私たちは、廃墟となったダーマ神殿に来ていた。

「…………ダーマ神殿は、滅ぼされて久しいようだな」

瓦礫の山と化している神殿を見て、小さくテリーが毒づく。
それでも何か旅に役立ちそうなもの、最強の剣の手がかりになりそうなものはないかと神殿の中を探し始める。

私は意を決して、テリーに申し出た。

「ねぇテリー、お願いがあるんだけど」

「なんだ?」

「そこの井戸、覗いてみて」

「?……!!!」



19:め言葉…じゃないな


ぐにゃり、と曲がった視界は、一瞬にして鮮やかな色彩を取り戻す。
先ほどまで瓦礫ばかりだった光景は、荘厳な雰囲気の石畳ときらびやかな人々に変わっていた。

「…………ここは……?」

「もう1つの世界。……みんなが『夢の世界』と呼んでる方だよ」

「…………バカな。聞いたことはあるが……」

信じられない、と頭に手をやるテリーを見て、私は1つため息をついた。
……まぁ確かに、井戸を覗いた先に落ちた世界で『ハイ、ここが夢の世界で〜す』なんていわれても、信じようがないよね……。

「なぜお前がこんなことを知っている?」

「…………私、他の世界から来たから、こーゆーこと詳しいの」

なんてとてつもなく無理な言い訳をしてみる。
テリーはしばし私を見つめた後、「そうか」と一言だけ言って、それ以上は追及してこなかった。……ありがたかった。

「…………お前が言うとおりなら、ここは夢の世界の『ダーマ神殿』ということか」

「……のはずだけど。ちょっと人に聞いてみようよ」

「あぁ、そうだな」

旅の鉄則はまず情報収集から。
私とテリーはひとしきりこの場にいる人たちに話しかけて情報を集める。
やはりこの場所はダーマ神殿。ここにいる人たちはここが『夢の世界』であることをきちんと認識しているらしいこともわかった。

残念ながら、最強の剣についての情報はなかったけれど……やはり気になるのはそこかしこで聞く職業のこと。

「あなたも、何かしら職業についた方がよろしくってよ」

丁寧に教えてくれた貴婦人にそう助言を受けた。

「やっぱり、どこの世界でもニートはダメなのね……」

元の世界とこちらの世界の意外な共通点に、私は1人うなだれる。
世間は厳しいねやっぱり……手に職つけなければ!

「……ニート?」

聞き慣れない言葉に思わず反応したテリーに、

「ううん、なんでもない」

と軽く手を振って答えた。

「そちらのあなたは戦士としての修業は十分積んでいるみたいね」

貴婦人がテリーを見てそう言う。
「剣士」を名乗るテリーは、一応剣の特技は極めているみたいだ。確かに、戦闘中幾度となく、戦士系の特技を使用するのを見てきた。
職業をどのように示すのかはわからないけど(ここにはパラメータなんて出てこないし……!)、言うならば現在のテリーは『戦士』、私は…………『無職』状態ということだろう。

「さすがテリーさん。やっぱり強い戦士なんだね」

貴婦人の言葉に私は気をよくしたけれど、当の本人は少し苦い顔をしていた。

「……誉め言葉…じゃないな」

「へ?」

「戦士としての修業『は』ってことは、他の修業はまだ不十分ということだ。……戦闘のスペシャリストを目指すには、その他の修業もしなくてはならんようだな」

「あー……そりゃ確かに、様々な職業があるみたいだけど」

それでも、ダーマ神殿に辿りつく前に戦士の職業を極めている、なんてすごいことなんじゃ……と思った。口には出さなかったけれど。

「他にも聞いてみるか」

情報は1つのところだけではなく、複数のところから聞き出すもの。真偽を確かめるにはやはり多数のデータが必要だし、1つの出処だけだと、情報に偏りができる。
色んな人に話を聞いて、転職の仕組みを理解していった。

「なるほど、な……どうせなら色々な職業を経験して、様々な特技を身につけた方が得策、というわけか」

「転職は好きな時に出来るみたいだし……色んな特技が覚えられるのはいいよね。職業極めなくても、覚えたい特技があれば先にそれを優先的に覚えていくっていう方法もあるし」

あぁ、とテリーがしばし思案する。

「デメリットらしいデメリットといえば、転職することで下がる能力か」

「それでも他の能力があがるんだったら、デメリットとも言い難いし」

「直接攻撃に参加しないお前にとっては力が下がってもあまり影響はないしな」

テリーの言葉にコクン、と頷く。

「……お前も俺も、現在の状態では純粋に戦いの経験値だけで覚える技などは限られている。どちらにせよ、転職する方がよさそうだな」

「同意!」

「……よし。なら、何になりたいか考えるとするか」

「スーパースターなテリーとか見てみたいよ、私」

「…………そうなったらお前にパラディンになってもらって仁王立ちしてもらおうか」

「ハイ、ゴメンナサーイ。もう言いませーん」

そんなわけで、人生初めての、転職。






テリーはやはりすでに戦士としては十分な経験を積んでいたようなので、戦闘のスペシャリストを目指すために、武闘家に転職した。
私は悩みに悩んだ末に―――まずは『魔法使い』に転職して、初級から中級の魔法を覚えることにした。純粋にもっと高度な攻撃呪文を扱えるようになりたいのもあったし、それ以上に補助系の呪文や移動呪文を覚えたかった。ルーラやリレミトとか旅には必須。……だっていちいちキメラの翼を大量購入するのはとっても不経済だし。軽いけどやつらはかさばる。

「転職すれば、魔法力やかしこさはあがる。だが、その分体力や力などは下がってしまう。それでもよいか?」

どういう構造でそうなるのかわからないけど、私はそれに納得して頷いた。
涼やかな青白い光が私を覆う。

に、新たな職業を!」

小さな宣告と共に、私の中に光が吸収されていった。
すべての光が消えた後、私はニギニギと自分の拳を握ったり開いたりしてみた。……別段、変化は見られないのだけれど、神官様によればこれでもう転職の儀式は完了したみたいだ。

。……そろそろ行くぞ」

先に儀式が終わって待っていたテリーから声がかかる。
私は神官様に一度挨拶をしてから、テリーの元へ向かった。

「あまり実感がわかないが……これまでと同じように、戦闘をしながら徐々に経験を積んでいく、という感じのようだな」

「剣士テリーから武闘家テリーか……」

「職業が武闘家になろうが、俺は剣を使う。肩書はいまさら変わらない」

「あー……ですよねー……」

「ま、体術も出来て損はない。……お前こそ、魔法使いだって?ちゃんと高度な魔法、使いこなせるようになるのか?」

「むっ、私だって戦闘を経験すれば……」

「魔法使いは体力の一部を魔力に変換してるんだろ?……うっかり魔物に隙をつかれて倒れる、なんてことがないようにしろよ」

「…………ハーイ」

「よし。……なら、物は試しだ。……行くぞ」

「了解ッ!」





そうしてダーマ神殿の外で戦闘を行ったところ。

一発でメラミが使えるようになったのに、私よりもテリーの方が驚いていた。