ピピ―――!!

大きな笛の音が会場内に響いた。

「スコアどおり、65対58で鶴峰高校の勝ち。礼!」

「ありがとうございました!」

礼をし終わった途端に選手の1人がしゃくりあげ、泣き出した。

会場に泣き声がこだまする。

礼をし終わったことで、緊張の糸がプツン、と切れたのか、他の選手もボロボロと涙を流し始める。

「……ほら、あいさつに行こう」

しかし、その中に涙を見せずにポンポン、と他の選手の背中を叩く、1人の女の子の姿があった。

グスグスと泣くメンバーを引き連れ、相手チームのベンチの前まで来ると、涙を浮かべていない―――悲しいほどに澄んだ瞳を向けて、大きく声を出した。

「礼」

「あり……とござ……た……」

彼女以外は、もはや言葉を紡いでいない。

「また、頑張ろう」

メンバー達の背中を叩いて、荷物を持つ。

海南高校2年、ほろ苦い夏の大会の思い出となった。





大丈夫






「……、負けちゃったね」

制服に着替え、ホテルに帰ろうとしていたは、僕の声に驚いた様子で立ち止まった。

壁の影から現れた僕に、は安心した表情を見せる。

「……なんだ、宗か……」

「なんだ、って酷いなぁ。……いいとこまで行ったのにね」

僕はの持っているボールの入った袋をひょいと持ち上げた。ありがと、と一言言ってから、はプイっとそっぽを向く。

「ふーん!ベスト8決まってる男バスに言われたくないね!どーせ女バスは2回戦止まりよっ!」

一気に喋り終えると、空を仰ぐ。

「負けちゃったかぁ……そうだよねぇ……負けたんだよねぇ〜……」

「何?今ごろわかったの?」

「違うよぉ。……なんか、こう言っちゃなんだけど……ホッとしたって言うか……もう明日試合しなくてすむからかな……でも、寂しいかも」

僕は、笑う。

らしいね……そうか、明日試合ないんだよね……試合、応援に来てくれる?」

「ヤダ」

の即答に、笑顔が凍りついたのがわかった。

「……なんで?」

「明日は、残念会するんだもん。それに、せっかくだから観光もしたいし。ま、男バスが勝ちつづけるかぎり、ここに残れるけどね」

「……なら、勝ちつづけるから、明日試合応援に来て?」

「だから、ヤダ」

ピシッと更に笑顔が凍る。

「残念会があるって言ったじゃん」

「……今日、残念会しないの?」

は、フーと息を吐いた。

「今日できるわけないでしょ?みんなすごい落ち込んでるのに。……明日が丁度いいのよ」

帰ろ、とは僕の手を握った。

「明日、さ……去年準優勝の奴らとあたるんだ」

「そう……頑張れ、宗」

「それだけ?」

苦笑する。

「……じゃあ、今日負けちゃった彼女に労いの言葉はないの?」

「……よく頑張ったね」

「それだけ?」

笑顔。

だけど、すぐに顔が前を向く。

―――あれ?

ふと違和感を感じた。

自分に向けられたその背中が、いつもよりも小さく見えるのは気のせいだろうか。

?」

不安になって話し掛ける。

「うん?……なぁに?」

相変わらず顔は前を向いたまま。



「だから、なぁに?」

それでも顔はこちらを向かない。

僕は、黙っての肩に手を置いた。

「宗ってば、なに?どうしたの?」

近づけば、わかる。

その肩が細かく震えていることに。

その声が、震えていることに。



「だから、なんなのよ」

少し大きめの声も、震えていた。

歩こうとするの前にすばやく回り込んで、かがむ。

立ったままじゃ、の顔はうつむいて見えなかったから。

かがんだら、良くわかった。

その瞳が、涙で潤んでいる事に。

頬が、涙で濡れている事に。

「……

僕の声に、が反応する。顎にたまった水滴が、僕の顔に落ちた。

「ふぇ……ふぇ〜……」

顔を手で覆って泣き出した。

僕はちゃんと立って、きつくを抱きしめた。



は、絶対に他のメンバーの前では泣かない。

どんなに悲しかろうと、その瞳を涙に濡らす事はない。

どんなに悔しかろうと、その頬を涙に濡らす事はない。

笑って。

辛くても笑って。

泣き崩れるメンバーを慰める。



「落ち着いた?」

「ん……」

あれからすぐ、と一緒に僕の泊まっているホテルに来た。

あのままを返せなかったから。

―――返したくなかったから。

きっと

無理するだろうから。

案の定、僕の出したココアを握り締めて、はいつもどおりに笑ったみたいだった。

だけど、僕から見るその笑顔は、やっぱりその笑顔は弱々しくて。

無理してるっていうのがわかった。

……」

僕が呼ぶと、は笑顔を保つ事すら出来ないみたいで、すぐに泣きそうな顔になった。

「……ごめん、宗」

「気にしなくていいよ」

会話が、途切れた。

が、僕のTシャツを掴む。

滅多に甘えようとしないにとって、これは本当に珍しい事。

それほどに、はまいっていたんだ。

の持っていたマグカップを取ってテーブルに置いた。

まだ赤さを残す瞳を見つめる。

重ねる、というよりは軽く触れるというだけの口付け。

「……宗……」

「ん?」

とぎれとぎれに呟く

「また、頑張るからさぁ……もうちょっとだけ、甘えていいかなぁ?」

かすかに笑いを浮かべ問う

「いいよ」

僕は、ギュッとの体を抱きしめた。

しばらくして、Tシャツに冷たい水滴が落ちる。

今日二回目の―――。

今日二回目の涙を見せるは。

一回目と違い、声を上げずに静かに泣いた。





スースーと寝息を立てるを横目に見て、僕は受話器を腕に取る。

トゥルルル、トゥルルルとリズムの良い音が耳に響く。

『はい、ホテル○○です』

「すみません、海南大付属高校の者ですが、鈴木先生をお願いします」

『はい、少々お待ちくださいませ』

部屋に繋がれたのだろう、プツッという音がしてからすぐに聞きなれた女の先生の声になった。

『はい?鈴木ですけど……』

僕が誰かわからないみたいで緊張しているみたいだ。いつもより声が高い。

「あ、鈴木先生?神です」

僕の声に安心したのか、先生の声のトーンがグッと落ちた。

『なんだ〜。神くんかぁ……で?何?』

「何って……今、寝ちゃってるんで帰るの遅くなりますけど、僕送っていくんで心配しないで下さいねvv」

『……わかったわ。くれぐれも、さんのことよろしくね。……かなりまいってるはずだから。こっちは、もうふっきれてきてるみたいだけどね〜』

「……そうですか。それじゃ、また」

『ちゃんと、送ってよ〜。送り狼は……』

「切りますねvv」

ガチャ、とホテルのものにもかかわらず、かなり手荒に扱う。

その音に、ピクリ、とが反応した。起きたのだろうか。

?」

小さく呼びかけても、返事は返ってこなかった。

音を立てないように近づいて、顔を覗き込むと先ほどと変わらない寝息にホッとした。

静かに息を吐いて、ベッドサイドに腰掛ける。無意識のうちにその髪の毛に手が伸びた。

試合に疲れて、泣き疲れて熟睡している。

その閉じられている瞼を指でなぞる。

かすかに睫が濡れているのがわかった。

……」

呟いた。

彼女は。

は。

優しすぎて無理をする。

他の皆が泣いてるのに、涙をこらえるのはどんなに辛いのだろう。

僕は、味わった事がないその辛さ。

そんな彼女を見かねて、いつだか、言った事がある。

も一緒に泣けばいいじゃない?』

と。

だけど、彼女は笑って言ったんだ。

『私が泣いたら、誰も慰める人がいないでしょ?……宗は、悲しい時に慰める人が側にいるのといないのと、どっちがいい?』

彼女は、本当に―――

優しすぎる。





「ん……」

が、声を上げる。その隣に寝転がったまま、僕は小さく声をかけた。

?」

「あ…宗……ごめん、何時?」

「今、12時回ったトコ」

ふ〜ん、とは頷いてから、ガバッと身を起こした。

「えぇっ!?」

、静かに。ノブが寝てるから」

ノブは帰ってきてすぐに寝てしまったから、がいることは知らない。

「あ、あぁ……ごめん……でも、帰らなきゃ」

「先生に連絡してあるから大丈夫」

連絡の内容は少し違うけど、気にしないでおこう。

「先生に……なんて、言ったの?」

の言葉を軽く受け流して、もう一度寝かしつける。

、寝よう。もう夜中だし」

「え?」

「ほらほら。プレーヤーが体冷やしちゃダメだよ」

「え?」

「明日も、早いし」

「え?」

「……1人で泣いちゃ、だめだよ」

「……え?」

が、止まった。

「……寝てる間中、ずっと泣いてたんだよ。……ほら、目が腫れちゃってる。……1人で泣かないで。大丈夫、僕がいるから」

が、僕に抱きついてきた。そして、小さく一言。

―――ありがと―――

僕は、黙ってを抱きしめて目を瞑った。





翌朝―――。

僕が起きたらはいなかった。

けど、僕が昨日洗濯して、干しておいたユニフォームがきちんとたたまれてソファの上に置いてあった(もちろん乾いている)。その上に、書置きがあった。

『宗、ありがとう。試合、がんばれ!』

いつもの彼女らしく、その字は力強い、自信に溢れている。

でも、その言葉に僕は少し落胆する。

、試合来ないのかぁ〜……」

ちょっと、寂しい。





ピッ、と笛が吹かれる。

「青、5番、プッシングッ!」

ざわっと空気が揺れた。

「やばいっ……高砂さん、今ので4つめだ……!」

ノブの言葉に、僕はオフィシャル席へと目を走らせる。

やっぱり、ノブの言ったとおり、ファーラーがあげた旗の記号は『4』。後1回で、高砂さんは退場になってしまう。

「チッ……」

牧さんの舌打ちが聞こえる。

牧さんが舌打ちするのも仕方がない。Cの高砂さんがいなくなってしまったら、平均身長が低い今の海南のゴール下は、ガクッと弱くなる。

僕は、得点ボードに目を向けた。

海南:84対 洛安:87

点差は、3点。

残り時間は約1分。

今のファールで高砂さんはあまり激しいディフェンスは出来ないだろう。それに、そのファールの所為で、相手校は勢いに乗ってきている。逃げ切られる。

流れを断ち切らなければ。

ここで流れを断ち切らなければ、やられる。

どうする?どうする?

思考回路がショートしそうだ。

ふっと上を見た。

もしかしたら、逃げ出してしまいたいという願望からかもしれない。

だけど、そこにあったのは天井でもなく、ましてや逃走経路でもなかった。

、だ。

「……

口に出したら消えてなくなりそうだったけど、は消えなかった。

制服で。

いつもどおりに。

そこにいた。

まっすぐに僕を見つめて。

目が合った瞬間、かすかに笑った。

ばれた?とでもいいたげな、いたずらっこの瞳。

「……クス……」

自分でもわからないけど、笑いが自然に漏れた。

ふっきれたんだ。

元気になったんだ。

よかったね。よかったね。

―――僕も、頑張らなきゃ。

口が心を感じとったかのように、言葉が流れた。

「牧さん、僕にボールまわして下さい」

突然の言葉に、牧さんは驚いたみたいだったけど、すぐにいつもの笑いを漏らした。

「……信じていいんだろうな?」

「もちろんvv」

僕の言葉に、牧さんはまた笑った。

その意味がわからないみたいで、(あたりまえだけどさ)ノブたちは、目をまんまるに見開いている。

「おい!ボールもったら全部神にまわせ!こいつが、決めてくれるんだとよ!」

大きな声でみんなに呼びかける。ホッという息が聞こえたのは気のせいかな?

「はい、試合再開するよっ!」

審判の声にさえ笑ってしまいそう。

再開して、ボールを持った牧さんは、僕の方を見ながら、ニヤニヤと笑った。

牧さんのことだから、本当に全部僕のところにボールが来るんだろうな……

けど、まぁいいや。

「神ッ!」

ほら来た。

僕は、ボールを貰って、すぐにシュート体勢に入る。

ディフェンスが来たけど気にしなかった。

湘北の桜木くんより怖いものなんてないし。

僕の手からボールが放たれる。

三井くんじゃないけど……いい感じだ。

何もかもがピッタリ。

が、微笑んだような気がした。

ザッと気持ちのいい音が耳に広がる。

続いて、歓声。

「神さんっ!!!」

ノブの声も聞こえる。

点差は、なし。

けど、時間もない。

武藤さんが、相手のスローインのボールをチップさせた。

いける。

これを、とれば。

ノブが取った。

牧さんが走る。僕も走る。

高砂さんがスクリーンでついたてになる。

僕はなにをする。

僕は。

3Pラインで止まる。

牧さんが切れ込む。

相手が止める。

牧さんがパスをする。

ボールが、来る。

取る。

構える。

放つ。

ボールは―――。

高々とあがったボールは。

きれいな弧を描いて宙を行く。

僕は、腕をあげた。

もちろん、その先には

が微笑んだその瞬間に。

ザッと先ほどよりも気持ちのいい音がした。





「おめでとっ!」

「ありがとう」

の祝福に、僕は笑った。

「準優勝に勝っちゃうんだもん!後は大丈夫だよ、絶対っ!」

「うん。そうだね。がいるから」

は笑う。いつもと同じ笑顔で。

「残念会は?」

ぺろ、と舌を出して笑う。

「抜けてきちゃった」

いつもと同じだ。

「―――しょうがないから、明日も応援にいってやるか!」

「ぜひともお願いするよ」

元気になった

昨日のような弱さは微塵も感じない。

「負けても、泣かないでよ?」

僕が言うと、ほら、元気に笑う。

「負けないから、泣かないよ?」

僕は、満足して頷いた。



あとがきもどきのキャラ対談



銀月「……えへ?」

 神「なにが、『えへ?』なの?(スマイル)」

銀月「(恐怖で顔が引きつる)……別に?神さんが、灰色だなって……」

 神「灰色だね。白くも黒くもない、中途半端だね」

銀月「……強調しなくても……(泣)」

 神「なんなの、この中途半端。甘くするなら甘くしてよね(スマイル)」

銀月「精進します……」

 神「(爽やかに無視)あぁ、。そろそろ行こうかvv」

銀月「……キャラにいじめられる憐れな銀月に感想……」

 神「誰が、誰にいじめられる憐れなやつだって?(スマイル)」

銀月「……か、感想いただければ、とてつもなく嬉しいです!(逃走)」