突然すぎる出来事に困惑するばかり。
そんな私を見て、貴方は楽しそうに笑って。
でも、それでも良いと思えてしまうのは。

幸せだからか、惚れた弱みか、恐らくそれは両方。



不意打ち、そんな君に狼狽



跡部景吾と言う男は、本当に良く分からない。
噂ではいろいろと聞いていたけど、でも、本当に良く分からない。
知っているとすれば、生徒会長でテニス部の部長で俺様と言うことぐらい。

そんな彼がある日、行き成りのクラスに来て。
そして一言、「俺様の女になれ」と。

返事はしてない。と言うか、気付いたら付き合っていた、と言うなんとも奇妙な形。
それでも、たまに来るメールとか、たまに廊下で会った時に話したりとか。
そんな事が嬉しくて、『私は跡部が好きなんだ』と気付いたのが丁度一ヶ月前。

そして、今日は誕生日で。
でも、彼は知っている訳は無くて。
だから、朝から憂鬱。

友達には、せっかくの誕生日なのに。とか、どうしたの?と何度も尋ねられた。
けれどその度に、は曖昧に笑い、何でも無い。と首を振っていた。
ちなみに今は放課後。
日は既に傾いている。

彼とは、付き合っているはずだ。
……多分。
自信を持って言えないのは、恋人らしい事を一度もしたことがないから。
あの跡部とキスすらしたことが無いと言うのは、どうなのだろう。

噂はたくさん流れている。
例えば、この前の日曜日に女の人と歩いていたとか。
例えば、生徒会室で副会長とキスをしていたとか。
例えば、例えば――――。

そんな事考えればキリが無い。
けれど、どうしても不安になる。
もしかしたら、跡部はの事が好きでは無いのかもしれない。と。

告白は向こうからだったけど、好きと言われた事は一度も無いわけで。
暇つぶしに付き合ってるのなら。

「何だよ、もう。何で………」

誕生日なのに。
一年の中で一番特別な日なのに。
それなのに、何で。

付き合っているんだったら、せめて誕生日くらい。今日くらい。
会いに来てくれたっていいじゃないか。
何か言葉を交わすくらい、してくれたっていいじゃないか。

「……跡部の馬鹿………」
「誰が馬鹿だって?」

返って来る筈の無い返事に、勢い良く顔を上げる。
そこには教室の扉に凭れ掛った姿で、一番会いたかった人がいた。

「え、あと…な、なんで……?」

思わず立ち上がると、その反動で椅子が倒れる。
それと同時に、跡部がこちらに歩いて来た。

「や、あの、えっ……」

思わず逃げるように後に下がるが、の席は窓側。
つまり、直ぐ後ろは窓な訳で。

「何で逃げるんだよ?」
「何でって……。あの、跡部っ…ちか……っ」

近い、と言おうとして。
けれど気付けば、跡部の顔が直ぐ目の前に。

「………お前、キスする時ぐらい目瞑れよ」
「えっ!はっ!?きききキス!!?」

思わず唇を押さえて。

(って言うか今のファーストキス!)

「な、何で行き成り……」
「アーン?それ、彼氏に言う台詞じゃねぇだろ」
「かれ…っ?って、そうじゃなくって!」

なんだよ、と言って眉を顰める彼に。
は何とか腕で押し退けると距離を保った。

「だ、だって……今まで、した事…無かった、し……」

思わず俯いて。
触れた唇が僅かに熱を持っていて、でもそれよりも。

「なんで、ここに居るの……?」

最近ずっと、会う事もなかったのに。
しかも今は放課後で、部活中のはずでは。

「今日は何の日だ」
「え、何のって……私の、誕生日………?」
「ああ、そうだな」

その言葉に、は疑問を抱く。

「でも、なんで………」
「あーうっせえな!つーか分かんねぇのかっ!?」

何で知っているの。と聞く前に。
行き成り怒鳴られ、ビクリと体が強張った。

分かるはず無いじゃないか。
そう言おうとして、でもそれは言葉にはならずに。
はぁ、と跡部がため息をついて、また体が強張る。

「お前は、ほんとに……」

呆れたような声に、は顔を上げた。
不安げな表情が出ているような気がするが、今更平静を装うのは無理だ。

「手、出せ」
「は?手?」
「ああ。その手だ」

疑問を浮かべながらおずおずと右手を差し出す。
すると跡部がその手を取り、体に電気が流れたような緊張が走った。

「えっ、あっ…」
「黙ってろ」
「はい………」

何だろう、と思っている見ていると、彼は何故か満足そうに笑う。
そして突然腕を引っ張られた。

「きゃっ…?」

そのままポスッと彼の胸に飛び込む形になって。
ギュッと抱きしめられた。

「え、あ、跡部?」
「景吾だ」
「は?」
「名前で呼べ」
「え………け、けい…ご……?」

躊躇いがちに呼ぶと、腕の力が強くなった。
行き成りだ、行き成り。
今まで抱きしめられるどころか隣にいることすらなかったのに。

それから、ふと手を握られる感触があって。
疑問に思いながら、それでも取り合えずどうすればいいのか分からないので彼の行動をじっと観察する。

「……悪かったな」
「……………………は?」

たっぷりと、時間を取って。
そして彼が言った言葉を理解するのに数秒。

「え、何で謝るの?え…あ、なん……え?」

ますます混乱するばかり。
つい昨日までは何も無かったのに。
話すらしなかったし、一緒に帰った事も無い。
それなのに行き成り、キスされて、抱きしめられて、挙句の果てに謝られて。

全く持って訳が分からない。

「見てみろ」

そう言われて、握られた手が離されて。
そして、自分の右手を見て。

一時停止。

「…………………………………?」

右手の、薬指に。
シルバーの、トップに青いガラスのようなものが埋め込まれた。
指輪が、
何故か、
自分の指に。

「プレゼントだ」
「ぷれ、ぜん…と……?」

舌足らずな言葉でたどたどしく彼の言葉を復唱する。
右の薬指に嵌められた指輪を左手で触って。
それが夢ではない事を確認して。

すっと左手が取られた。

「取り合えず今は右な。それで……」

彼の顔が左手に近づいて。
ちゅっと軽く音がして。

「ここは、予約だ」

事を理解するのに数秒。
頭の中が一気にフリーズしたような、そんな感じ。

「え、あ…跡部……?」
「名前で呼べって言っただろ」
「あっ、けい……」

言い直そうとしたら、また唇が塞がれた。
しかも今度のキスは、先程よりも深いもので。
息が出来ない。と、抵抗するように胸を押す。

唇が離れ、少し歪んだ視界の先に。
笑う跡部の顔があった。

「今度から苗字で呼ぶごとにキス一回な」
「えっ?な、何それっ……って言うか、行き成りっ、何っ……?」

まだ状況が飲み込めていない状況。

「………って言うか、あと…け、いご…は、私の事、どう思ってるの……?」
「どういう意味だ?」
「……だって」

好きとか、嫌いとか。
そう言った言葉を、一度も聞いた事がないから。

そう言うと、跡部はまたを抱きしめた。

「好きでもない女の為に、わざわざこんなことしねぇ」
「……それじゃあ、分かんない………」

これは、ささやかな反抗。
今までほったらかしだと思ったら、行き成りこんな事をするのだから。
だから、少しくらいの反抗は許して欲しい。

跡部を見ると、目が合って。

「一回しか言わねぇからな」
「……うん」
「………が好きだ」

耳元で小さく囁かれて、一気に体中が熱くなる。
確かめなくとも、顔は真っ赤だ。

「お前は、どうなんだ」
「え?」

そう言われて気付く。
そう言えば、跡部と同様言った事がない。

――――と言うか、言う機会が無かっただけなのだけれど。

「好き……」
「誰を、だ」

(………意地悪だ)

きゅ、と彼の服を掴んで。

「……あ、とべ……が、好き………」

思ったより、思った以上に恥ずかしい。
彼に告げたと言う事に精一杯で、名前で言っていない事には気付かなかった。

、」
「え、何……?」
「もう一回な」
「へっ?え、あっ、ちょっ……んっ」

―――一体、何が何だか。

「〜〜〜〜〜〜っ!」
「もう一回言え」
「なっ、何でッ!」
「またキスされたいのか?」

ニヤリ、と笑う彼を見て。
は真っ赤になりながら、顔を俯かせて小さな声で言った。

「……景吾が、好き………」

そう言うと、彼は満足そうに笑った。
その笑顔に、また胸が高鳴る。

「今まで……」

腕の力が強くなって。

「どうしたら良いか、分からなかった」
「え…」
「本気で惚れたお前に、どうすればいいのか分からなかった」
「え、あ……」

お前に嫌われるのが怖かった。
そんな彼の言葉を聞いて。

顔を上げると、近い所に跡部の顔があって、は反射的に顔を伏せた。

「じゃあ、この前の日曜日に女の人と歩いてた、って噂は……?」
「あれはお袋だ。買い物に付き合わされてたんだよ」
「副会長さんとキスしたって言うのは……」
「あいつの髪が窓の鍵に引っ掛かった。それだけだ」

所詮それは"噂"で。

「分かったか?」
「……うん………」

行き成りキスされたり、抱きしめられたり、順番が無茶苦茶だ。
だけど、でも。

「Happy birthday,

耳元で囁かれて。
右手の薬指には指輪が光っていて。
優しく彼は笑っていて。
それは、確かな幸せ。

彼と二人きりの教室で、は目を閉じ。
そして二人の影は、一つに重なった。




2006/06/05 執筆 Free Whimsical 香宮あい
※だ、題名が決まらなかった…(涙)のでお好きな方を選択で……(ぇ)


あい様から、な、なんと誕生日祝いを貰ってしまいました……!しかも、素敵すぎる誕生日プレゼント……!誕生日迎えて心底良かったです!ありがとうございましたー!
景吾さんの複雑な心中が伝わってきて、さらに最後は甘い……!ホントニヤニヤしながら読んでました……!思春期最高!(何)
本当に本当にありがとうございました!!!(絶叫)