新しい日々










めっきり、階段を上るのが億劫になった。

億劫というよりは……体が思うように動かない。

ころころと転がってしまいそうなのだ。

「……よいしょ、と」

やっと階段を上りきる。自宅まであと数メートルという距離だが、は、持っていた荷物を床に降ろして、腰を軽く叩いた。

「あ〜……腰が痛くなるわ……」

ついでに首もまわしてから、再び荷物を持とうとしゃがもうとした。

っ!」

ぎく。

前方からの大声に、おそるおそる顔をあげると……。

いつのまに、ドアからここまでの距離をつめてきたのかわからないが、まぎれもないツンツン頭が仁王立ち。

(ひぇぇぇぇぇ〜……)

「重い荷物持っちゃダメだって言っただろ?もう、臨月なんだから、気をつけなきゃ」

「で、でも……今日、冷蔵庫の中空っぽだったし……」

「俺に言ってくれれば、車出したのに」

「でも、彰疲れて寝てたし……」

「起こしてくれればいいの。俺、自分が寝てる間に奥さんが辛い思いしてるほうがヤ」

そういって、ビニール袋をひょいっと抱えてドアへ入る。玄関に荷物を置いた後に、ドアを開けっ放しにして、自分が入るのを待っていてくれる。

そんな心遣いが嬉しかった。





それは、本当に突然来た。





さっき買った材料で夕飯の下準備をしようとしていた、まさにそのときだった。

突然動きの止まったを不審に思ったのか、仙道が新聞をみたまま、声をかける。

、どうかした?なにか、忘れ物?」

「…………あ、彰……」

「ん?」

「………………なんか、おなか痛いんだけど……………」

「………え?」

新聞が、床に落ちた。

新聞の落ちた音で我に返ったのか、仙道がゆっくりと息をはいた。

。病院行こう」

「あ、でも陣痛なのかな、これ……?」

「う〜ん……でも病院にいくにこしたことはないから」

「うん……じゃ、電話してくるね」

母子手帳を握り締めながら、は電話に向かう。

「あ、もしもし。仙道と申しますが……あの、少しおなかが痛むんですが……」

すぐにいらしてください、と落ち着いた丁寧な返事が返ってきた。

必要な物品をメモし、それじゃあ、すぐに伺います、と電話を切った。

痛みも少し収まってきた。

リビングで支度をして待っていた仙道に、はゆっくりと微笑む。

「すぐ来てくださいだって。あ、タオルとか持ってきてくださいって」

「OK。、少し座ってていいから。俺が取ってくるよ」

「あ、ありがと」

ふぅ、と息を吐く。

はたして、この痛みはなんなのか……臨月に入ってから、おなかが張ったりすることはあったけれど……持続する痛みははじめてで。

もしかしたら、なにか赤ちゃんに起こったのではないか。

考えれば考えるほど、嫌なことが浮かんでくる。

そんな時、コン、と頭を叩かれた。

?用意できたよ。……さ、いこーか」

柔らかい笑顔に励まされて、は重い体をよっこらせ、とあげた。





病院につくと、陣痛の波が待っていた。

最初は、間隔があいているからいいが……

いよいよお産が近づくと、休む間もないくらいに痛んでくる。

これ以上おなかが痛くなることなんてないんじゃないか、と思うほどに痛い。

陣痛と陣痛の少しの間をぬって、分娩待機室から、分娩室へ移動する。

仙道も一緒に入ることになった。

先生の合図があったあと、いきみをかけて必死に頑張っている赤ちゃんを応援する。

握りつづけている仙道の手。

もう限界、とが意識を手放しかけた時。

おぎゃあ、おぎゃあ、と。

確かな生命の音を感じた。

「生まれましたよ!元気な男の子さんが!」

看護婦さんの声を聞いて、生まれてしわしわの赤ちゃんを一目見た後。

は今度こそ、意識を手放した。





目が覚めたとき、不覚にもどこに自分がいるのかわからなかった。

「…………あれ?」

間抜けな声を出したのじゃないか、本当に。

ただ、その声に反応した人がいた。

まるで空気にとけるように、ベッドの脇に座っていた人間。

「…………

「あ、彰…………」

しばし見つめ合う。

唐突にが言った。

「だからいったでしょ、男の子だって!」

「……お母さんにはかなわなかったな」

「ふっふっふ……なんてったって、あの痛みを乗り越えたんだからね……」

「そうだな……お母さんはスゴイ」

「お父さんには、これから活躍してもらうからね!」

「ハイハイ。ほら、暴れないでちゃんと寝て」

ぽんぽん、と布団の端を叩かれる。

「……なんか、私のほうが子供みたいじゃない。いーもん、将来、あの子に『生まれる時、お父さんってば、あたふたしっぱなしで』って言ってやるから」

「オイオイ……あ、言うの忘れてた」

「?」

「お疲れ様。……俺たちの子供、生んでくれてありがとう」

暖かい『父親』の言葉に、ぼろっと涙がこぼれた。

「改めて……これからも、よろしく」

仙道がに。

2度目の誓いのキスをした。





保育器に入れられた、自分の子供を見ると、母親になったことを実感する。

小さな小さな手足は、ちゃんと生きているぞ、と証明するかのようにぴくぴく動いている。

この子は将来どんな子になるのか。

やっぱり、バスケをするのかな?

そしたら、親子対決が見られたりして。

くす、と笑いが込み上げてきた。

「…………生まれてきてくれて、ありがとう」

心から、そう思った。





あとがきもどきのキャラ対談



銀月「はい、出産編です!いやぁ〜……妊娠してから出産までの道のりが長いこと」

仙道「本当に……まったく……」

銀月「は〜いはい。でも、幸せそうじゃん。ってか、奥さんにラブラブだしね」

仙道「ま、俺のだし。家族が増えたからには、俺が頑張らないと」

銀月「そーだね。……まったく、今回のことでは、私、超怪しい人だったよ……出産のHPとか見ててさ……」

仙道「(無視)、頑張ったな、本当に。将来、どんな子に育つか……頑張ろ、な?」