずのないモンスターに、苦戦することもある。 無口だから何も言わないけれど、戦えない私の横にスッと立って、近づいてくるモンスターを軒並み倒していく。 「……惚れるなっつーのが無理だよなー……」 ぽそりと呟いた言葉は、いよいよ差し迫ってきた闇に消えた。 彼は、足手まといの私のせいで、傷つくことが増えた。 それが嫌で、神父さんに頼みこんで教えてもらったホイミと、魔法使い見習いの子に教えてもらったメラ。 両極端の呪文を覚えるのは苦労したけど、初歩の初歩だったからか、なんとか習得することが出来た。 それでも元々『魔法』なんてものがない世界に育った私にとって、『魔法』を使うことは難しかった。 最初は燃やすものがあっても火をつけられなかったし、小さなかすり傷を癒すのも苦労した。 ……さすがに、今はそんなことはないけれど。 左腕に一筋残る、小さな傷。 今日の戦闘の最中、うっかりシャドーにつけられた傷だ。 「…………練習、しよ」 いくらましになったとはいえ、まだまだ私の回復量なんて、たかがしれている。 もっと練習すれば、上位魔法のベホイミやベホマも使えるようになるかもしれないし。 小さくため息をついて、私は精神を集中させた。 二度三度、深呼吸。 頭に描いたイメージ通りに、右手に意識を集中させる。 「……ホイミ」 小さな青い光は、私の左手についた傷を薄くしていった。 一応戦闘に参加しているからか、それとも何度か練習しているからか。 回復量は、少しずつだけど着実に上がってきてはいる。……もちろん、その上がり具合は、微々たるものではあるけれど。 ここでは数学も国語も役に立たない。文字は読めないし、方程式なんて知ってたってお金になりはしない。 かろうじて使えるのは、理科の知識くらいか。 一番使えるのは―――体育かもしれない。 私には、出来ない事ばかりだった。 「あー…………もー……」 こうして1人でいると、どんどんネガティブな方にいってしまいそうになる。 だって、私はまだこの世界に来た意味も、どうやって帰ったらいいかも、わからないのだ。 何もかもが不安に押しつぶされそうになる。 「…………」 背後から聞こえた声に、思わずビクついた体。 ゆっくりと一呼吸置いてから、笑顔を作って振り向いた。 「テリー」 「……水汲むのに、どれだけ時間使う気だ」 「ごめんごめん」 「…………まったく」 口ではそう言いながら、しっかりと近くにやってきて私が汲んだままの水を持ってくれた。 行くぞ、とも言わずに、さっさと歩き始める。 パンパン、と服の汚れを払ってから、その背中を追いかけると、声が前から聞こえてきた。 「……左手は大丈夫か?」 かけられた言葉が嬉しくて、思わず口元が緩みそうになるのを必死でこらえる。 たたたっと駆け寄って、テリーの顔を覗き込んだ。 「…………あれ、気づいてた?」 「当たり前だろ。……まぁ、剣が効かない相手で少し手間取ったしな」 「でもなんだかんだでズバッと倒しちゃったよね。……大丈夫だよ、ホイミかけといた」 「そうか。ならいい」 「ありがと。……後でテリーにも、ホイミかけるね」 私の言葉にテリーが少し戸惑ったようにこちらを見た。 「別に俺は……」 「いーから。練習台になってくださいな」 「……そっちが本音か」 「だって、上達具合がわからないんだもん。……ね?」 お願いしまーす、と頼んでみたら、小さなため息。 そしてその後、いつもの意地悪な微笑みが返ってきた。 「…………一回で全快しなかったら、ペナルティな」 「へ?」 「次の町での食事は、お前がおごれよ」 「なっ……私がお金持ってないの知ってるくせに!」 「モンスターと戦って得た金は、ちゃんと働きに応じて折半してるだろうが」 「そんなこと言って、テリーが大体一撃で倒しちゃうじゃん!それに、今後のために貯蓄してるのよ貯蓄!」 「じゃあ、その蓄えを削ればいい」 「しれっとひどいこと言った!」 「そうか?第一、お前が一度で全快させればまったく問題はないだろ。俺の怪我なんて大したものじゃないんだ」 そう言いながらも、テリーの言葉の背後には『やれるもんならやってみろ』という文字がちらついている。 「〜〜〜一度で回復させたら、ご飯はテリーがおごってよね!」 「いつも大体そうだろ」 「…………じゃあ、今度町に行ったら、遠慮しないで食堂でいっちばん高いもの頼んでやる!」 「まるでいつも遠慮してたかのような言い草だな」 「なっ……やってやる……一度でやってやる!!」 私の行った台詞に、ククッ、とテリーが笑った。 そうして私は、いつの間にかもやもやした気持ちが吹っ飛んでいることに気づいたのだ。 ……敵わない。きっと彼にはいつまで経っても敵わない。 「さてと、誰かさんが水汲むのに時間がかかったおかげで、まだ飯の準備もできてない、ときた」 「くっ……やりますよ……ご飯、作りますよ……!」 「干し肉のスープ」 「承りましたとも……!……スープ煮込んでる間に、ホイミかけるからね!」 「いいのか?飯食って少しでも力蓄えないと「そんなのなくても大丈夫!エネルギーなくても気合いをねじ込む!」 「……気合いで回復量が多くなるわけないだろ」 「やってみなきゃわかんない!」 言いながら干し肉をぽいぽいっと鍋の中に入れて水を注ぎ、ドカッと即席のかまどの上に置いた。 枯れ木は積んであるが、火はまだ起こしていない。 「…………メラ」 小さく呟くと、枯れ木に小さな炎が燃え移る。 「さすが火をつけるのは失敗しないな。あぁ、ついでにそっちの木にも火、つけといてくれ」 「便利な着火剤扱いか!」 ぶつくさ言うだけ言ったけど、言われた通り火をつける。 「そんなこと思うわけないだろ。……さて、ホイミ、かけてくれるんだろ?」 「…………よーし、ばっちこい!」 「……それはどちらかというと、俺の台詞だ」 あきれたようなテリーの声を聞き流して、私は精神を集中させた。 彼が戦士系である分、私が魔法を扱えれば少しは何かの助けになるかもしれない。 少しでも、彼の足手まといにならないように。 出来るなら、彼の助けになるように。 せめて。 この先訪れるだろう、彼の試練を少しでも助けられるように。 その先も一緒にいられるのなら、いずれ出会う勇者たちと共に戦えるように。 もっともっと、力が欲しい。 |